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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
アルカキスト編
338/548

第三百三十八夜 おっちゃんと猿人の事情(前編)

 夜が明けて、『七日市』の日が来た。

 人間側の準備はできている。だが、猿人も蟻人も現れなかった。


 昼近くになると、誰かが声を上げる。

「おい、ワイバーンだ。猿人の飛竜商人が来たぞ」


 商人たちの顔に希望の色が浮かぶ。だが、やってきた猿人は二人だけだった。

 武器の携帯と装備から、片方の猿人が商人で、片方が役人だった。


 猿人の商人が商隊長に苦い顔で話し掛ける。

「我々は今後、『七日市』への出展をしばらく見合わせる」


 商隊長は驚き、他の商人もざわめいた。商隊長が喰って懸る。

「待ってくれ。理由を教えてくれ。今までだって上手くやってきただろう。なぜ、急に取引を止めるだなんて通達するんだ?」


 猿人の商人が厳しい顔で告げる。

「悪いが理由は教えられない。復帰の目処も現在では立っていない」


 猿人の商人の言葉に、商隊に動揺が走る。村人も衝撃を受けていた。

(市が立たないのなら、商人は商売にならない。交易所としての村の価値も失われる)


 商隊長は大いに困惑して食い下がる。

「金物や革製品がないと、猿人さんかて不便だろう。俺らだって薬草や油がないと困る。せめて、理由だけでも聞かせてくれ。今までだって互いに利益を出していただろう」


 猿人の商人が沈んだ顔で話す。

「話は以上だ。今まで世話になったな」


 猿人の商人が帰ろうとすると、フェリペが飛び出た。フェリペが切実な表情で頼む。

「待ってくれ。あんたらの持つ薬草が、どうしても必要なんだ。高くてもいい。薬草を売ってくれ」


 猿人の商人が黙ってフェリペに背を向ける。猿人の役人が交渉に当たっていた猿人の商人に話し掛ける。


 交渉に当たっていた猿人の商人がフェリペに声を掛ける。

「ちょっと待っていてくれ」


 猿人同士が人間に訊かれない場所で独自言語でなにかを話し合う。

 猿人の商人が傍から見ていてもわかるほど渋い顔をして終始、話をしていた。

(これ、何か、あまりよくない話をしているの。猿人の商人の顔からまるわかりや)


 五分ほどで、交渉に当たっていた猿人の商人が戻ってくる。

「交渉再開について話し合う余地ができた。交渉したいなら俺たちと一緒に来い」


 猿人の商人の言葉に商隊長が言葉を失う。商人たちも顔を見合わせる。

(無理もない。商人たちにしたら、モンスターの懐に飛び込むようなものや。しかも猿人たちの間でトラブルが起きている事態は確実。下手に飛び込めば帰ってこられん)


 フェリペが意を決して申し出る。

「よし、俺が行こう。だから、薬草を売ってほしい」


 猿人の商人がムッとした顔で告げる。

「薬草が欲しいのなら売ってやろう。ただし、市に復帰するかどうかは交渉次第だ」


 商隊長が弱った顔でフェリペに声を掛ける。

「すまない、フェリペ。危険な交渉役だがやってもらえるか。ここで、市が今後も立たなくなれば、影響が大きい。なんとか、理由だけでも聞き出してくれ」

「やるだけやってみますよ。俺だって今回の商いは失敗できないんだ」


 フェリペが真剣な顔で、おっちゃんに声を掛ける。

「そういうわけだ。ちょっと猿人の街まで行ってくる」

「待って。おっちゃんかて、子供の遣いやあらへん。一緒に行くで。それに、薬草の代金として持って行く、塩漬けの鶏かて、一人で持つには辛いやろう」


 フェリペはホッとした表情をする。

「一緒に行ってくれるなら、助かる」


 おっちゃんとフェリペは塩漬けの鶏を背負う。猿人たちの操る飛竜に乗り、モルモル村を後にした。

 飛竜が飛んでいる間、誰も言葉を話さなかった。

(猿人はんは緊張感が滲んでいて話し掛ける雰囲気やない。フェリパはんも不安なんやろう、無口になった。ここで、おっちゃんだけ話すのも気が引けるな)


