第三百十八夜 おっちゃんと赦免状
四日目の昼にロシェ大司教をレストランに呼ぶ。塩の中から出したレッド・スターの内臓を出した。
ロシェ大司教は目の前のどろりとした物体を見て、眉を顰める。
「確かに見た覚えのない料理であるが、なんだねこれは?」
「レッド・スターと呼ばれる海鼠の内臓を塩漬けにしたものです」
ロシェ大司教が複雑な表情をする。
「干した海鼠の肉は食べた経験があるが、内臓の塩漬けは初めてだな。どれ、食べてみるか」
フォークを使ってロシェ大司教がレッド・スターの内臓を口に運ぶ。
ロシェ大司教が麦酒を注文してから、ほくほく顔で答える。
「濃厚な旨みの中に香る磯の香。確かに、かつてない味わいだ。新たなる味の境地だ。いいだろう、おっちゃん、約束だ。赦免状を用意しよう」
ロシェ大司教は約束通りに三日で赦免状を発行してくれた。
おっちゃんは赦免状の中身を読んで問題ないと判断した。おっちゃんは濡れないように赦免状を瓶に詰めて蓋をする。次に、金貨を詰める袋を担いで、難破船の場所に夜に移動した。
魚人の姿で海中に進んで船の近くに行くと、亡霊のマンタリが現れた。
難しい顔をしてマンタリが尋ねる。
「俺の無実は証明されたか?」
「ここやと都合が悪い。ひとまず海上に出てくれるか」
マンタリを伴って海上に出る。
「残念やけど、マンタリはんが無実の証拠は残っていなかった。裁判の記録自体もなく、事件は完全に風化しとった」
マンタリは大いに落胆した。
「では、俺に押された犯罪者の烙印は永遠に消えないのか」
「役所や教会の記録にもなく、誰も覚えていないんやから、もう気にする必要はないんやないの。このまま、冥土に旅立つわけにはいかんか?」
マンタリは苦しい顔で拒絶した。
「駄目だ。俺は罪を背負ったままあの世に行きたくはない」
(これ、完全に思い込みや。せやけど、化けて出るほど強く思うとるんやから、止む無しやな)
「ほな、これ、受け取って」
おっちゃんがガラス瓶を出すと、ガラス瓶が宙に浮く。
マンタリの前でガラス瓶の蓋が開いた。マンタリが瓶の中にあった赦免状を見る。
「なんだ、これは?」
「赦免状や。時間が経ちすぎた事件で、亡くなっている人の名誉を教会が回復するための書状や。赦免状に書いてあるやろう。嫌疑不十分のため、マンタリの名誉を回復する」
マンタリが俯いて小首を傾げる。
「無実の証明では、ないのか?」
「無実やないね。でも、嫌疑不十分やったんなら、そもそも、起訴された手続きがおかしい、と教会が認めたんや。つまり、マンタリはんを裁いた裁判自体が、おかしかった証拠や」
マンタリが腕組みして考える。
「確かに裁判は納得いかないものだった。裁判がおかしかったと認めてくれた事実は嬉しい。だが、なんか、しっくり来ないな」
「ええやないの。教会の権威が、聖職者の合議によって、マンタリさんの事件を吟味した。結果は白や。堂々とあの世に行って、なにか嫌味を言われたら、裁判がおかしかった、いうてやり」
マンタリが思案した態度で迷っていたので、もう一押しする。
「あんな、マンタリはん。もう、ここまで来たら、マンタリはんが胸を張って、あの世で待っている奥さんに会いに行けるかどうかや。無実やと胸を張れるのなら、堂々と会いに行ってやり。いつまでも奥さんを待たせたら、あかんで」
マンタリは困った顔で告げる。
「でも、妻の性格では俺を待っているとは思えない。浮気症なところもあったし」
「もう! なら、なんで、現世に残るの? 名誉は回復したやろう? 長い時間もあった、そろそろ、踏ん切り付けて、新たな一歩を踏み出さないかんときやないの?」
マンタリが吹っ切れた表情で語る。
「それも、そうか。わかった。裁判がおかしかったと、教会が認めてくれたわけだしな。なら、待っていろ。約束通りに、難破船内に残る俺の全財産を、お前に渡そう」
マンタリは一度、消えた。しばらくすると、赤ん坊が入れるくらいの宝箱が浮いてきた。宝箱から水が漏れる。
マンタリの声だけがする。
「ありがとう、名も知らぬ魚人よ。私のために骨を折ってくれた献身に感謝する」
おっちゃんが宝箱を開ける。中には金貨がぎっしり詰まっていた。
(これは凄いな。千枚近くあるで)
おっちゃんは袋に箱ごと金貨を詰めると、礼を述べる。
「ほな、ありがたく貰っていくわ」
マンタリからの返事はない。
「なんや、もう、旅立ったんやな。ほな、お元気で」
おっちゃんは瞬間移動で宿屋に帰った。金貨を数え直すと、金貨は千百十二枚もあった。
「一気に大金持ちやね。これだけあれば『嵐鳥』や『島魚』が飲み食いしても当分は保つ」
おっちゃんは金貨を持って、支配人に会いに行く。
「金ができたで。精算してや」
支配人が安堵した顔で金額を告げるので、金貨を払った。おっちゃんは支配人に頼む。
「金はまだある。せやから、おっちゃんの連れが飲み食いした時は、ツケにしておいて、請求してや。きちんと金は工面して払うから」
支配人が頭を深々と下げる。
「わかりました。これからも、よろしくお願いします」
『嵐鳥』と『島鳥』のいる部屋に行く。
「金策に成功しました。島での飲み食いはツケが利く分には自由にしてええです。せやけど、どこにツケがあるかは申告してや。支払いが遅れると、人間の生活に影響が出ますから」
「わかったよ」「わかったわ」と『嵐鳥』と『島魚』は了承した。