第三百十九夜 おっちゃんとギルド・マスター
謎の島が『島魚』だと判明し、金策にも成功した。
任務に成功したので、次なるターシャの仕事を支援すべく、ターシャの許を訪ねる。
島の簡単な概略図を前にターシャは難しい顔していた。
「ターシャさんどうしました? なにか困りごとですか?」
ターシャが表情も暗く告げる。
「『海洋宮』の浜の使用権と税の徴収を巡ってトラブルになっているわ。誰に浜の使用権があるのか。どうやって誰が税を徴収するのか。官吏が困っているわ」
「なら、『海洋宮』の浜を管理する管理組合を作ったらええんと違いますか? 管理組合に利害調整をやらして、管理組合から税を納めさせるんですわ」
ターシャが納得した顔をする。
「網元、冒険者ギルド、商人組合、役人の四者からの管理組合を作る。冒険者は冒険者ギルド経由で、商人には商人組合、漁師は網元経由で税を集める。それで、法的な事務手続きと監査を官吏にやらせるわけね」
「全てを官吏主導でやると失敗します。官吏から何か言われたら反発する人間も、自分の所属する組織の話なら、そういうものかと、納得しますやろう」
ターシャがちょっぴり苦い顔をする。
「わかったわ。さっそく管理組合を作らせて、浜の管理を任せるわ。でも、そうすると、やはり冒険者ギルドだけが頼りないのよね」
「おっちゃんが冒険者ギルドに出向きます。そんで、冒険者ギルドの株を売ってもらえるように、頼んできますわ」
おっちゃんは冒険者ギルドを訪ねる。アルティが元気よく出てきた。
「アルティはん、この間の冒険者ギルドの株を手放す話を考えてもらえたやろうか?」
途端にアルティが冴えない顔をする。
「おっちゃんの話はわかったわ。私はいいんだけど、父が難色を示しているのよ」
「ギルド・マスターは、お父さんのマグウさんやったね。時間を取ってもらって、ええかな? おっちゃんが話をしてみる」
営業時間が終わる頃を見計らって冒険者ギルドに行く。
閉店時間前だったが、お客は一人もいなかった。マグウは、おっちゃんと同じくらいの身長の男性で年は五十くらいだった。髪は半分ほど白く体格はあまりよくない。
マグウが暗い顔をして、おっちゃんの前に椰子酒を置いた。
「夜遅くにすんまへんな。アルティはんから聞いていると思うけど、冒険者ギルドの株を売って欲しい。価格はいくらぐらいが希望なん?」
マグウがしんみりした顔で、自分の前にも椰子酒を置く。
「俺は有能な冒険者じゃなかった。だが、俺には運があった。俺は運よくたまたまダンジョンで儲けた。冒険者ギルドの株を買って、俺がこのポルタカンドに冒険者ギルドを開設した」
(思い入れがあるんやな。せやけど、ここで手放したほうが、いい思い出として終われる)
「そうか、創業者なんやね。さぞ、大変やったやろう?」
マグウが穏やかな顔で告げる。
「そんなことはない。ここは小さな島だ。冒険者ギルドといっても、常連は六人だけ。あとは酒場の客さ。でも、俺にとっては、冒険者ギルドは一種の誇りなんだよ」
「確かに、冒険者ギルドのギルド・マスターは冒険者の出世コースや。誰でもなれる地位やない。でも、これから環境が激変する。仕事も増える。厄介事も増える」
マグウは椰子酒を呷ると、沈んだ顔で言葉を吐き出す。
「わかっているよ。ポルタカンドがダンジョン持ちの都市の仲間入りをした。なら、冒険者ギルドは今以上の機能と働きを求められる。でも、手放す気には全然なれないんだ」
マグウは自ら嗤うような顔をして語った。
「酒場のマスターが不満な訳じゃない。でも、駄目なんだ。老いぼれの妄執と、人は陰口を叩くかもしれん。だが、俺は冒険者ギルド・マスターの地位にできる限り、しがみつきたい」
告白する父親の顔をアルティが寂しげに見ていた。
(これはマグウさんの顔を立てないと、権利を譲ってもらえないね。何とか顔を立てられれば、売ってくれるかもしれん)
「よっしゃ、なら株は全部は要らん。六十七%を売って欲しい。残りの三十三%は、マグウさんのものでええ。マグウさんには冒険者ギルドの共同経営者として残ってもらう。この案なら、どうや?」
株の割合は議決権である。六十七%を手放せば実質的にギルドの決定権を失うに等しい。
(マグウはんが欲しいのは、ギルド・マスターの権限やない。愛着のあるギルドとの繋がりと、冒険者としてそれなりに成功した証や)
マグウの顔を立てつつ、実権を握るための案だった。
マグウが目を閉じて、噛み締めるような顔をする。
「なるほど。ポルタカンドのギルド・マスターは雇われギルド・マスターがやるのか。そんで俺は、ギルド・マスターから一オーナーになる」
「そうや、冒険者ギルドの性質上、オーナーといっても好き勝手はできん。せやけど、ギルドの収益は、マグウはんにも入る。そんで、辞めたくなったら、残りの株を金に換えたらええ」
マグウが柔和な顔で独り言のように発言する。
「酒場のマスター兼冒険者ギルドのオーナーねえ。悪くはないな」
(心が動いたか、これなら、行けるかもしれんな)
「そうか、なら一晩ゆっくり考えてみて。また、明日の夜に、返事を聞きに来るわ」
感触は悪くないと手応えを感じた。
おっちゃんは店を出て、翌日の夜に店に行く。
閉店間際の店に客はいなかった。マグウは一人で椰子酒を飲んでいた。
マグウは、おっちゃんを見ると、優しい顔で決断を告げる。
「一晩じっくり考えた。やっぱり全部、売るわ」
「おっちゃんは嬉しいけど、ほんまにそれでええの?」
「未練がましく、地位にしがみついている態度はみっともない。こんな年寄りが威張っていたら、若い奴らもやりづらいだろう。俺はこの小さな酒場のマスターとして、常連たちと余生を楽しく暮らすよ」
「決断してくれて、ありがとう」
マグウがおっちゃんの前にグラスを置き、椰子酒を注ぐ。
「願わくば、これからのポルタカンドと若き冒険者に栄光がありますように。乾杯」
「乾杯」と、おっちゃんはグラスをぶつけて、乾杯する。
翌日、ターシャに冒険者ギルドの買い取りに目処がついた報告をする。
ターシャは機嫌よく報告を聞くと、おっちゃんに告げる。
「なら、早急に冒険者ギルドのギルド・マスターを決めないと駄目ね。冒険者ギルドのギルド・マスターは、領主のパルダーナ様と相談するわ」
昼過ぎに、おっちゃんは『海洋宮』対策室に呼ばれた。
ターシャが胸を張って、依頼する。
「冒険者ギルドのギルド・マスターだけど、おっちゃんに決まったわ。とはいっても、公募で次の冒険者ギルド・マスターが決まるまでの間だけど」
あまり良い気がしない。でも、人がいない状況は理解していた。
(おっちゃんは、しがない、しょぼくれ中年冒険者やから、ギルド・マスターなんて器やないんやけどな。他に適任者がおらんわけやから、しゃあないか)




