第三百三十夜 おっちゃんと解呪組合
アロソンの依頼を終えて三日後、冒険者ギルドに場違いな老紳士が入ってくる。
老紳士は高そうな黒い服を着て帽子を被って立派な白い髭を生やしていた。老紳士が冒険者ギルドに入ってくると、冒険者たちが歓迎しない空気が出ていた。
近くの冒険者が小声で「ゴルカだ。ゴルカのやつが来たぞ」と噂する。
ゴルカはテレサと何かを話すと、おっちゃんの前まで歩いて来た。ゴルカが傲岸な顔で、おっちゃんを見下ろす。
「おっちゃんさんですか? 私は、ゴルカといいます。解呪組合で調査員をしているものです。少しお話があるのですが、いいですか? 是非とも聞いていただきたいお話です」
ゴルカは冒険者ギルドの密談用の空間を手で指し示す。
疚しい過去はあるが、気にせずに話す。
「ええよ。今は暇やから、お話を聞きましょう。あと、敬称のさんは不要やで」
密談スペースに行くとゴルカが澄ました顔で尋ねる。
「まず、貴方は解呪組合に加入しておりませんね。これを機に解呪組合に加入されてはいかがですか? 加入動機については、申し上げる内容はございません」
(これ、アロソンの象の件がばれたな。だが、確固たる証拠がない。せやから、今後を見越して、組合に加入せいって脅しに来たな)
おっちゃんは素知らぬ態度を採って話す。
「なんや、勧誘か。こんなしがない、しょぼくれ中年冒険者。放っておいても解呪組合には影響ないと思いますよ」
ゴルカが鷹揚な態度で話を進める。
「影響のあるなしはこちらで判断します。それに、加入されたほうが、なにかと便利ですよ。呪われた品を間違って扱い、呪われた時に組合員なら組合員価格で『解呪』が受けられます」
(やけに自信のある態度やな。解呪組合の調査員を名乗るだけの人間ではあるな)
「ほおう、それは便利ですな。他にはメリットはありますか?」
ゴルカが気取った顔で述べる。
「組合員同士がトラブルになった時は仲裁が受けられます。それに解呪組合に入ると、アルカキストの繁栄に貢献できます。冒険者といえど、街の一員ですから」
「街の一員ねえ。では、入った時のデメリットはなんや」
おっちゃんの嫌味にも、ゴルカが気にした様子もなく話す。
「ありませんね。会費は発生しますが、これは至極当然のこと。あとは、まあ、組合員の生活も守るために最低料金の規定を守っていただきます。ですが、デメリットと大袈裟な内容でもない」
気になったので率直に尋ねた。
「んで、組合費はいくらで、最低料金はいくらに設定しているんや?」
ゴルカが穏やかな顔ですらすら述べる。
「会費は年間だと金貨百二十枚。月ですと、十二枚。最低料金は単発の『解呪』で金貨十五枚。顧問契約を結ぶ場合は、年間で金貨が六十枚ですね」
(無茶苦茶、高いやん。ぼったくりも、ええとこやで)
「それだけか」
ゴルカは冷静な表情で告げる。
「いいえ、単発で『解呪』の仕事を請けると、金貨十枚を、顧問契約だと、年間で金貨四十枚を解呪組合に納めてください。税とは別に、です」
(『解呪』一回を金貨十五枚で受けとっても、十枚も持っていくんか、上前を撥ねすぎやで。こんな価格は滅茶苦茶や。アロソンのように『解呪』代を払えず泣く奴が、出てくるはずや)
おっちゃんはゴルカを睨みつけて発言する。
「かなり、お高い設定ですな」
ゴルカは全くに意に介した様子はなかった。
「皆さんに、よく言われます。ですが、組合員の利益を守るためには、お金が必要なんです。もちろん組合員になれば、仲介で手数料を取るのもありです」
「そんで、組合員にならず、仕事をした場合はどうなるん? 刺客でも送られてくるんか?」
ゴルカは上品に笑った。
「まさか、そんな野蛮な仕事はしません。法の処罰もありません。ただ、アルカキストの街では解呪組合が大きな力を持ち、各方面に恩恵を及ぼしています。おかげで組合員なら質の高いサービスを受けられるのですが、その質の高いサービスが受けられないだけです」
「なら、断ってもええか」
ゴルカが意地の悪い笑顔を浮かべる。
「いいですよ。契約は自由です。ただ、質の高いサービスを受けられるのなら、おっちゃんが探しているムランキストの街の情報も手に入るかもしれません。ですが、質の低いサービスでは、手に入るかどうかわかりません」
(冒険者ギルドにどうも情報が上がってこなかった原因はこういう仕組みか。組合員と非組合員を差別して他の街なら普通に手に入るもんを手に入らなくするわけやな。解呪組合の手口はわかった。これは、ちと、なにか手を考えんとまずいな)
ゴルカが優雅に構えて発言する。
「こちらとしては加入を急いで勧める気はございません。もっとも、おっちゃんのほうから何か急ぎ加入したい時は解呪組合にいらしてください。では、失礼します」
ゴルカは勝ち誇ったような顔で冒険者ギルドを後にする。ゴルカが帰ると、テレサがおっちゃんを呼ぶ。
テレサがすまなそうな顔をして詫びる
「おっちゃん、御免ね。アルカキストでは冒険者ギルドでも、解呪組合には大きく出られないのよ」
「しゃあないわ。どこの世界にも権力構造はある。でも、駆け出しの冒険者はどうしているんや? パーティに必ずしも『解呪』が使えるやつがおるとは限らんやろう?」
「冒険者ギルドには冒険者ギルドと顧問契約を結んでいる僧侶や、魔術師がいるのよ。その有志が低額で呪いを解く作業に当っているわ。でも、人数に限りがあるから、いつも順番待ちよ」
(本来なら、有志に参加してやりたいが、東の内情が、よくわからん。西の教皇の権威もここまでは及ばんから、あまり目立つ行為は避けたい。ゴルカに正体を知られたら、面倒や)
「そうか。解呪組合の力が強いな」
テレサが弱った顔で内情を語る。
「冒険者ギルドの有志の中には、『解呪』の魔法を使える人間はいるわ。でも、『解呪』の上位呪文を使える人間がいないのよ」
「それは少し心配やな」
テレサが不安も露に話した。
「だから、重篤な事態を招く呪いだと、最終的には解呪組合を頼らなきゃいけないの。だから、あまり大きく揉めるわけにはいかないのよ」
「呪いの品を扱う冒険者ギルドならでは、の悩みやな」
一年分の会費はない。だが、一ヶ月分の会費である金貨が十二枚なら財布の中にあった。
だが、解呪組合に金を払う選択は、どうも納得がいかなかった。