 九十分ほど飛ぶ。大きな山が見えてきた。

 山を背に地面が隆起してできた広大な高原があった。高原は密林から高さ五十mの絶壁により、隔絶されていた。

 高原の上には大きな湖があり、湖の周りには猿人の村と思われる木の家が無数に建っていた。


(ちょっとした街やな。三千人くらいは住んでおるようやな)

 飛竜が街の広場に下りる。猿人が奇妙なものを見るような眼でおっちゃんたちを見る。


 猿人たちは粗末な革の服を着ていた。猿人の商人がムスッとした顔で告げる。

「商品はここに置いていってくれ、あとで薬草と換える。まず、こっちに来てくれ」


 おっちゃんたちが歩くと、猿人たちがおっちゃんたちを避ける。猿人の子供がいたが、すぐに母親に連れられて隠される。

 おっちゃんたちを囲むように、棍棒や短槍で武装した猿人が周りを囲んでの移動となった。


 フェリペが不安な顔をして小声で話し掛けてくる。

「俺たち、明らかに歓迎されていないな」

「そうやね。なんか怖いものでも見るかのような視線や」


 猿人に連れられていった先には、格子戸が付いた小さな筒状の木の家があった。

 猿人の役人がおっちゃんとフェリペを交互に見る。

(なにか、迷っているみたいやね)


 猿人の役人が「こっちだ」とばかりにフェリペを指差す。

 猿人の商人が苦々しく告げる。

「そっちの商人はこの建物の中で待ってもらう」


 フェリペが抗議の声を上げる。

「おい、どういう了見だ。交渉するんじゃないのか?」

 周りを囲む猿人が武器を構える。


 おっちゃんはすぐにフェリペを宥める。

「待ってください。フェリペはん。ここで逆らっても、問題がややこしくなるだけや。おっちゃんが代わりに交渉してきます。こう見えても、交渉事は得意ですから」


 フェリペは辺りを見回すが、猿人に囲まれている状況に諦めた。

 フェリペが小屋に入ると、小屋に南京錠が掛けられた。

(これ、完全な人質やな。フェリペはんが人質に取られた以上、おかしな真似はできんな)


「従いてこい」と猿人の商人が不機嫌に告げる。

 街外れに、おっちゃんは連れて行かれた。猿人の商人が怖い顔で告げる。


「男は預かった。返して欲しければ、腕の良い呪術師を連れて来い」

「え、なに、どういう意味?」


 猿人の商人が伝える。

「酋長が病気になったのだ。薬師が薬を捧げても、呪術師が祈祷を捧げても、よくならない。きっとこれは、人間が密林に持ち込んだ何か悪いもののせいだ。だから、人間の呪術師に治させる」


「情報がそれだけやと、困る。もっと、具体的に状態を教えてくれ。そうしないと、判断に困る」

猿人の商人が忌々しそうに伝える。


「族長は急に怠け者になった。その後、食べるのも億劫(おっくう)になり、寝てばかりになったのだ。あの、勇ましい族長が、だ。それだけではない、他の戦士たちにも同じような症状が出ている」

(なんや、アロソンの象と症状が同じやな)


「それは、大変やな。なにか切っ掛けとか、ないの?」

「原因はわからない。だが、前回の『七日市』の辺りからおかしくなった。原因は『七日市』だ。市が災いを運んできた」


(なるほど。『七日市』が原因で街の猿人がおかしくなった。だから、人間と付き合うのを止めよう、となったんか。事情はわかった)


 おっちゃんには酋長の症状に心当たりがあったので申し出る。

「実はおっちゃんな呪術の心得があるんよ。治せるかもしれん」


 猿人の商人は露骨に疑った。

「本当か? 嘘を吐いたら生きて帰れんぞ」

「ええから、怠け者になった族長と戦士に会わせて。治したる」


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