第三百三十九夜 おっちゃんと猿人の事情(後編)
四方を武器を持った猿人に囲まれて、木で出てきた長方形の小屋に行った。
小屋の中には、ぐたっとなった四人の猿人の戦士が寝ていた。
おっちゃんは猿人の戦士を確認すると、戦士は呪われていた。
(やはり、呪いか。でも、これなら、治せそうやね)
『解呪』の魔法を唱える。魔法が効果を上げる。
怠け者の呪いが消えると、猿人の戦士が起き上がった。
猿人の商人が驚き、三人の戦士に状態を確認する。
「どうや。治したで。さあ、酋長はんも治そうか」
猿人の商人の顔から険しさが取れる。猿人の役人もほっとした顔をした。
猿人の商人が穏やかな顔で告げた。
「そうしてくれると、助かる」
猿人たちに連れられて、一際大きな円形の小屋に入った。
小屋の奥では大柄な猿人が鼾を掻いて寝ており、猿人の商人が説明する。
「族長のドドンガ様だ」
『解呪』の魔法を唱えると、ドドンガの鼾が止まり、ドドンガが眼を覚ました。
おっちゃんは、ドドンガを見て悟った。
(あ、これ、駄目や。普通の呪いやない。上級の呪いが掛かっておる)
上級の呪いでも『解呪』の魔法で一時的に効果は消せる。ただ、上級の呪いの場合は、時間が経てば、また呪いの効果が現れる。
おっちゃんは眼を覚まして喜ぶ猿人たちの中から、猿人の商人の腕を引っ張り、外に出る。
「あんな、まずいで。ドドンガはんに掛かっていた呪いやけどな。あれ、一時的に解けただけや」
「一時的では困る。完全に治してくれ」
「おっちゃんじゃ、完全には呪いを解けん。人間の街に行って、腕のよい術者を呼んでこなならん」
「そうなのか」と猿人の商人は険しい顔をする。
「そうや。だから、街に戻って人を呼んでくる。せやから、時間が欲しい」
猿人の商人は申し訳なさそうに答えた。
「あの商人の男は返せないぞ。これは上層部の決定なのだ」
「わかった。あとな、人間の世界は金、金、金、なんや。そんで、ドドンガはんを治せる奴らいうのが、欲の化身のような奴やねん。いくら請求されるか、わからん」
猿人の商人は眉間に皺を寄せる。
「なんだと? それは厄介だな」
「おっちゃん、できるだけ、値切ってみるけど、いくらくらいなら出せそう?」
猿人の商人が難しい顔で語る。
「金貨二十枚くらいかな」
(おそらく、足らんね。これ、一工夫が必要や)
「あとな、金の件は別にして、ドドンガはんとお話ができるか?」
「それなら構わない」
おっちゃんと猿人の商人はドドンガの前に戻った。
「わいは、おっちゃんいう冒険者です。ドドンガはんにお聞きしたいんやけど、体に異変が起きる前の行動を、訊かせてもらっていいですか」
ドドンガは水を飲みながら、機嫌よく答える。
「寝たきりになる前か。別に、普通に皆と飯を喰っていただけだぞ」
「他の三人の戦士とドドンガはんだけが食べた物って、ありますか?」
「皆で同じ瓶の酒を飲み、四人で塩漬けの鶏を喰った」
(皆で飲んだんなら、瓶の酒は違うやろうな。とすると、四人で食べた鶏が怪しいの)
「その塩漬けの鶏って、余っていますか」
ドドンガが笑って答える。
「いや、もう皆の腹の中だ」
「そうでっか」と、おっちゃんは答える。猿人の商人と目配してドドンガの家を出た。
「塩漬けの鶏って、どうやって食べるん?」
猿人の商人がいたって普通の顔で答える。
「どうやってって、皆で切り分けて食べる。一羽を四人くらいで分けるな」
(なるほど、見えてきたで。呪われた木の実が鶏の口に入った。呪いが鶏を汚染する。そんで、呪いが強く残った部分の肉をドドンガはんが食べたから、ドドンガはんに強い呪いが掛かった。そのまわりの肉を喰った戦士は弱い呪いに掛かったわけや)
「おっちゃんと一緒に来たフェリペはんと、話がしたい」
「わかった、話をするがいい」
フェリペが捕まっている小屋の前に来た。おっちゃんは猿人の商人に席を外してもらう。
不安そうな顔をするフェリペと格子越しに話をする。
「猿人が『七日市』にこんようになった。事情がわかったで」
フェリペが身を乗り出して訊いてきた。
「そうか、どんな理由だった」
「『七日市』で買った塩漬け鶏の中に、呪われた鶏が混じっとった。そんで、その鶏を食べた酋長が体調を崩したのが原因や」
フェリペはとても驚いた顔をした。
「なんだって? 交易品で持ち込んだ塩漬けの鶏が原因か。それはまずいな。展開によっては、大事になるぞ」
「酋長の呪いを解かなならん。でも、それには解呪組合から上位解呪を使える人間を派遣してもらわねばならんと判明した」
フェリペは腕組みして、険しい顔をする。
「解呪組合の助けを借りる状況は癪だな。だが、人間側が持ち込んだ商品が原因なら、解呪組合に頭を下げるしかないな」
「そうや。それで、街に戻って人を連れてくるまで、時間が掛かる。それまで、フェリペはんには、人質になってもらわねばならん」
フェリペが毅然とした顔で決断した。
「わかった。ここまで来たんだ。腹を括って待つよ」
おっちゃんは猿人の商人に頼んで、モルモル村まで飛竜で送ってもらった。
村に着くと、商隊長と商人たちが不安な顔で寄ってくる。
おっちゃんは猿人の街で起きた事態を話した。
アロソンが心配した顔で告げる。
「俺の象の時に似ている。俺の象も、小鳥が運んできた小さな呪われた実が象の餌に入ったせいで象が呪われた。おかしな実に気がついて、すぐに実を取り除いた。だけど、木の実に触れた周りの餌が汚染された」
商隊長は顔を歪めた。
「交易品で持ち込んだ塩漬けの鶏が原因で、そんな事態になっていたのか。呪術組合がいくら請求するか、だな」
「でも、ドドンガはんが治らんことには、交易の再開はなしや。フェリペはんかて、どうなるか、わからん」
商隊長が渋い顔をする。
「わかった。ここでフェリペを見捨てたら、男が廃る。持ち込んだ商品が原因なら、商人として、なんらかの賠償をしなければならない」
商隊長が真剣な顔をして決断した。
「よし、俺が解呪組合のゴルカに手紙を書く。その手紙を持って、解呪組合と交渉してくれ。金についても、できる限りの支出はしたい」
商隊長は、すぐに手紙を認めると、おっちゃんに手紙を渡した。
おっちゃんは、密林の外れから『瞬間移動』でアルカキストの町に戻った。
解呪組合では何が待ち構えているかわからない。なので、一日だけ休息を摂って、魔力を回復させる。




