第三百二十夜 おっちゃんと冒険者ギルド
『海洋宮』が浮上した情報を聞きつけた冒険者が、どこからか船を調達して島に来だした。
やってきた冒険者は冒険者ギルドに挨拶を済ませると、我先にと『海洋宮』に挑む。
一週間後には定期便が入航した。定期便には噂を聞きつけた冒険者の集団が乗っていた。四十席しかない冒険者の酒場は常に満席になる。また、昼夜を問わず『海洋宮』に挑みたい冒険者からは二十四時間営業の希望が出た。
おっちゃんは急ぎ、マサルカンドの冒険者ギルドに応援を手配する。同時に酒場の求人を出して、酒場を二十四時間営業に切り替えた。
冒険者酒場の隣には空き家があった。都合が良かったので借り上げて、事務室とギルド・マスターの執務室として使った。
ギルド・マスターの執務室で、おっちゃんが事務作業をしていた。
アルティが椰子酒を持ってやってくる。
アルティは心地よく疲れた顔で切り出す。
「おっちゃん。やはり、冒険者ギルドを手放してよかった」
「やはり大変やろう。ダンジョンのある街の冒険者ギルドは」
「甘く見ていたよ。あの、混雑じゃ私たち親子じゃあ、とても切り盛りできなかった。お父さんも天手鼓舞」
「忙しいけど、もう少し辛抱してや。マサルカンドから応援のスタッフが到達すれば楽になる。求人も掛けているから、スタッフも増える」
アルティが微笑む。
「ダンジョンの効果って凄いね。冒険者だけじゃなく、冒険者を目当てにした商人や職人が次々にやってきて、島の中にある空き家をどんどんと借りていく」
「今は、まだいい。せやけど、もっと人は来る。そうなれば、色々な問題が起こる。おっちゃんの許にも様々な苦情や改善要望が日々、来とる」
アルティがしんみりした顔で語る。
「産業がバナナの栽培と魚の輸出しかなかった島なのに、これからどうなるんだろう?」
「ずっと、この好況が続くかもしれん。または、誰かが簡単に攻略して、来年には元の島に戻るかもしれん。こればかりはまだ読めん」
アルティが素っ気ない態度で訊く。
「おっちゃんは、このまま冒険者ギルドのギルド。マスターとして島に残るの?」
「金を出した人間は領主のパルダーナはんや。おっちゃんは、雇われギルド・マスターや。長くはおれんやろう。それに、一箇所の場所に長くはきっといられん。おっちゃんは冒険者やさかい」
「そうなんだ」とアルティは寂しげに微笑む。
アルティが帰った後にも、おっちゃんの仕事は続いた。
執務室で朝を迎えると、『海洋宮』対策室のターシャの許に行く。ターシャは、領主のパルダーナとお茶を飲んでいるところだった。
「ターシャはん、冒険者ギルドの移転拡張計画ができたで。目を通してや」
計画書を受け取ると、ターシャは簡単に目を通しながら、軽い調子で尋ねる。
「冒険者たちの動きは、どうなっているの?」
「下級冒険者が四十人、中級冒険者三十人、上級冒険者が二十人くらいやね。今は、まだ二十四時間営業でどうにか、廻っているけど。冒険者は、もっと来るで。そうなれば、やはり今の設備では、まずい」
領主のパルダーナが、おずおずと申し出る。
「冒険者ギルドの拡張はどうしても必要でしょうか? もし、『海洋宮』が一過性のものなら維持費が掛かります。大きなギルドができたはいいですが『海洋宮』がなくなった。では、費用だけが嵩みます」
ターシャが計画書をパルダーナに渡し、感心した顔で口を出す。
「おっちゃんの案では冒険者ギルドを建てる計画ではないです。多目的に利用できる会館を建てて、夏の間だけ冒険者ギルドとして開放する。残りの期間はレストランや劇場にする案です」
おっちゃんはざっくりと説明する。
「『海洋宮』が今年限りでも、わいの案なら、転用が可能や。せやから、まるまる損する事態にならん。それに、ポルタカンド島は観光地なのに遊ぶところがない。せやから、ちょうどええと思いました」
パルダーナが計画書の概要を見ながら、思案顔をする。
