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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ポルタカンド島編
306/548

第三百六夜 おっちゃんと黒い噂

 三日ほど、ごろごろして過ごす。やることがないが、帰ろうとは思わなかった。

 おっちゃんは『海洋宮』が浮上してオープンする日を待っていた。


『海洋宮』に挑戦しようとは思わない。『海洋宮』で働こうとも考えない。ただ、漠然と『海洋宮』を外から眺めたいとの欲求があった。


 窓の外を見ながら思う。

「夏と一口に言うても、漠然としとるからな。案外、夏の盛りに一ヶ月だけのオープンもありえるから、待つしかないか」


 泳ぐのも、釣りも飽きた。冒険者ギルドに顔を出す。

 冒険者ギルドの扉を開けると、店内が一瞬シーンとなる。


 全員がおっちゃんの顔を見てから不自然に視線を()らす。

(なんや? どうしたんやろう? 感じ悪いな)


 カウンター席に着くと、浮かない顔をしたアルティが寄って来る。

「おっちゃん、ちょっといいかしら。実はおっちゃんの行動が話題になっているの。おっちゃんが半魚人と取引しているんじゃないか、って」

(当りやけど、真相が露見したとは思えん。誰かの思い込みやな)


「なんや、そないに噂されてとるのか。心外やわあ。半魚人との取引って、犯罪やろう?」

「正確には犯罪じゃないわよ。法では処罰されないわ。でも、半魚人と取引している人間は、村ではモンスターと繋がっているとして、信用されないのよ」


(誰かが発した小さな(そね)みが切っ掛けやな。嫉みの噂が島を駆け巡る内に、大きうなって、この始末や。平和な島やと思うて油断したのが悪かったの。ほんま、人間って恐ろしいで)


「そうか。それで、おっちゃんを見る目が感じ悪うなっていたんか?」


 アルティは言い辛そうな顔をして話す。

「それでね、おっちゃん。非常に申し訳ないんだけど、ギルドとしては、おっちゃんに仕事を斡旋(あっせん)できなくなったの。御免ね」

「なんや。アルティはんも、おっちゃんがモンスターと取引していると疑っているんか?」


 アルティが困った顔をして弁解する。

「私はそんな風におっちゃんを疑っていないわ。でも、仕事の依頼人は島の人がほとんどなのよ。依頼人が半魚人と取引をしている人に仕事を頼んでいると思うと、嫌な気分になると思うの。だから、その」


 アルティの言葉は、最後は小さくなって消えた。

(完全な風評被害やね。あの人が嫌やと思うとると考えるから、止めとこう――の発想や。まあ、冒険者ギルドも、こんな小さなところじゃ、冒険者側に立つのも難しいか)


「わかったよ。そんな風に思われているなら、しゃあない。椰子酒を一杯飲んだら、帰るよ」

アルティはすぐに椰子酒を持って来た。銅貨を払おうとすると、アルティは気まずそうな顔で発言する。

「今日はお金は要らないわ」


(これ、完全に『さっさと飲んで、とっとと帰れ』のシグナルやな)


