第三百九夜 おっちゃんと『嵐鳥』(前編)
翌朝、おっちゃんは領主のパルダーナの朝食会に出席するために宿を出る。
朝食会はパンケーキとバナナの前菜、魚料理と肉料理にデザートが付いたコース料理が出た。
パルダーナとの朝食会は当たり障りのない会話からスタートする。朝食会はなごやかな雰囲気の中で進んでいく。
コース料理がデザートに差し掛かったところで、パルダーナから切り出す。
「時に、おっちゃんはターシャさんの助手を務めて『嵐鳥』の調査に行かれるそうですね」
「なんや、もうお耳に入ったんですか」
パルダーナは優しい顔で告げる。
「サバルカンドの魔術師ギルドのギルド・マスターより、よろしく頼む、との手紙が届いています。サバルカンドとポルタカンドの繋がりは薄いですが、要請は無視できません」
(なるほど、領主は「ターシャを頼む」と釘を刺しに来たわけか。これはますます、助手の話を下りるわけにはいかなくなってきたで)
「そうでっか、領主さんからの要請とあっては、これを無下に断る態度も採れませんな。しっかり務めさせていただきます」
パルダーナはホッとした顔で述べる。
「そう請け負ってくれると心強いです。怪我をさせるなと申す気はありませんが、あまり危険な目に遭わせないようにお願いします」
(調査対象が災害を呼ぶ鳥なのに、危険な目に遭わせるなとは無茶な依頼をしてくれるの。でも、領主に心配させるのやから、ターシャはええとこのお嬢様なのかもしれんな)
朝食会を終えるとおっちゃんは保存食を買い、水筒にエールを詰めて冒険に行く準備を済ませる。他にも必要な道具を見繕って用意しておく。
その日の天候は雲が少し出ていたが、風は強くなかった。
昼食を早目に済ませて、冒険者ギルドに行く。
十五分ほど待つと意気揚々とターシャがやって来て、機嫌よく伝える。
「きちんと、やってきたようね。それでは、調査に行くわよ」
「天気は生憎よくないですが、よろしゅうお願いします」
冒険者ギルドを出て島の南端に着く。
ターシャは肩から提げているポシェットに手を入れ、二畳の広さがある青い絨毯を取り出した。
(『保管箱』の魔法やね。自前で使っているなら、ターシャはそれなりにできる魔法使いやな)
ターシャが絨毯を拡げると、絨毯は地面から八十㎝の高さに浮かぶ。
「さあ、空飛ぶ絨毯でいっきに進むわよ」
ターシャが空とぶ絨毯に乗ったので、おっちゃんもターシャの後ろに座る。
二人を乗せた絨毯は、高さ五mまで浮かび、空を飛んでいく。
「ターシャはん、『嵐鳥』のいる場所ってわかりますの?」
ターシャが自信たっぷりに発言する。
「馬鹿にしないでよ。だいたいの目星はついているわ。バファイ島よ」
(随分と近場におるんやね。でも、どうして、そんなところにおるんやろう?)
絨毯でしばらく飛ぶとバファイ島が見えてきた。近づいていくと島には大きな紫色の隼が横たわっている状況がわかった。
(ほんまに、いたで。ポルタカンドからえらく近い場所な気がするの。こんなに近い場所におったんなら、そら強風も吹くわ)
空飛ぶ絨毯が島に到着した。
『嵐鳥』が面倒臭そうに瞼を上げ、おっちゃんたちを確認すると瞼を閉じる。
(機嫌はよくないようやな。さりとて、人間を敵視もしとらん態度は幸やな。でも、こうして、間近でみるとでかいな。王者の貫禄やな)
ターシャは空飛ぶ絨毯をポシェットにしまう。
怖れることなく『嵐鳥』の前に進むと、堂々とした態度で『嵐鳥』に尋ねる。
「私はターシャ。貴方が『嵐鳥』ね。『嵐鳥』さんはどうして嵐を起こすの?」
『嵐鳥』は目を閉じてなにも答えない。
ターシャがムッとした表情をしたので、フォローに廻る。
「ターシャさん。『嵐鳥』さんは、お休みのようです。休憩が終わるまで待つか、時間を置いて出直すか、しませんか」
おっちゃんの提案に『嵐鳥』は満足げ気な顔をする。だが、ターシャの機嫌は悪い。
「何をいっているの。お客がこうして来たんだから、相手をしてくれてもいいでしょう。
「お客いうても、おっちゃんたちは招かれざる客や。大きな顔をしたらあかん。相手の状況を第一に考えねば、纏まる話も纏まらなくなる」
おっちゃんの考えにターシャは納得しなかった。無言で苦い表情をして『嵐鳥』を見上げた。
『嵐鳥』はまったく取り合わず、目を瞑ったまま横たわっている。
ターシャの視線が逸れ、険しい顔で発言する。
「誰か来たみたいね。おっちゃん、隠れるわよ」
ターシャは『嵐鳥』から二十m離れた場所でおっちゃんを手招きした。
おっちゃんがターシャの傍に行く。ターシャは『幻影の地形』を唱えて、幻影の藪を作って姿を隠した。
少しすると、十名からなる半魚人の一団がやってきた。半魚人の九人は肌の色が黒か青だったが、一人だけ赤の目立つ肌をした半魚人がいた。
赤い半魚人がリーダーなのか、『嵐鳥』の前に進み出、真剣な顔で申し出る。
「『嵐鳥』さん、すいませんが、ここを立ち退いてもらうわけには、いきませんかね。『嵐鳥』さんがいると、船の運航に支障を来すんですよ」
おっちゃんは不思議に思った。
(半魚人たちは船を使わん。なのに、なんで船の運航を気にするんや? 船の運航に気を揉んでいるんは人間たちのほうなのに、なして、人間側の心配をするんや?)
ターシャも疑問に思ったのか「おかしいわね」と小さく呟く。
『嵐鳥』は半魚人たちの言葉をまともに取り合わなかった。ただ、黙って横たわって目を閉じているだけ。
黒い半魚人の一人が怒る。
「おい、なんとか答えたらどうなんだよ」
赤い半魚人がすぐに手で黒い半魚人を宥める。
「やめておけ。俺たちは話し合いに来たんだ」
ターシャがすくっと立ち上がる。『幻影の地形』が消えた。
「おい、人間がいるぞ」と、ターシャを見た半魚人が警戒の声を上げる。
ターシャは威嚇されても怯まず、歩いてゆき赤い半魚人の前に行く。
「貴方たち、船の運航がどうの、って口にしていたわね? 何を企んでいるの?」
半魚人たちが答えず、武器を構えたので、おっちゃんは走っていく。
「待ってください。ターシャさんも半魚人さんも、落ち着いて。『嵐鳥』さんの前でっせ。こんなところで喧嘩したら、『嵐鳥』さんかて怒るで。『嵐鳥』さんを怒らせたら、どっちも損や」
ターシャと赤い半魚人は、じっと、おっちゃんに厳しい視線を向ける。
先に赤い半魚人が口を開いた。
「人間なぞに敬意を払う必要はない。だが、『嵐鳥』さんの前だ。闘争は控えよう」
赤い半魚人の言葉を聞いて、他の半魚人も武器を下ろした。




