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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ポルタカンド島編
305/548

第三百五夜 おっちゃんと希少魚

 三日ほど、ぶらぶらと過ごし、夜に椰子酒を飲みに冒険者ギルドに顔を出した。

 アルティが元気よく声を掛けてくる。

「こんばんは、おっちゃん。良い夜ね」

「星も綺麗で風も涼しい。ええ夜やね」


 冒険者ギルドの扉が開くと、暗い表情のロロが入って来る。

「ごめん、アルティ、一日中、船を出して釣ったけど、『バルバラ』は今日も釣れなかった」


 アルティが弱った顔をする。

「頼みの綱はロロだけなんだけど、やっぱり、難しいか」

「なんや? 『バルバラ』って魚か?」


 アルティが弱った顔のまま話す。

「イデア海でたまに獲れる、鮟鱇(あんこう)の仲間の魚よ。臭みがなく独特の旨みと甘みがある魚なんだけど、なかなか水揚げされない希少魚なのよ。その、『バルバラ』を食べたいってお客さんが、レストランに来ているの」


「ポルタカンドのレストランは、なかなか大変やな」

「観光シーズンのこの時季は『岩ポルタ貝』だ『バルバラ』だって、ポルタカンド島ならではの注文が頻繁に来るのよ」


 アルティがわずかばかりの仕事料をロロに渡す。

 ロロは仕事料の内から一部をアルティに渡して、椰子酒を注文する。


 椰子酒のカップを片手に、ロロが浮かない顔して悪態を()く。

「ほんとうに、もう、この島が貴族や金持ち向けのガイドブックに載ってから、無茶な注文をするお客が増えたよ。今あるもので我慢しろってんだ。普通の魚でも充分に美味いってんだよ」


 アルティが柔和な笑みを浮かべて、ロロを宥めながら話す。

「簡単な注文なら漁師が(こた)えるから、冒険者ギルドには依頼は来ないわ。適度に難しく、それなりに達成できる品の依頼が欲しいところなんだけど、こればかりはねえ」


 ロロが自棄(やけ)だとばかり発言する。

「よし、こうなりゃ、延長戦で夜釣りだ。夜通し頑張って、『バルバラ』を釣ってやるぞ」


 ロロは夜食と椰子酒を買うと、店から出て行った。

「アルティはん。『バルバラ』って一匹まるまる必要なん? 半身とかじゃ駄目かな?」


 アルティが困惑した顔で訊く。

「半分でも買いたいって、レストランは頭を下げると思うわ。でも、どうしてそんな内容を聞くの?」


「わいも『バルバラ』食べてみたい。一人やから半分もあれば充分や。釣れたら半分やるわ」

『バルバラ』を食べてみたい――は本当だった。でも、おっちゃんには別の思惑(おもわく)もあった。


(暇やから、半魚人の村に行ってみるか。ポルタカンド近くに来る『海洋宮』について訊くついでや)


 おっちゃんは『バルバラ』の姿と見分け方を聞く。おっちゃんは店を出て宿屋に戻ると、深夜まで休む。

 早朝に魚籠(びく)と財布を手に裸になって海まで行く。魚人に姿を変えて半魚人の村まで泳いでいった。


 半魚人の村はポルタカンドから東に十五㎞ほど行った場所にある島の海底だった。島には大きな穴が開いており、穴の中には工房、倉庫、牢屋があった。


 半魚人たちの住居は海の中にある。島を中心に水深八m辺りに、珊瑚礁を伐り出して固めて半球形の家があった。


 集落の規模は大きく、千人ほどの半魚人が住んでいそうだった。

 おっちゃんは海中の魚屋の場所を聞いて顔を出す。魚屋の軒先に網に入った魚が並んでいた。


 魚屋の主人と思われる、青い肌をした半魚人が話し掛けてくる。

「いらっしゃい。何をお探しですか?」

「鮟鱇の仲間で、人間たちが『バルバラ』と呼ぶ魚が欲しい」


 半魚人の店主が、大き目の魚籠を手にする。

「『バルバラ』ね。はいよ、銀貨二十枚だよ」


 銀貨二十枚を払い、品物を受け取って尋ねる

「『バルバラ』って、いつもあるの?」

「そうそう大量に獲れる魚じゃないけど、日に一匹か二匹は必ず入荷するね」


(半魚人の縄張りのほうが獲れる確率が高いんやな)

「そうなんや。それと、この村にダンジョンの徴募官が来ているって聞いたけど、どこに行ったら、会えるか、わかるか?」


「ああ、それなら」と魚屋の主人は教えてくれた。

 徴募官がいる場所まで泳いでいく。徴募官は人間ほどの大きさがある、白いクラゲ型のモンスターだった。


 おっちゃんが近くまで行くと、クラゲ型モンスターが顔を向けてきた。

「朝も(はよ)から、すいませんね。『海洋宮』の徴募官の方でっか?」


 徴募官は暇だったのか、愛想よく応えテレパシーを送って来る。

「私は主に夜に来る種族への説明をしている。何を聞きたいんだ。給与? 待遇? 募集している職種? 」


「すんまへん、『海洋宮』の規模と働ける期間について、教えてくれますか?」

「なんだ、そんな内容か。『海洋宮』は移動式の島型ダンジョンだ。広さは周囲十六㎞、構造は地上二階、地下五階建だ。ダンジョン・マスターは『島主ビスケイン』様だ」


(『島主ビスケイン』か。聞いた記憶のない名前やね。新たに生まれたダンジョン・マスターかの)


