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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
アルカキスト編
329/548

第三百二十九夜 おっちゃんと象使い

 おっちゃんがアルカキストに来て、気付いた事実がある。アルカキストの僧侶は血色が良く、良い服を着ている。だが、評判は良くない。

 宗教は西大陸とほぼ同じだが、東大陸には教皇ではなく法王が君臨して寺院を仕切っていた。法王のいる街はバレンキストであるが、アルカキストにまで法王の権威は及んでいた。


 おっちゃんは冒険者の酒場で飲んでいた。

 一人の沈んだ顔の青年が、冒険者ギルドの受付カウンターに行く姿が見えた。青年がテレサと話していると青年は涙を流し始める。

(なんや、身内でも殺されたんか。えらい悲しんどるで)


 テレサが青年を宥めながら、依頼票を書いていく。

 青年は依頼を頼むと、酒場の隅で泣いていた。


 おっちゃんは気になったので、テレサの許に行く。

「テレサはん。少し前に、ここに泣いている依頼人が来たやろう。どんな依頼や?」


 テレサが沈んだ顔で教える。

「アロソンさんの件ね。アロソンさんは象を使って密林から製材所まで木材を運ぶ仕事をしているのよ。その象が呪いに掛かって、処分しなければいけなくなったんだって」

「呪いって、アルカキストの密林はそんなに呪われるようなものがほいほい、落ちているんか」


 テレサが浮かない顔で答える。

「『古代神殿』は呪いの宝庫で、出土品のほとんどが呪われているようなダンジョンよ」

「そらまた、えらく不吉なダンジョンやのう」


「でも、少し前までは呪いが街の近くまで進出してくる事態はなかったわ」

「なんや? 最近になって、事情が変わったんか?」


 テレサが困った顔で告げる。

「そうなのよ。前は森の奥まで行かないとなかったわ。最近は街の近くの密林の中にも呪いを振り撒く木や、食べただけで呪われる果実なんかも生え出したのよ。植物のモンスター化も起きているわ」

「物騒な密林やな」


 テレサが冴えない顔で述べる。

「このまま、呪いが広範囲に密林に広がれば、アルカキストの受けるダメージは計り知れないわ。解呪組合が調査に乗り出しているけど、まだ見通しが立たないのよ」

「アルカキストには解呪組合なんて、あるんか!」


「呪われた品ばかりを生み出すダンジョン『古代神殿』があるでしょ。だから、アルカキストでは『解呪』の魔法を使える人間の需要が多いのよ。それで、誕生したのが解呪組合なのよ」

「解呪組合ね。でも、そんなものがあるなら、象に『解呪』の魔法を掛けて呪いを解いてもらったらええんやないの」


 テレサが弱った顔で告げる。

「解呪組合の人間に頼むと、『解呪』一回で、金貨を十五枚も取られるわ。冒険者の間には解呪破産って言葉があるくらいよ」


「アルカキストやと『解呪』一回に、そんなに掛かるん? それは、ちと気軽に頼めんな。せやったら、ちょっと腕の立つ冒険者に頼めば、もっと安う『解呪』を掛けてくれるんやないの?」


