第三百三十三夜 おっちゃんと荷物の回収
翌日、冒険者ギルドの掲示板を見る。
人足が捨てた荷物の回収の仕事があった。報酬は回収した荷物の半額。やり手はいないようだった。
(危険度もわからなければ、報酬も未知では、やり手はいないか)
おっちゃんは襲撃された場所を知っていた。なので、荷物が捨てられていそうな場所がだいたいわかっていた。危険はあるがいい収入になるかもしれんと考えた。
おっちゃんはアロソンを訪ねる。
「アロソンはん、今日は暇か? 時間があるようやったら、ちょいと儲けに行かんか」
アロソンが機嫌の良い顔で応じる。
「なんだい、儲け話って」
「荷主さんが密林で落とした荷物を持って来てくれたら、半額で買い取ってくれるんよ。おっちゃんだけやと持てる量に限りがあるから、象と一緒に参加して欲しい」
アロソンが渋い顔をする。
「密林に行くのかい」
「おっちゃんだけやと密林に詳しくないから、ようわからん。アロソンはんが従いてきてくれると嬉しい」
アロソンが不安な顔をして尋ねる。
「強盗に襲われないかな?」
「ワー・ウルフを気にしてるん? 向こうは襲撃を成功させたから、もう、いないやろう」
「そうかな。それなら、いいんだけど、なんか不安だよ」
「なんなら、別の象使いを紹介してくれてもええで。話が纏まったら仲介料を払うわ」
アロソンが真剣な顔で決断した。
「俺が一緒に行くよ。おっちゃんには世話になった。密林は経験がない人には危険な場所だからね」
「一緒に行ってくれると心強いな」
アロソンの象に荷物を積む準備をして密林に入った。
途中、トイレに行った帰りに『物品感知』の魔法を唱えて紐を指定しておく。
襲われた場所に来る。
「さて、探すで」
おっちゃんは紐の場所を頼りに歩く。
密林には背が低い木も、背が高い木も様々に生えていた。上を見上げれば、どの木もびっしりと葉を付けているので緑の天井が見える。ただ、下を見れば地面に枯葉が溜まり茶色だった。
背負い紐がついた、大きな木の樽が落ちていた。
「お、さっそくあったで」
匂いを嗅ぐと油の匂いがした。アロソンが容器を調べる
「これは、椰子油だな、猿人たちが油椰子の実を絞って作った油だよ」
「なら、落し物やな。貰っておこう」
次に紐がついた袋を発見する。中は石が詰まっていた。
「おっと、これは鉱石やな。これも、貰っておいて問題ないやろう」
鉱石の袋を積む。象を連れて密林をウロウロと探索する。
同じように緑の天井が続く木々の間を探索する。背の高い木が姿を消し、空から光が射す。木々の密度が低い場所に出た。
油の詰まった樽と鉱石の詰まった袋を次々と発見する。袋や樽は手が付けられていなかった。
「加工が必要な鉱石が捨てられている理由は、わかる。椰子油は、あの独特の油の匂いが嫌いなんかな」
アロソンが苦い顔をして告げる。
「狼の気分はわからない。けど、おそらく、そうだよ。俺も椰子油の匂いは好きじゃない」
しばらく、歩くと高さ八mで幹の太さが八十㎝ほどある大きな木があった。木の幹には人足役の冒険者が抱きつくようにして死んでいた。
人足役の冒険者は荷物を背負ったまま死んでいた。
「なんや? 奇妙な死体やな。木に抱きついて死んどる」
おっちゃんが近寄ろうとすると、アロソンが怖い顔で止める。
「駄目だ、近寄っちゃ。マーダー・ツリーだ。近寄った人間を殺して養分に変えて育つ木だよ」
「おっと、それは近寄ったらあかんな。荷物は惜しいがしゃあない」
おっちゃんは木から離れる。
また密林を歩くと、人間が入れるくらいの大きな棘のある葉があった。葉の上端から人の手首が出ていた。明らかに怪しいので近寄らんかった。
アロソンは険しい顔で注意する。
「あれは、金貨モドキ。葉を広げて、中央に金貨に似た花を咲かせるんだ。そうして花を摂ろうと近寄ると、毒の棘を持った葉が閉じる。毒の棘で人間を殺して養分にするんだよ」
「人間を罠に嵌めるために作られたような植物やな」
また、しばらく捜索を続ける。
人が蔦に絡まって、空中に浮くようにして死んでいる人間がいた。
アロソンは神妙な顔で注意する。
「あれは、足取り蔓草。足に引っ付く蔦を地面に下ろしておいて、踏むと絡まって宙に獲物を吊すんだ。そうして、動物が腐った汁を吸うんだ」
「ここも、危険か。危ない場所が多いな。アロソンはんに従いてきてもらって正解やで」
荷物の探索を再開すると、アロソンが足を止める。
「おっちゃん。これ以上は先には進めないよ。怖れハチドリがいる」
アロソンが指を差した方角には体長十㎝のピンクの鳥が枝に止まっていた。鳥は小さく黒い顔を持ち、長い舌をちょろちょろ出している。
「あれ、そんなに危険なん」
アロソンが怖れた顔で教える。
「怖れハチドリは危険じゃない。でも、怖れハチドリがいるんなら、エンペリウムの花が先に咲いているんだ」
「エンペリウムが危険なん?」
「エンペリウムは空中に麻薬成分のある毒の花粉を放出するんだ。花粉を吸った生き物は良い心地のまま動けなくなる」
「毒を空中に撒くとは厄介やな」
「その内に、花粉の毒で呼吸が止まるんだ。唯一、怖れハチドリだけが耐性を持つんだよ」
「なんや、アルカキストの密林って恐ろしいところやな」
アロソンが真剣な顔で語る。
「中でも恐ろしい存在は呪われたゴールデン・バウムだよ。この密林の呪われた木の王様さ」
「危険植物に王様級がおるのか。どんな奴なんや?」
「とても美味しい木の実をつけるんだけど、食べたら呪いに掛かって、おかしくなるんだ。並の僧侶や魔法使いでは解けない呪いをかける」
「そうか。眼に見える危険より、眼に見えない危険のほうが怖いからな」
おっちゃんたちは暗くなる前に、回収した荷物を持って商会に向かった。
荷主、荷物が戻ってくると喜んだ。
「椰子油が八樽に鉱石の袋が二つ。いや、よくぞ回収してきてくれた。さあ、これが報酬だ」
受け取った報酬は金貨が二十四枚と銀貨三十枚にもなった。
アロソンと顔を見合わせる。
「すごい金額になったで。大儲けや。折半でええか?」
「多分、回収した鉱石の袋に、宝石の原石が入った袋があったんだと思うよ」
「これは、思わぬ結末になったで。金貨の三枚もいけばええと思うとったからの」
アロソンと儲けを半分ずつして、冒険者ギルドに戻る。
おっちゃんは、その日はアルカキストでは高級とされる豚肉料理を注文して、麦酒の入ったジョッキを片手に、一杯やった