第三百三十一夜 おっちゃんと『七日市』
一晩じっくり考えたが、名案は浮かばなかった。
自分の足でムランキストの街の情報を探すべく歩く。だが、地図屋のお爺さんも街の名を知らなかった。
魔術師ギルドに行ってみる。東大陸で二番目に大きな魔術師ギルドだと聞いていた。だが、解呪組合に入っていないと知ると、対応は冷たかった。
冒険者ギルドに戻った。一人で焼き鳥を食べながら思案する。
(参ったのー。完全に街が解呪組合を中心に廻っとる。腹立たしいが、解呪組合に頭を下げるしかないか)
後ろのテーブルで、おおっぴらに教会を批判している若い聖職者がいた。
「アルカキストの教会は解呪組合と癒着して腐敗している。教会は襟を正すべきだ」
誰かが愚痴る。
「ヤーゴの教会批判がまた始ったよ」
振り返ると、赤い僧衣を来た若い黒髪の青年が憤っていた。青年は仲間を相手に熱く教会の批判を繰り返す。
あまりに、熱が入ってきて他のお客に迷惑だと思ったのかテレサが注意する。ヤーゴは申し訳なさそうに酒場を出て行った。
「若いいうんは悪いことやない。せやけど、情熱も行き過ぎると危険やで」
テレサが困った顔で、近くにいたおっちゃんに告げる。
「ヤーゴさんは、悪い人ではないんだけどね。冒険者ギルド内には教会と解呪組合をよく思っていない人が大勢いるからまだいいんだけど。他の所でも、ああらしいから少し心配よ」
「良く言えば威勢がええけど、悪く言えば向こう見ずやからなあ。そんで仕事の話なんやけど、何か面白い仕事が入っとらんか? おっちゃん、東語を勉強中でまだ文字がよく読めん」
テレサが柔和な顔で教えてくれた。
「儲かるかどうかじゃなくて、面白いかどうかで探すあたりが珍しいわね。目新しい仕事ならあるわよ。モルモル村で開かれる市までの護衛と、開かれる市の手伝いよ」
「モルモル村ね。ここから半日ほど密林に行った場所にある村やろう。モルモル村で立つ市に、なんかあるの?」
テレサが軽い調子で語る。
「ジャングルには猿人と蟻人と呼ばれる二種族が生息しているわ。モルモル村だけが昔から二種族と交流があるのよ」
「なんや? モンスターと取引があるんか?」
テレサが微笑みを湛えて話す。
「アーベラは国としては猿人や蟻人の国家を正式に認めていない。だけど、地元の人間はある程度の敬意を持って付き合っているのよ。だから、交流もあるのよ」
「それは、興味深いね。その、二種族を相手に市が立つんか?」
「七の付く日だけね。地元の人は『七日市』って呼んでいるわ。その、『七日市』に行く商人の護衛と、『七日市』を開催中のモルモル村の警備の仕事よ」
(ムランキストの街について、人間側では忘れられた街になっとる。せやけど、猿人や蟻人の間やと情報があるかもしれん。ちょっと行ってみようか)
「面白そやからやってみるわ。紹介して」
『七日市』に行く商人は規模の大きな商人が商隊を募集して、小規模の商人が参加させてもらう形式を採っていた。
仕事の期間は前日、当日、翌日の三日間拘束。報酬は護衛が銀貨七十枚、雑用が銀貨二十四枚だった。
おっちゃんが応募した時には、報酬の高い護衛の仕事は募集上限の人数に達していた。なので、雑用枠での参加となった。
モルモル村に行く道は狭く舗装されていない。荷物を運ぶ主体は象と人である。象六頭と人間四十人が一列になって品物を運ぶ。護衛は先頭と後ろに配置される。
おっちゃんは塩漬けになった鶏肉を背負って運ぶ係になった。
商隊には象使いのアロソンも同行するので、世間話をしながら歩いた。
「モルモル村って、初めて行くんやけどどんな村やなの」
アロソンが機嫌よく答える。
「人口三百人ほどの村です。『七日市』と製材所が有名な村ですよ。象使いには、お得意さんですね。『七日市』がない時は食糧を運んで、帰りに板材や木材を積んできます」
「そうか。密林って、危険はないの?」
「道を真っ直ぐ進む限りは比較的安全ですよ。この密林では動物型のモンスターは少なく、植物型のモンスターが脅威なんです。でも、植物型のモンスターはあまり動きませんから。棲息場所さえ知っていたら、問題ありません」
「なら、護衛も楽なんかな?」
アロソンが強張った顔で答える。
「猿人や蟻人は縄張りに入らないと襲ってきません。ですが、最近は別の地域から流れてきたワー・ウルフの強盗団が出るって話です。俺の仲間も食糧を運んでいて、食糧を奪われました」
「モンスターより強盗団のほうが性質が悪いな。それは護衛も必要なわけや」
朝にアルカキストの街を出たが、夕方前にはモルモル村に着いた。
短い休息を摂った後に、各商人が商品を市の立つ場所に運ぶ。村には猿人と蟻人も既に来ており、準備をしていた。
猿人は人間と同じ大きさの二足歩行する猿で、蟻人は人間と同じ大きさの白蟻である。
どちらも、粗末なエプロンのような物を体に巻いていた。
人間、猿人、蟻人の間で親しい交流はない。だが、商人なので、明日の取引に向けて、互いの商品や値段のチェックには余念がない。
おっちゃんの手伝いも夕方前に終わったので、猿人の店が立つ場所を見て廻る。
猿人のいる場所には、手綱と鞍を装着したワイバーンがいた。
ワイバーンは飛竜とも呼ばれる。体長が四mほどの、空を飛ぶ龍に似たモンスターだった。
龍と違い、手は退化して存在しない。だが、鋭い爪と毒のある尻尾を持つ。
知能は低いが、力が強く、牛だって持ち上げて飛べる。気性が荒く飼い馴らすのが非常に難しい。
猿人は次から次へとやってくるワイバーンから荷物を下ろす。荷物を下ろしたワイバーンは、すぐに飛び立ってゆく。
おっちゃんは感心した。
(なんや。猿人は飛竜を飼い慣らせるんか。調教が行き届いておるの。外見は猿やけど、文化程度は高いのかもしれんな。空輸による運行も慣れとるようや)
猿人は果実、薬草、食用油を豊富に店に並べていた。
続いて蟻人の市が立つ場所を見て回る。蟻人は店頭に石を多く並べていた。
「石なんか売れるんか?」と思った。
だが、店頭に並んでいる石はよく見ると光っていた。
通りかかったアロソンが軽い口調で教えてくれた。
「蟻人の売り物は鉱石と原石ですよ。鉱石には銀が多く含まれていて、原石には宝石が含まれています。割ってみるまで中身はわかりませんが、当りは多いそうです」
「へー、そうなんか」
蟻人は列をなして鉱石と原石を運び、また列をなして戻っていく。
「この列ってどこから来てるんやろう」
アロソンが得意げな顔で語る。
「蟻人の国からこのモルモル村の近くまで秘密の地下道があるんですよ。ただ、地下道は複雑なんで、蟻人の道案内なしでは辿り着けないとの噂ですが」
「地下にある蟻人の王国か。どんなんやろう?」
人間側の店を覗く。人間側の店では主に、鉄器、布製品、酒、塩蔵品、などの加工品が売られていた。夜までに市の準備が整う。
夜には人間、猿人、蟻人の代表が集まって、明日の『七日市』の最終打ち合わせが行われた。




