第三百四十夜 おっちゃんと解呪の泉(前編)
解呪組合は街の中央広場付近にある大きな三階建の石造りの建物だった。
敷地は周囲が約一㎞と、一等地にあるにしては大きな建物だった。受付でおっちゃんは用件を告げる。
「以前にゴルカはんに解呪組合への加入を勧めてもらった者です。解呪組合に入りたいんですが、どうしたらいいですか」
解呪組合の受付にいた男性が澄ました顔で、記入用紙と説明の紙を差し出す。
「まず、説明の紙をよく読んでください。次に、記入用紙に必要事項を記載します。記載が終わったら、記入用紙に金貨十二枚を添えて提出してください」
「登録って、どれくらい時間が掛かりますか? 加入したら、組合員としてゴルカさんにすぐ相談したい件があるんですわ」
「登録には、一週間ほど、時間を頂いております。ですが、お急ぎなら、会費の領収書をお持ちになってお話になれば、スムーズに行きますよ」
おっちゃんは解呪組合の組合員規約を読んだ。会員の権利と義務を確認して問題になる条項がない状況を確認する。
記入用紙に必要事項を記載すると、金貨十二枚を払った。
会費を納入した領収書を受け取ると、ゴルカの居場所を受付の男性に尋ねた。
ゴルカはもうじき解呪組合に顔を出すと教えられた。
ロビーで一時間ほど待つと、ゴルカがやってきた。
おっちゃんは会費を払ったばかりの領収書をゴルカに提示して話す。
「今日は解呪組合の組合員として、相談したい件があってやってきた。相談に乗って欲しい」
ゴルカが澄ました顔で発言する。
「いいですよ。組合員の相談に乗るのも仕事のうちです。どうぞ、こちらへ」
ゴルカは相談室とプレートが掛かった小さな部屋におっちゃんを通す。
部屋にはテーブルと四人分の椅子があった。おっちゃんはゴルカと向かい合って座る。
おっちゃんは商隊長からの手紙を取り出してゴルカに渡す。
手紙を読むと、ゴルカの表情は険しくなる。
「事情はわかりました。大変な事件に巻き込まれましたね」
「そんで、解呪組合から『上位解呪』の魔法を使える人間を派遣してもらいたい」
ゴルカが上品な顔で説明する。
「まず、基本的な話からしましょう。『上位解呪』を使える人間は解呪組合にいます。組合員の紹介があれば派遣もします。その場合の料金は、金貨百枚プラス出張料になります」
「なかなか、高額やな」
ゴルカが平然とした顔で告げた。
「でも、問題は金額ではありません。出張できる範囲に猿人の街は含まれておりません」
「なんやて? それじゃあ、酋長を連れてこなければならんやろう」
ゴルカが平然とした顔で述べる。
「無理でしょうね。交易所に出入りしている商人はいざしらず、街の人間にとって猿人はモンスターです。街に入れる行為は難しい」
「ほな、酋長の呪いは解けないんか?」
ゴルカが意味ありげな微笑みを浮かべる。
「難しいが、方法はあります。オウル様は冒険者ですよね」
「ええよ、おっちゃんと呼んで。そっちのほうが慣れている。そうや。しがない、しょぼくれ中年冒険者や」
ゴルカが気取った調子で告げる。
「職業柄、色々な冒険者を見てきました。謙遜されてもわかります。おっちゃんはかなり腕が立つ冒険者ですね。実は今、解呪組合は大きな問題を抱えています」
(危険な前振りやな。個人活動の冒険者が消えている話と関係あるな)
「手広くやっていれば、色々な問題も起こすやろう。でも、解呪組合が抱える問題と酋長の呪いを解く話がどう関係するんや?」
ゴルカがスマートな態度で申し出る。
「解呪組合が抱える問題を解決してください。解決していただければ、特例的に解呪組合の人間を猿人の街に派遣します。もちろん、お金は、いただきません」
「なるほど。解呪組合が抱える問題は金貨百枚を払っても解決せなならんほどの大事なんやな?」
