第三百四十一夜 おっちゃんと解呪の泉(後編)
待っていると、ハーブティーが出て来る。
二杯目のハーブティーを飲み終える頃にゴルカが戻ってきて、澄ました顔で告げる。
「結論が出ました。報酬を上積みするので、呪われた騎士を退治してください」
「商談成立やな。ほな、呪われた騎士のいる場所に案内してくれるか」
ゴルカに連れられ、いくつかの扉を通り抜ける。
地下へと続く階段のある場所まで来る。
ゴルカが壁の一部を操作すると、通路の天井に白い魔法の光が灯った。
階段を三十段ほど降りると、大きな金属製の扉があった。ゴルカが持っていた鍵で扉を開けた。
中には直径五十㎝の円盤状の照明が天井にいくつか設置されていた。空間は魔法の光が灯っており、明るかった。
地下は高さが五m、直径三十mほどの広い空間になっており、中央には直径十五mの泉があった。
泉には呪われた品がところ狭しと浸っていた。浸かりきらない品も多数あり、泉の中央には高さ三mほどの小山になっていた。
小山の上には、大剣を両手で持って座る騎士の姿があった。
「あかんわ。これ、やりすぎや。いくら浄化の力を持つ泉いうても、こんなに入れたら、許容能力を超えるで。そんで、あの呪われた品の上に座っとるのが呪われた騎士か?」
ゴルカが冷静な顔で告げる。
「さようです。呪われた騎士に近づくと、呪いの結界が発動します。結界内にいる存在は呪われた騎士と一人を除いて、行動不能に陥ります」
「なるほどの。あれだけ呪いの品が大量にあれば、呪いの結界も強力なはずや。強制的に一騎打ちになる状況も理解できる。そんで、結界が発動すると、結界内から外にも出られなくなるんやろう?」
「仰るとおりです」と、ゴルカは険しい顔で頷いた。
「解呪の泉から呪いで汚染された水が溢れても、止められんわけや」
おっちゃんは入口から外周を廻るように遠巻きに現状を確認する。
呪われた騎士はおっちゃんが背後に廻っても、視線を向けてこなかった。だが、おっちゃんは視線のようなものを絶えず感じた。
一周して入口に戻ってきた。おっちゃんは隠されているものを発見する『高度な発見』を唱えたが魔法は効果を現さなかった。
そこで、呪われた騎士の秘密をおぼろげに理解した。
(呪われた騎士が不死身の理由は簡単や。呪われた騎士の中に核となる存在がないからや。背後に廻っても、視界を向けていない。せやから、呪われた騎士の本体はどこかで別の場所で、おっちゃんの動きを見とる。『高度な発見』を封じている理由も本体を悟らせないためや)
今度はじっくりと呪われた品が積もった小山を見ながら、外周を廻る。小山の中から泉全体が見渡せる場所にある品を探す。だが、なかった。
(呪いの品の山の中に本体があった場合、どこかかが死角になるな。だが、視線は絶えず感じた。おそらく、小山の中には本体はない)
おっちゃんは再び入口に戻ってきて、小山を見つめる。次にぐるりと、もう一度、部屋の中を見回す。
三度、部屋を見回すと、小さな異変に気がついた。中央にある灯の一つが、他の灯より僅かに明るかった。
(天井の明かりが妙やな。部屋に入った時に、ゴルカはんがなにもしていないのに、灯は点いておった。それに、一灯だけ明るいのが気になる)
おっちゃんはゴルカを誘って一度、地上に戻る。
「ゴルカはん、確認や」
「なんでしょう。気になる情報はなんでも訊いてください」
「泉のある部屋の天井に魔法の灯があったけど、あれ、前から点いていた? 呪われた騎士が出た時から、消えなくなったんと違うか」
ゴルカがいたって平然と語った。
「泉がある部屋に魔法の灯は前から、設置されていました。ご指摘の通りです。呪われた騎士が出現してからは、天井の明かりは消えなくなりました。ですが、それがなにか?」
「そうか。呪われた騎士の正体がわかったで。ほな、ちょっと倒してくるから、ここで待っていて」
おっちゃんはゴルカを残して地下に戻った。ゆっくりと呪われた騎士に向かって進んでゆく。
泉に一歩そっと足を踏み入れると、真っ赤に光る壁が生成され、結界が張られた。
呪われた騎士が立ち上がって、大剣を構えて向かってきた。
おっちゃんは『解呪』の魔法を、泉を照らす天井の照明に放つ。
『解呪』の魔法が掛かると、天井から丸い照明が落下した。呪われた騎士はその場で崩れ落ちた。
おっちゃんは落下した照明の下まで歩いていく。
照明には眼があり、脚があった。照明が瀕死の虫のように、脚をかたかたと動かしていた。
「こいつが、呪われた騎士を操っていた本体やな。呪われた照明や」
おっちゃんは剣を抜いて、呪われた照明に剣を突き刺した。
呪われた照明は動かなくなった。同時に泉を囲んでいた結界が消えた。泉を照らしていた全ての光が消えた。
泉の上に、薄ぼんやりと光る半透明な身なりの良い老婆が現れた。
老婆は穏やかな顔で語る。
「儂は解呪の泉の精じゃ。よくぞ、呪われた照明を倒してくれた。だが、人間たちが呪いが解けると知ると、際限なく呪いの品を泉に投げ込むので、ちと、疲れた」
おっちゃんは頭を下げた。
「すんまんへんな、欲深くて。すぐに呪いの品をどかしますさかい、勘弁してや」
「おまえさんが悪いわけじゃない。おまえさんは、よくやった。なので、ささやかながら褒美をやろうと思う。今のお前さんなら、使えるじゃろう」
老婆が手を差し出したので、手を添える。おっちゃんの頭の中に『上位解呪』の魔法が流れ込んできた。
「ええんですか? 『上位解呪』の魔法いうたら、買ったらものすごく高い魔法ですやろう。それをタダで教えてもらって」
泉の精はニコニコしながら答えた。
「お金はとらんが、タダではない。儂も、そこまで気前がよいわけではない。まあ、冒険の旅をしていれば、タダではないの意味はいずれわかる。では、またな」
泉の精はそれだけ話すと消えた。
「なんやろう? タダではない、の言葉が気になるの。でも、ええか、金貨五千枚相当の魔法を教えてもらえたんやから、よしとするか」
おっちゃんはゴルカの許に戻って伝える。
「呪われた騎士を倒したで、確認してや」
ゴルカが安堵した。
「それは良かった。これでまた、解呪の泉が使えます」
「その件やけどな。解呪の泉はしばらく使えんで。泉の精が出てきて、疲れたから休業する、っちゅうてた」
ゴルカが驚きの表情を浮かべる。
「なんですって? 解呪の泉が使えない、ですって?」
「そうやね。せやから、呪いは自分たちで解除するしかないね」
ゴルカが慌てて下に降りてゆく。
おっちゃんは残されたので、一人で冒険者ギルドに帰った。