 テレサが沈んだ表情で語る。

「それが、駄目なのよ。アルカキストだと、解呪組合の力が大きくて、解呪の最低料金が決まっているのよ。安く掛けるわけにはいかないの」

「でも、アルカキストの『古代神殿』は呪われた品が多いんやろう。冒険者はどうしているん?」


「『解呪』ができる冒険者は解呪組合に入って、パーティと顧問契約を結んでいるわ。そうして、組合員になっている冒険者は顧問料から組合費を払っているのよ」

「なんや、おかしな仕事の仕方をしておるの。そんなん、教会はなんも抗議せえへんの?」


 テレサが暗い表情で語った。

「アルカキストの教会はほとんどが解呪組合から多額の寄進を受けているわ」

「それで、アルカキストの僧侶は裕福なんか。なら、魔術師ギルドはどうや?」


 テレサの表情は晴れない。

「魔術師ギルドは解呪組合に役員を出して、役員報酬を受けているわ」

「なら、お上はどうなん、街の人間が困っておるやろう。それでええんか」


 テレサが浮かない顔で内情を話す。

「アルカキストの代官は解呪組合、海運業者、塩商人組合が持ち回りでやっているの。今の代官は解呪組合から出ているから、解呪組合には口出しできないわ」

「完全に呪いが利権と化しておるの」


 テレサが困った顔で語る。

「そうね。大きな声では言えないけど、冒険者の中でも解呪組合は評判が悪いわ」


 おっちゃん一人では街に蔓延(はびこ)る利権構造は変えられないと理解していた。されど、そこまで阿漕あこぎに儲けているなら、小さな抵抗をしてみたい気にもなった。


 おっちゃんは真意を隠して尋ねる。

「街の事情はわかったわ。そういう事情なら、象を処分する仕事はおっちゃんがやるわ。可哀想やけどしゃあない」

「気分のよくない仕事だと思うけど、よろしく頼むわ」


 おっちゃんは酒場の隅で泣くアロソンに声を掛ける。

「象の処分を引き受けた冒険者や。皆からは、おっちゃんの名前で呼ばれておる。よろしゅう頼むわ」


 アロソンは涙を拭いながら声を出す。

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 アロソンに連れられて、街の外に歩いて行く。

 人の目がない場所まで来ると、おっちゃんはアロソンに話し出す。

「なあ、アロソンはん。仮にやけど、象の呪いを安く解けるとしたら、いくらまでなら、出せる?」


 アロソンが他人目(ひとめ)を気にして、そわそわしながら話す

「それって、もしかして、解呪組合を通さない『解呪』の話ですか」

「平たく言えば、そうやね」


 アロソンがおどおどした様子で意見を述べる。

「でも、組合を通さないで呪を解いているのがバレたら、解呪組合が怒りますよ」

「ほな、このまま、象を処分するか? おっちゃんはどっちでもええで」


 アロソンは真剣な顔をして決断した。

「金貨三枚。いや、五枚までなら、出せます」


(最低価格の三分の一か。それでも、庶民にしたら高額や)

「そうか。なら、まず象のところに案内してくれるか?」


 象は密林の中で、ぐったりしていた。象は苦しんでいる様子はなかった。

 おっちゃんは元ダンジョン・モンスターである。仕事柄、呪われた品を扱う機会もあり、呪いに関して充分な知識があった。


 象は一見すると、呪われた様子はない。だが、おっちゃんには怠け者になる呪いに掛かっている状態がわかった。


 だが、わざと分からない振りをする。

「なんや。呪い言うから、恐ろしい状態になっているかと思うたんたけど、普通やん」


 アロソンが困った顔で告げる。

「一般の人から見ると、そうなんです。でも、象は働かなくなってしまったんです。この象は、以前は働き者だったんですよ。食事もあまり摂らなくなりました」


「そうか、なら、プロに見せてみるわ。夕方くらいに、また来てくれるか。それまでに、どうにかしておくわ」

「お願いします」


 アロソンが去ったので適当に時間を潰し、夕方前に象に『解呪』の魔法を掛ける。呪いが解けたが、象に目だった変化はなかった。


 日が傾きかけると、アロソンが象の餌を持ってやってきた。

 象はアロソンを見ると、立ち上がって顔を近づける。いつも象を見ているアロソンは象の変化に気が付いた。

「象が元気になっている。ありがとうございました」


 アロソンが金貨五枚を差し出したので、三枚だけを受け取る。

「報酬は金貨三枚でええよ。だけど、おっちゃんの仲介は秘密にしてや」

「ありがとうございます」


 おっちゃんは冒険者ギルドに帰って報告する。

「テレサさん、御免な。また、依頼失敗してしもうた。象と眼が合ったら殺せなかった」


 テレサが浮かない顔をする。

「そうなんだ。じゃあ、また別の人を探さないと」


「その件やけど、ちょっと待って。アロソンさんもやっぱり殺せないと口にしとったから、依頼はいったん取り下げになると思う」

「そう、アロソンさん、象に思い入れがあったからね」


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