 徴募官は取り澄ました顔でテレパシーを送って来る。

「『島主ビスケイン』様は新たに誕生されたダンジョン・マスターだ。ダンジョン自体が新しいものだから、働きによっては即幹部への道もあるぞ。現に話を聞きつけ売り込みに来ている輩も多い」


「ダンジョンは、しばらくこの近海にあるんでっか?」


 徴募官は気分の良い顔で、すらすらとテレパシーを送って来る。

「移動島は夏に浮上して、秋になる前には潜行して遠い場所に移動する。それゆえ、雇用期間はシーズンのみと通年の二種類で募集している。幹部を目指すのなら、通年採用でないと難しいがな」


「そうでっか。今年は、ちょっと身内がゴタゴタしていて忙しいから無理やけど、来年も来るなら、考えてみようと思います。お話、ありがとうでした」


「またな」と徴募官はおっちゃんを引き止めなかった。

(あっさり解放したところをみると、すでに充分な頭数を『海洋宮』は揃えているようやな。徴募官の話から推測すると、そこそこ名の知れた奴も仕官しているらしい。ダンジョンの運営は中盤、終盤はどうなるかわからんが、序盤で(つまづ)く展開はないな)


 おっちゃんは半魚人の縄張りを離れると、『瞬間移動』で宿に戻った。

 朝日が昇りきると、着替えて冒険者ギルドに顔を出す。


 アルティが冒険者ギルドを開けるところだった。

「おはようさん。『バルバラ』釣れたで、半分、売るわ」


 アルティが魚籠の中を確認して、笑顔になる。

「けっこう大振りなのが釣れたわね。待っていて。すぐに締めて下ろすから」

「これから、レストランに行くから、よかったら運搬もするでー」


 アルティが微笑んで依頼する。

「それじゃあ、頼もうかしら」


 おっちゃんは、バルバラの半分の代金として、銀貨五十枚を受け取った。

(仕入れ値が銀貨二十枚で、売値が半分でも銀貨五十枚。ちょっとした小遣い稼ぎやね)


 レストランに行って年配のウェイターに話し仕掛ける

「冒険者ギルドから来たで、『バルバラ』の納品に来た。ただし、半分は貰うから。売り物は半身やで。おっちゃんの分は、朝食に出してや」


 ウェイターは『バルバラ』を確認すると、満足げな顔をする。

「これまた見事な『バルバラ』ですな。わかりました。半分の納品として了承しましょう。ご要望とおりに、半身はお客様の朝食にお出しします」


 冷水のシャワーを浴びて食堂に行く。ロシェ大司教と席が隣になった。

「おはようさん。ええ朝ですな」


 ロシェ大司教が澄まし顔で応える。

「そうですね。ポルタカンド島は暑いが、朝のうちは涼しいですからね」

(なんや? 今日は機嫌ええな)


 ウェイターがロシェ大司教の前に『バルバラ』のムニエルが載った皿を運んで来る。

「ほー、こうして見ると、美味そうですね」


 ロシェ大司教が自慢するような顔で発言する。

「『バルバラ』のムニエルです。『バルバラ』は美味ですが、ポルタカンド島では、滅多に上がらない希少魚ですよ。私も、これも食べるために何日も待ちました」


 ロシェ大司教が上品に切り分けて一口目を口に運ぶ。

「うん、美味い。鮟鱇(あんこう)より香は上品なのに、味は鮟鱇より強い。まさに、『バルバラ』の味。いやはや、これが一皿分しかないとは、実に惜しい」


(なんや。自分だけ食べられると自慢したいんか。嫌味(いやみ)なやっちゃなー)


 そうしていると、おっちゃんの前に同じ皿が置かれる。

 おっちゃんの皿を見て、ロシェが眉間に皺を寄せる。ロシェ大司教は、ウェイターに文句を述べる。

「おい、これは、どういうことだ。『バルバラ』は一皿分しか入荷がなかったはずだぞ」


「左様です。あちらのお客様がバルバラを納品して、半身をご自分用に、もう半身はロシェ様用にとお持ちになったのです。ですから、入荷は実質、一皿分です」


 おっちゃんは優雅な態度を採って告げる。

「そういう、こっちゃ。おっちゃんが獲ってきた『バルバラ』や。味わって食べてやー」


 ロシェ大司教は、どことなく悔しそうな顔をすると、『バルバラ』の皿を平らげた。


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