「有態に申せばそうです」
「おっちゃんも冒険者や。仕事の依頼なら、引き受けてもええで。中身はどんな仕事や?」
ゴルカが真剣な顔で告げる。
「今回の仕事を引き受けるのなら、内容は秘密にしてもらいます。とはいっても、全くの秘密だと判断材料がないので簡単に申し上げます。一騎打ちで呪われた騎士を倒して欲しい」
(一騎打ちで負けると、死ぬんやな。しかも、呪われた騎士は恐ろしく腕が立つ)
おっちゃんは確認する。
「噂になっとるで。個人で活動している冒険者が解呪組合からの仕事を受けて、帰ってこない、ってな。呪われた騎士が関係しとるんか?」
ゴルカは冷たい態度で、おっちゃんの問いを突っ撥ねた。
「ここから先は引き受けていただけないと、詳細には申し上げられません」
「仕事については秘密にする。ただ、呪われた騎士がどれほど腕が立つかわからんと、引き受けられんな。おっちゃんでは歯が立たないかもしれない」
ゴルカが冷静な顔で伝える。
「では、引き受けていただける前提でお話します。解呪組合の地下には、漬けておくだけで呪いを取り去る不思議な泉があるのです。その泉が効力を失い、呪われた騎士が出現しました」
おっちゃんは、何が起きたか把握できた。
「泉が便利やからと品物を入れ過ぎたんやな。そんで、解ききれなかった呪いが積み重なって、呪われた騎士を発生させたんやな。本当に欲深いやっちゃな」
呪いの品は扱いを間違えると、危険な現象を引き起こす。
「呪いの品を一箇所に集めるな」は、基本である。ダンジョン内で開かれる呪いの品取り扱い研修会でも、嫌になるほど教えられる話だ。
(呪いの品を一箇所に、たくさん集めない。初歩的な話やで。こういう、基本的な仕事をおざなりにするところから、大事故は起きるんやで)
ゴルカが感心した。
「現状を見ずに当てられるとは、さすがですね。おっちゃんの仰るとおりの事件が起きました」
おっちゃんは何が起きているかわかったので言葉を続ける。
「そんで、泉から呪われた品を引き上げて、綺麗に清掃する必要が出た。だが、泉には呪われた騎士がおる。呪われた騎士は一騎打ちで倒さないと倒せん呪いが掛かっているんやな?」
ゴルカの眉がピクリと跳ねる。
「そこまで、わかりますか」
「だいたいわかるよ。呪われた騎士の腕前はどれほどなんや」
ゴルカが苦い顔をする。
「上級冒険者クラスです。それに、厄介な問題もあります。呪われた騎士は不死身なのです。どこを刺して、切っても、倒れません。魔法も通用しません」
おっちゃんは、なんとなく不死身の仕組みがわかった。
(これは、あれやな。呪われた騎士は本体やない。呪われた品のどれかが騎士を操っているパターンや。または、特定の武器しか利かないタイプやな)
仕掛けはわかったが、手の内はまだ明かさない。
おっちゃんは切れぎみに発言した。
「腕前が上級冒険者で不死身って、そんなん倒せないやん」
ゴルカがムッとした顔で告げる。
「だから、解呪組合も困っております」
「で、相談や。この仕事は金貨百枚では安い。もっと、報酬を積んでくれたら、どうにかしたる」
ゴルカが不機嫌な顔で確認する。
「どれくらい上乗せをご希望ですか?」
「年会費三年分をただ。三年は解呪の最低料金規定をおっちゃんには当て嵌めない。呪いを解いても、三年は寄付金を解呪組合に入れなくていいなら、どうにかしたる」
ゴルカが厳しい顔で告げる。
「なかなか、高額な要求ですね。ですが、その条件を呑めば、呪われた騎士を倒していただけるんですね?」
「まあ、任せとき。どうにかしたるわ」
ゴルカが冷静な顔で伝える。
「少々お待ちください。上の者と話してきます」
ゴルカは席を立ち、外に出て行った。




