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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
アルカキスト編
327/548

第三百二十七夜 おっちゃんと大蟹

 薄い光が差す大きな穴の中に、忍び足で入ってく男が一人いた。

 男の身長は百七十㎝、服装は海水パンツ一枚だけを身に着けていた。歳は四十四と、行っている。丸顔で無精髭を生やしており、頭頂部が少し薄い。おっちゃんと名乗る冒険者だった。


 忍び足のまま、ゆっくりと濡れた砂の上を歩く。おっちゃんのいる場所は火山が活発なので、地面も熱く熱気で汗ばむ。

 幅十mの眠っている真っ赤な大蟹の前に来る。大蟹の足元にはガラクタが多数ある。ガラクタの一番上には直径三十㎝の真鍮の鍋があった。


(あったで。依頼にあった真鍮の鍋や。あとは、これを持ち帰るだけや)

 ガラクタの山を崩さないように一番上の鍋をゆっくりと手に取る。来た道をそろそろと忍び足で帰っていく。


 十mほど進んだところで、背後で砂が落ちる音がした。振り返ると、大蟹が眠りから覚めていた。

 大蟹は集めたコレクションの一部を盗られた状況に気が付いたのか、前へ進んでくる。


 おっちゃんは走った。大蟹は前に進む速度は速くはないが歩幅が大きい。十mの距離がすぐに縮む。

 おっちゃんは鍋を前に放り投げて、馬の姿を念じる。海水パンツが破れて、大きな馬の体が現れる。


 おっちゃんは人間ではない。『シェイプ・シフター』と呼ばれる、姿形を変化させられる能力を持ったモンスターだった。

 馬になったおっちゃんは地面におちた鍋の取っ手を口に咥える。馬になったおっちゃんの後を大蟹が追いかけてくる。


 穴から外に出る。外では砂地に湧き出す温泉が熱湯の水溜まりを作っていた。

 おっちゃんは熱水の水溜まりを避けて走る。大蟹は熱水をものともせずに追いかけてくる。


 間欠泉が吹き上がり、熱いお湯が体に掛かった。だが、文句はいってられない。

 馬のほうが大蟹より速いが、大蟹は熱水の水溜まりを苦もなく突きって来る。距離は離れたり、縮まったりを繰り返す。


 大蟹の繰り出す大きな鋏を回避しつつ、おっちゃんは走った。 

 やがて地面が、砂地から硬い土に変わる。固い地面の上では馬に変身したおっちゃんのほうが速い。


 距離がどんどん離れていく。振り返ると、大蟹は諦めたのか、背を向けて、穴に帰っていく姿が見えた。


 おっちゃんは人の姿を念じて、人間の姿に戻る。

「ふう、なんとか依頼の品を回収できた。しっかし、こんな真鍮の鍋なんて買ったほうが安いんやないの? 仕事やからええけど」


 おっちゃんは衣服を隠してあった場所までゆっくりと戻った。服を着て、バック・パックを背負い、腰に剣を佩く。


 冒険者の格好に戻ると、おっちゃんは歩き出した。

 半日を掛けて歩くと、海沿いの街が見えてきた。東大陸アーベラ国の玄関口であるアルカキストの街だった。アルカキストはアーベラを建国した初代国王の生地でもあった。


 アルカキストの人口は三万人。西に大きな砂地の湾を持ち、東に密林がある。アルカキストは西大陸のマサルカンドから船で三十五日ほど行った場所にあった。


 アルカキストの街の陸側には、逆茂木と木の板により築かれた防壁がある。だが、それほど頑丈ではない。

 アルカキストは密林が近く、木材が豊富に採れた。家の大半は石造りではなく、木造の家がほとんどだった。


 街の北側には代官が住む三階建の大きな館があるが、これも木造である。

 アルカキストの家は、三角屋根で二階にバルコニーを設置した家が多いのが、特徴だった。壁の色は密林で採れるクリームの油性塗料を塗るのが一般的だった。


 おっちゃんは街に入る前に『通訳』の魔法を唱えておく。おっちゃんは魔法が使えた。 

 どれほどの腕前かといえば、小さな魔術師ギルドのギルド・マスターが務まるくらいの腕前だった。


 アルカキストには冒険者ギルドがある。ギルドは東門から入ったすぐの場所にあった。建物は木製の二階建て。四角い建物と半円形の二棟が続いた構造になっている。

 建物は一階が石造りで二階が木造建築である。四角い棟が冒険者ギルドで、半円形の部分が百二十席の酒場になっている。

 酒場の半地下に温泉を利用した浴場があり、二階は宿屋になっていた。


 冒険者ギルドの入口を潜ってギルドの受付に行く。ギルドの受付にはスラリと背の高い女性がいた。女性は黒髪で年は二十代後半。目鼻立ちがはっきり顔をしていた。

 服装はクリーム色のワンピースを着て、肩から紫色のショールを羽織っている。ギルドの受付嬢であるテレサだ。


 おっちゃんはバック・パックから真鍮製の鍋を出す。

「テレサはん。依頼にあった鍋を大蟹の住処から回収してきたで。確認してや」


 テレサが鍋を拭き鑑定する。テレサがニコリと微笑む。

「間違いないわ。依頼にあった魔法の鍋ね。これで、蟹鍋を作ると、普通に作るより美味しくできるんだって」


「随分とマイナーな魔法が掛かった鍋やね。そんな魔法、あるんやな」

「『古代神殿』からは、時おり変わった魔法の品物が出るわ」


 冒険者ギルドから歩いて三十分ほど密林側に行った場所に『古代神殿』と呼ばれるダンジョンがあった。アルカキストもまたダンジョン持ちの都市だった。


 おっちゃんは銀貨八十枚を支払ってもらい、財布に仕舞う。

「蟹鍋か。美味いんかな?」

「美味しいわよ。ここら辺で取れる渡り蟹は、他の地域で獲れる渡り蟹より大振なのよ。アルカキストで渡り蟹は、オムレツ、焼き鳥と並ぶ名物よ」


「今度、喰うてみよ。そんで、ムランキストの街について何か分かった?」

 テレサは残念そうな顔で首を振る。

「今、調べているからもう少し待って。聞かない名前だから消えた街だと思うわ」


 アーベラ国はメダリオス河によって南北に分かれている。百年以上前から、南部では東から砂漠化が進み、北部では東から密林の異常繁殖が国土を侵食していた。

 アーベラは砂漠と密林の侵食により国土の半分以上が飲み込まれており、消えた街や村は、いくつもあった。


(砂漠化にしろ、密林の異常繁殖にしろ、飲み込まれて廃棄せざる得なくなった街やと、厄介やな)

おっちゃんは歴史に消えた街の情報を探すと共に、冒険者として働いていた。



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