第三百四夜 おっちゃんとダンジョンの影
昼過ぎまで、ごろごろしてから、暇潰しに冒険者ギルドに顔を出す。
おっちゃんを見て、アルティが意味ありげな笑顔を浮かべて近づいてきた。
「おっちゃん、聞いたわよ。『岩ポルタ貝』をどこからか仕入れてきて、食通の大司教を黙らせたんだって、やるわね」
(狭くて娯楽もろくにない島やから、すぐに話題が人から人へと伝わるの)
「ああ、あれね、ほら、あれは、あれや。あれが、あれして、ああなったら。なんやかんやで、『岩ポルタ貝』が偶々に手に入ったんや。偶然や、ぐ・う・ぜ・ん」
アルティが人懐っこい笑みを浮かべる。
「詳しい入手方法は聞かないから、その、『岩ポルタ貝』を、またどこかで、入手してもらうわけにはいかないかな? 量は、多くなくてもいいの。十個もあれば充分。もちろん、報酬もきちんと出すわ」
「もしかして、またロシェ大司教が文句を垂れているんか?」
アルティが困った顔で告げる。
「違うわ。領主のパルダーナ様のお屋敷で明日、東大陸のお客さんが来て、昼食会があるのよ。その昼食会で是非とも『岩ポルタ貝』を出したいって、レストラン側の要望なのよ」
「採取家ギルドや漁師さんの反応は、どうなん?」
アルティが浮かない顔で語る。
「うちの島には採取家ギルドはないわ。地元の漁師たちも半魚人との諍いを避けたいから、『岩ポルタ貝』の入手は無理だ、となったわ。だから、冒険者ギルドに話が来たのよ」
「簡単に言うけどねえ、色々と大変なんよ」
アルティは切実な顔で頼んだ。
「こんな小さな島だから、冒険者ギルドにはあまり仕事が来ないのよ。あるときに仕事を請けておかないと、依頼受理件数が少なすぎて、冒険者ギルドの資格が取り消されるかもしれないのよ」
「弱小ギルドの悲哀やな」
アルティが芝居かかった顔で頼む。
「そうなのよ。酒場の上がりだけでも、私たち親子は暮らしていけるわ。でも、冒険者ギルドがなくなると、生活に余裕がなくなるのよ。だから、お願い。私たち親子の生活を助けると思って」
(そんな難しい仕事やないから、受けても問題ないやろう)
「誰しも、生きていかなならんからな。おっちゃんも冒険者やから、行く先々に、小さくても冒険者ギルドがあったほうが助かる。わかった、依頼は受ける。せやけど、結果に責任は持てんからな」
「ありがとう、おっちゃん」
おっちゃんは夜になると魚籠を持って、『透明』と『飛行』の魔法を唱えて、バファイ島に向かった。
バファイ島に着くと、さっそく半魚人の姿を見つけた。おっちゃんは魔法を解くと同時に、魚人になる。
魚人の姿になると、鼻歌交じりで岩ポルタ貝を採取に懸かる。半魚人は魚人と化したおっちゃんを見ると、ジロジロと視線を向けてくるが、敵意は見せない。
おっちゃんから挨拶をした。
「こんばんは、良い月ですな。ここの『岩ポルタ貝』、以前に一度、食べたら、すっかり味が気に入りましてね。仲間に食べさせてやろう思うてな、採りに来てるねん」
挨拶をして声を掛けると、半魚人が穏やかな顔をする。
「そんな貝がねえ。俺は、てっきり『海洋宮』への就職活動で来たのかと思ったよ」
(おや? 聞いた覚えのないダンジョンやね。新規オープンするダンジョンが、あるんか?)
「ダンジョンがオープンしますの? それは、景気のいい話ですな」
半魚人が小首を傾げる。
「ここら辺の海洋種族には、あらかた回覧が廻っていたはずだけどな?」
「そうでっか? うちの田舎には、話が廻ってきていませんね。もっとも、おっちゃんは遠い西の島から来た田舎者やさかい。ここらへんの事情には詳しゅうあらへん」
田舎者だと名乗ると、半魚人は納得顔をする。
「なるほどね、田舎からね。だから、言葉が少し違うのか。興味があったら、ウチの村に寄るといいよ。今ちょうど人事担当の徴募官が来ているから、話を聞けるよ。夏の間だけのオープンだが、いい金になるみたいだからな」
ダンジョンの新規オープンは冒険者にとっても、一攫千金のチャンスである。
同時に、雇用モンスターにとっては、手柄を立てれば一気に出世できる立身出世の大チャンスでもあった。
(季節型でかつ移動型ダンジョンの新規オープンか。これは、あれやな。流れによっては、冒険者ギルドが大繁盛するね。でも、新規オープンはたいてい大荒れやからなあ)
造りたてのダンジョンでは不具合の多発が常であり、冒険者も勝手がわからない。
冒険者からすれば攻略ができない状況もある。されど、抜け道を見つけて大盤振る舞いになる可能性も充分あった。
当事者モンスターにしてみれば、新規ダンジョンでは先が読めない。冒険者が津波のように押し寄せて防衛不能に陥る展開もあれば、殲滅戦に近い楽勝ムードもありえる。
頻繁に修正が入ったりするので、シーソー・ゲームに発展する事例もざらだった。
博打感覚の冒険者にしてみれば、新規オープンは狙い目だった。だが、モンスター側のベテランは新規オープンには日和見を決め込んで、落ち着く少し前に参入するのが賢いとされていた。
「そうでっか、新規オープンでっか、血沸き肉躍ますな。ほな、時間がある時に話だけ聞いてみようかな。田舎のばっちゃや、じっちゃの土産話になるかもしれん。村の場所を教えてもらって、ええですか?」
半魚人の村の正確な位置と、入る方法を聞いたおっちゃんは、島から離れた場所まで泳いで『瞬間移動』で宿屋に帰る。
翌朝、保存しておいた『岩ポルタ貝』を持って、冒険者ギルドに顔を出した。
「今日は不思議なお爺さんに会えたで。お爺さんから『岩ポルタ貝』を買えた」
アルティは満面の笑みで、おっちゃんを迎える。
「ありがとう、おっちゃん。やっぱり大陸から来た冒険者は違うわ」
「そんなに、褒めたって厄介な仕事はそうそう引き受けんからね」
アルティが奥に下がり、アルティの声が聞こえてくる。
「ロロ、ちょっとお願い。岩ポルタ貝が入ったからレストランに運んで」
ロロの嫌そうな声が遠くから聞こえてくる。
「ポルタ貝の運搬なんて、冒険者の仕事じゃないよ」
「なに、贅沢を口にしているのよ。仕事があるだけ、ありがたく思いなさいよ」
ロロとアルティの会話を聞いて酒場の常連が穏やかな笑みを浮かべる。
(こういう、小さなギルドの平和な日常も、ええな)
だが、おっちゃんはそんな日常は長く続かない未来を知っていた。
(ダンジョンが来れば、冒険者に憧れるロロはダンジョンに行くやろう。過酷な場所やから帰還できればいいが、うまくいかないときもある。その時、アルティは悲しみに耐えられるやろうか?)
けれども、おっちゃんにはロロを止める言葉もない事実もわかっていた。
おっちゃんは、ただ、幸せな日々が長く続く状況を祈り、椰子酒を注文する。