「観光に来られたお客さんの中には、遊ぶところが欲しいという意見は確かにあります。そうですね。これを機に、考えてもいいかもしれませんね」
おっちゃんは持論を述べた。
「今年はどこかの倉庫を借りて仮営業するとしても、冒険者はもっと大勢やって来る。来年は、さらに人が人を呼ぶ可能性もある。なら、早め早めに計画を立てておかんと混乱する。投資をするのなら今や」
パルダーナは難しい顔をして、意見を口にする。
「わかりました。この計画書を読んで早急に結論を出します」
冒険者ギルドに帰った。
報告が入る箱には、冒険者に対する地元住民の苦情と、地元民に対する冒険者の苦情が数件、寄せられていた。
おっちゃんは臨時で雇っている職員を呼んで指示を出す。その後は、管理組合設立総会に出て、冒険者ギルドとしての意見を述べるために出かける。
仕事が夜遅くに終わったので、冒険者ギルドで食事をして帰る。
おっちゃんのいる宿屋は高級な宿だった。だが、金のある冒険者が来ると、冒険者で常に満室になった。
フロントの前を通った。
赤いワンピースを着て大きな赤いリボンを頭に付けた金髪の女の子が、フロントで文句を口にしていた。
「ねえ、部屋はどうにかならないの? お金ならあるのよ」
「申し訳、ございません。満室でして、お泊めできません。もう、夜も遅いので御両親のところにはお帰りになられては、いかかでしょうか」
(なんや、親と喧嘩して部屋から飛び出してきたんか)
女の子は膨れっ面で抗議する。
「だから、親はいないんだってば。私は一人で来たの」
おっちゃんは気になったので、女の子を見た。すると、女の子も、おっちゃんを見る。
女の子は、おっちゃんを見ると表情を輝かせる。
「あ、おっちゃん、いいところに。この宿に泊まっているなら、おっちゃんの部屋に泊めてよ」
おっちゃんは女の子に全く見覚えがなかった。
(はて、誰やろう? 知り合いの子か?)
「すんまへん。どこのお子さんですか?」
女の子はにこにこした顔で、親しげに名乗った。
「私よ。私、パンドラ・ボックスよ」
パンドラ・ボックスは知っていた。正体は人間を破滅させる悪魔の箱。強力なモンスターを次々と生み出せる、恐怖の存在だった。
おっちゃんはパンドラ・ボックスの袖を引いてロビーの隅に移動し、小声で聞いた。
「なんで、パンドラ・ボックスはんが、ポルタカンドにおるんですか?」
パンドラ・ボックスは明るい顔で答える。
「なんでって、単なるバカンスよ。興味があるなら、どこにでも現れる。それがパンドラ・ボックスなのです」
(これ、何か悪い予感しかせんで)
「そんで、いつまで、おるつもりなんですか?」
パンドラ・ボックスが不機嫌な顔で頬を膨らませる
「今日、着いたばかりなのに、もう帰る話? それは、ひどくない?」
「でも、おっちゃんは今ポルタカンドの冒険者ギルドのギルド・マスターやねん。パンドラ・ボックスはんに仕事をされると、困る立場やねん」
パンドラ・ボックスが顔を輝かせる。
「なら、悪い行いをしないから、おっちゃんの部屋に泊めて」
確かにベッドは空いている。本来は四人用の高級な部屋なので、泊めても狭くはない。
だが、パンドラ・ボックスと同じ部屋になる状況は嫌だった。
嫌だが、ここでパンドラ・ボックスを放り出すと仮定する。パンドラ・ボックスが悪意ある人間を見つけ出して唆す。大きな問題を引き起こす展開が目に見えていた。
おっちゃんは渋々の態度で妥協した
「わかりました。部屋のベッドが空いているので泊めてもええです。せやけど、ほんまに島で問題を起こさないでくださいよ。バカンスが終わったら、帰ってくださいね」
パンドラ・ボックスが喜んだ。
「わーい、やった」
おっちゃんはフロントに知り合いの子が家出してきたから面倒を見ると嘘を吐いて、宿泊人数を一人、増やした。
「もう、おっちゃんの部屋は完全に危険物隔離庫やで」




