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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ポルタカンド島編
326/548

第三百二十六夜 おっちゃんと東への旅立ち

『海洋宮』の早期攻略のために、優勢な東の冒険者に肩入れすると決めた。おっちゃんは、所有する船の入航時に、船長にお願いしに行く。


 船長は呪われた民の男だった。

「ちょいとお願いがあるんよ。船に積んできた商品やけど、誰かに売る約束がないのなら、東の奴らに先に話を持っていってくれへんか」


 船長は請け負う。

「どちらに先に声を掛けるかの裁量は私にあります。いいでしょう。他ならぬ、おっちゃんさんの頼みとあれば、そのようにしましょう」


 船一隻分の物資を手に入れた東側は、目に見えて勢いが付いた。

 冒険者ギルドの酒場で情報を集めると、西の冒険者の焦りが窺えた。

 二隻目のおっちゃん所有の船が入ってきた。そちらも東に先に話を持って行くように船長に頼んだ。


 物資が搬入された二十日後のまだ暑い日。『海洋宮』が突如として海に沈んだ。

 翌日には「東の奴らが攻略した」の情報が流れる。『太古の憎悪』が復活した話はなかった。

「やれやれ。これで、とりあえず、一安心や」


 おっちゃんが『海洋宮』対策本部に顔を出すと、ターシャがやり遂げた顔をする。

「『海洋宮』が攻略されて、ポルタカンドの近海を去ったわ。東の軍艦も引き上げるから、これで『海洋宮』対策本部も解散ね」


「お疲れ様でした。来年もまた『海洋宮』がやってくるのかの問題はありますが、こればかりは、来年にならんとわかりませんからね」


 ターシャがさばさばした顔で告げる。

「そうね、でも、今年の記録があれば、来年はポルタカンドの人間でどうにかできるでしょう。さて、一休みしたら『島魚』の生態に関する論文を纏めて投稿しなきゃ」


「そうでっか。おっちゃんは、これで島を離れるつもりなんで、今日で助手を辞めさせてもらって、いいでしゃろか?」


 ターシャが明るい顔で告げる。

「いいわよ。私も、記録の整理と論文の投稿が終わったら、街を離れるつもりだから。またどこかで会ったら、使ってあげるわ」


 精算を済ませてターシャと別れる。宿屋の部屋に戻ると、パンドラ・ボックスが待っていた。

パンドラ・ボックスが残念がる。

「『海洋宮』が攻略されちゃったね。まだ、時間が掛かると思ったのに。東の奴らさえ出しゃばってこなければ、面白い見世物が見られたのに」


「もしかして、『太古の憎悪』の話を、しとりますか?」


 パンドラ・ボックスが少々意外そうな顔をする。

「なんだ、知っていたの? そうだよ。私は、『太古の憎悪』復活の瞬間と、それに伴う阿鼻叫喚(あびきょうかん)の混乱を見に来たのよ。ところが、これで、お楽しみは来年までお預けよ」

「来年って、来年には復活しますの?」


 パンドラ・ボックスは当然の顔で話す。

「『海洋宮』は、また来年もやって来るよ。流れた血に含まれる憎しみは、消えない。だから、来年の分の憎しみが篭った血が蓄積されると、来年こそは『太古の憎悪』が復活するよ」

「ポルタカンド島に迫った危機は、まだ回避されておらんかったのか……」


 パンドラ・ボックスが、つまらなさそうに尋ねる。

「なに? 『太古の憎悪』を復活させたくないの?」

「話を聞いたけど、そんなん復活させたら、駄目でっしゃろう」


 パンドラ・ボックスが微笑んで告げる。

「なら、お世話になったし、いい情報を教えてあげようか。『太古の憎悪』を再封印する方法だよ」


(なんか、怪しいで、パンドラ・ボックスはんの言葉は、要注意や)

「そんなの、ありますの? あったら、教えて欲しいわ?」


「それはね――」と口にして、パンドラ・ボックスは顔を輝かせる。

「いいことを思いついた。もし、復活した『太古の憎悪』を再封印する方法を知りたいなら、東の国のアーベラにあるよ。東の大陸を目指せば良いよ」


(パンドラ・ボックスのええ思いつきて、おっちゃんにとったら、やたら悪い予感しかせんで)

「なんや、ずいぶんと漠然としすぎとちゃいますか。教えるならもっと、きちんと教えて欲しいなあ」


 パンドラ・ボックスがニコニコ顔で話す。

「なんだ、欲深いな。でも、欲深い人間は好きだよ。だから、もう少し、詳しくヒントをあげるね」

「どんな、ヒントですか。おっちゃんは頭がよくないから謎掛けみたいなヒントは止めてくださいよ」


「アーベラ国のムランキストの街にあるボンドガル寺院に行ってみるといいよ。そこに、『太古の憎悪』に関する秘密が眠っている」

「東大陸か。まだ行った経験がないな」


 パンドラ・ボックスが興味を示した表情で尋ねる。

「一つ、いいかな、おっちゃん?」

「おっちゃんに答えられることなら」


「どうして、『太古の憎悪』の秘密を解き明かして、ポルタカンドを救おうとするの? おっちゃんには、メリットってないよね」

「冒険者が冒険するのに、理屈が必要でっか?」


「でも、冒険者ってさあ、約束された多額の報酬や名声があるから、やるんだよね? 『太古の憎悪』を封印しても、金には全然ならないし、名声だってついてくるか怪しいよ」


「おっちゃんは金や名声のために冒険しとるんやないよ。名声に限って言えば、要らん。金は働いていれば、どうにかなるから気にせん。冒険はやりたいからやっているだけやで。それに、ポルタカンドには思い入れもできた」


 パンドラ・ボックスが不思議そうな顔をする。

「そうかな? 冒険者を大勢と見てきたけど、報酬を、目の色を変えて追っかける人間が、ほとんどだったよ。他人のために働くなんて、馬鹿みたいだよ」


「それは、そういう生き方を選んだんやから、おっちゃんは否定はしない。パンドラ・ボックスはんは、おっちゃんの性格を欲深いと指摘したやろう」


 パンドラ・ボックスが嬉しそうに話す。

「うん、指摘したね」


「そうや、おっちゃんは欲深いねん。だから、金や名声では満足できんねん。おっちゃんを満たしてくれるものは、常に冒険の向こう側にあるねん。冒険の向こう側にあるなにかや」


 パンドラ・ボックスが意地悪く嗤い告げる。

「それもまた、冒険者なのかもしれないね。とりあえず、教える情報は教えたから、好きにするといいよ。またねー」


 パンドラ・ボックスは消えた。

 おっちゃんは一人になった部屋で、荷物を整理する。


 整理が終わると、おっちゃんはまだ足を踏み入れた経験のない東大陸に旅をするべく、歩き出した。

【ポルタカンド編了】

©2018 Gin Kanekure

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