 おっちゃんは黙って椰子酒を飲んで、冒険者ギルドを出た。

 冒険者ギルドを出て歩いていると突如として空が曇った。

「なんや急に?」と思っていると、大粒の激しい雨が降り出した。


 おっちゃんは宿屋に駆けていった。

 宿屋に着くと雨粒が壁を叩く音がした。宿屋の窓を強風が叩きつけた。


 天候が荒れて外に出られなかったので、昼食をレストランで摂る。年配のウェイターに何気なく話し掛ける。

「今日の天気の変わりようは、酷いな。ポルタカンド島って気象の変化は激しいの?」


 ウェイターが曇った表情で答える。

「今日のように急に海が荒れる日が数年に一度あります。地元の漁師は『嵐鳥』や『島魚』のせいだと申しておりますが、真相は不明です」


「『嵐鳥』って何?」

ウェイターが澄ました顔で説明する。


「『嵐鳥』は嵐を呼ぶ大型の隼に似た鳥です。羽を広げれば大きさは数十m、気まぐれに嵐を呼び、魔法を操るモンスターです」


「『島魚』ってのはどんなん?」

「島のように大きいオニカサゴのようなモンスターです。ひとたび怒れば大雨を呼ぶと言い伝えられています」


「そんなのがおるんやな」


 ウェイターが澄まし顔で締め括る。

「今日のように急に天候が荒れると、『嵐鳥』や『島魚』が関連していると漁師たちは噂しております。ですが、どちらも見た者は稀です」


 激しい雨風の音は建物内にいても聞こえる。

「こんな嵐の中で船を出していたら、生きて帰ってくるだけで漁師は必死やろう。『嵐鳥』や『島魚』がいても、確認する暇はないやろうに」


 強い雨風は夜が明けるまで続いた。

 翌朝、浜をぶらつくと、大きな篝火(かがりび)を焚く準備が浜で行われていた。

「なんや、祭りか?」


 近くにいた漁氏が苦い顔で告げる。

「違うよ。昨日の嵐の後に戻ってこない船があるんだ。海の上には目印なんてなにもない。だから、ここで夜通し篝火を焚いて、夜でも船がポルタカンドに戻ってこられるようにするのさ」

「そうか。無事なら、ええな」


 おっちゃんは篝火の準備を見ながら、帰らぬ漁師の無事を祈った。

 嵐の夜から五日ほどが過ぎる。季節は完全に春から夏になった。だが、『海洋宮』は浮上してこなかった。


(なんか、準備に戸惑っているようやな。オープン前に大きなトラブルでもあったな、これは)

 

 ぐだぐだと過ごすのも飽きてきた。さりとて、仕事は廻してもらえない。

 暇なので、体を鍛えたり、剣の稽古をしながら待つ。剣術の稽古を終えて、汗を流し終えると、おっちゃんの宿を訪ねて来るお客があった。


 ロロだった。ロロは部屋に上がると真剣な顔で頼んできた。

「今日は冒険者のロロではなく、一人の漁師の息子として来た。おっちゃん、正直に話して欲しい。おっちゃんは半魚人たちと取引できるのか?」


「なんや、急に改まって? 訳を話してみい」


 ロロが悔しそうな顔で告げる。

「実は兄貴たちの船が半魚人たちの縄張りに流れ着いて、船員が捕虜になっている」

「半魚人に捕まったって、本当か?」


 ロロが神妙な顔をして頷く。

「半魚人に捕まるところを見た漁師がいるんだ。このままだと兄貴たちが魚の餌にされる。だから、(つて)があるなら解放交渉を頼みたいんだ」

「でも、半魚人と交渉したらいかんのやないの?」


 ロロは真摯な態度で頼んだ。

「島のルールは俺だってわかっている。おっちゃんに汚い仕事をさせようとしている状況も、理解している。でも、島のルールに従ったら兄貴たちは救えない。頼む、手を貸してくれ」

 ロロは深々と頭を下げた。


(参ったのおー、これを引き受けたら、島にいれなくなるかもしれん。せやかて、島の冒険者は誰もやりたがらん仕事や。それに島の冒険者では成功率五割と話しておったしなあ)

「ええけど、高く付くかもしれんよ。それに、成功するかどうかもわからん」


 ロロは項垂(うなだ)れて発言した。

「兄貴たちの命は金には変えられない。それに冒険者ギルドに話を持っていたが、誰もやりたがらないんだ。俺には残念だけど交渉を纏める自信はない」

「わかった。なら、どうにか知恵を使(つこ)うて、やってみるわ」


 おっちゃんは夜になると魚人に姿を変える。夜のレストランに忍び込んで塩の小瓶を盗み、中身を捨てる。空の小瓶を財布に忍ばせた。

 おっちゃんは財布を持って半魚人の集落に向った。


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