第三百二十五夜 おっちゃんと加熱する探索
ハーマンたちは金を払ったが、それ以外の件については歩み寄りはしなかった。
東の冒険者のほとんどはポルタカンドの冒険者ギルドに挨拶をしない。
当然、西の冒険者は面白くない。浜に下りてくる東の冒険者が西の冒険者とぶつかる事例も起きた。いつしか、『海洋宮』の探索は西が勝つか東が勝つかの様相を呈していた。
冒険者ギルドのギルド・マスターのイゴリーに話を訊く。
「なんや、西と東で勝つか負けるかの争いになってきたようやな。東の実力ってどんなもん?」
イゴリーが渋い顔で教える。
「東の奴らは実力者を揃えてきている。質でいえば東が上だろう。だが、東の奴らには物資が不足している。物不足が攻略を遅らせている」
「『海洋宮』って攻略できそうなん?」
イゴリーが難しい顔で述べる。
「大まかな規模はわかった。だが、まだ、詳しい情報が上がってきていない。時間を掛ければ可能だ。だが、時間制限のあるダンジョンなら、攻略はできないかもしれん」
事情は把握した。おっちゃんは夜にポルタカンドを抜け出した。
魚人に化けて半漁人の村に向かった。半魚人の村の魚屋に顔を出した。
魚屋の主人が愛想よく応じる。
「おや、久しぶりだね。目当ては『バルバラ』かい?」
「あるなら、一匹、貰うわ。最近、景気のほうはどう?」
魚屋の主人が苦い顔をする。
「よくはないね」
「そうなんでっか、ちと意外やわあ」
「『海洋宮』がやって来た当初はよかった。だけど、人間たちの本格攻略が始まったら、どんどん『海洋宮』側が押されはじめた。死人や怪我人も続出だ」
「『海洋宮』は攻略されそうなんか?」
魚屋の主人が険しい顔で伝える。
「攻略される可能性はあるね。ひと夏も保たないって話だ。でも、困った問題は他にある」
「ん? なにが問題なん?」
「バファイ島ってあるだろう」
「ありますね、美味しい貝が採れると人間が噂している島でっしゃろ」
「あの島の底には『太古の憎悪』と呼ばれる恐ろしい魔物が眠っている。それが、『海洋宮』から流れ出す血に反応しているんだ」
(そんな話は、初めて聞くで)
「そんな魔物がおるんか。ちと、詳しく聞きたいな」
魚屋の主人が顰め面で答える。
「俺もよく知らないが、長老なら知っているかもな」
おっちゃんは『バルバラ』をお土産に、長老の家を訪ねた。
「ごめんください」と入口で声を出すと、「あいよ」と二階の屋根の上から返事があった。
屋根の上まで泳いでいく。屋根の上で昆布を体に巻いて横たわっている半魚人の長老がいた。
長老は体調がよくないのか、弱っていた。
「いつぞやの魚人か。今日はなんの用があって来なすった?」
おっちゃんは、お土産の『バルバラ』を差し出す。
「へえ、今日はバファイ島の下に眠る『太古の憎悪』について聞きたくやって来ました」
長老は渋い顔をして告げる。
「海洋宮から流れ出した生き物の血によって目覚めようとしている、あの魔物についてか」
「そう、その魔物について詳しゅう知っていたら教えてください」
「あれは大昔の魔術師たちが禁断の術によって生み出した、忌まわしきものよ」
「『太古の憎悪』が目覚めると、どうなるんでっか?」
長老は怖い顔して語る。
「この村も人間の街も滅びるじゃろう。そうして、この海一帯を死の海へと変える」
(なんや、バファイ島は『岩ポルタ貝』が採れるだけの島やなかったのか)
「そんなの、無茶苦茶に危険やん。それなら、『海洋宮』を動かして、どこかへ行ってもらわんと」
長老が困った顔で告げる。
「儂もそう願う。だが、多数の冒険者を呼び込みたい『島主ビスケイン』が、首を縦に振らんのだ」
「そんな、人が大勢くればこうなる展開は予想できたやろう。なんで『海洋宮』が来るのに反対せんかったんですか」
「当初の説明では、浄化装置があるから大丈夫と約束してくれたのだが」
「それなら、問題ないですやろう」
長老が弱り顔で話す。
「ところが、どうも浄化装置がうまく働いておらん。設計上の欠陥か、はたまた、想定以上に血が流れたせいかは知らぬがな」
「そんなんいうたら、話が違いますやん。抗議せなあかんて」
長老が弱った顔で話す。
「残念だが、村は複数年契約で、『海洋宮』から金を受け取っておる。また、『海洋宮』の存在により、多額の経済的利益を得ている。今さら、出て行けとは伝えられんのじゃ」
(なんや、公共事業を引き受けて補助金を貰った村みたくなっとるの。事業で有害事象が起きているのに、引き返せんのか)
「そうでっか。それは、苦しいですな」
長老は暗い顔で述べる。
「こうなれば、早くに『海洋宮』が攻略されて、海が平和に戻る未来を願うしかないな」
おっちゃんは人間の姿に戻って、『瞬間移動』で宿屋に帰還した。
(平和な観光地やと思うとったけど、なんやかんやで、大きな厄介事を抱えた街やな)
おっちゃんが宿屋に帰ると、『嵐鳥』が部屋にやって来た。
嵐鳥は柔和な笑みを湛えて申し出た。
「おっちゃん、今日までありがとう。楽しかったよ。体もよくなった。島も騒がしくなってきたから、今日で島を去るよ」
「わかりました。また、どこかでお会いできる日を楽しみにしていますわ」
嵐鳥は宿屋から出て行った。次いで『島魚』もやってくる。
『島魚』は微笑んで、別れの挨拶をする。
「おっちゃん、今日で私は宿屋を出ていくわ。お世話になったわね。また、どこかで会う機会もあるでしょう。今日まで、ありがとう」
「こちらこそ、たいしてお構いもできずに、すんまへんな。またどこかでお会いしましょう」
『嵐鳥』と『島魚』が出て行った理由は単に島が住み辛くなったためだとは、思えなかった。
(『嵐鳥』も『島魚』はんも、『太古の憎悪』について知っていたんやろ。そんで、危なくなったから、ポルタカンドを去ったのかもしれんな。これは何か手を打ったほうがええかもしれん)
これ以上、血を流さないには、どうすればいいか。『海洋宮』を早期に攻略させる対応だが、採れる手段は限られていた。