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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ポルタカンド島編
303/548

第三百三夜 おっちゃんと食通

 翌朝、おっちゃんは貝を魚籠(びく)に入れて、朝早くにレストランに顔を出す。

 年配のウェイターがやんわりと注意する。

「お客様。こちらは厨房です。朝食もまだできておりません」


「朝食なんやけどな。今朝、浜で『ポルタ貝』を売っている不思議なお爺さんと会ったんよ。生でも喰えると教えられたから買うた。これ、生で朝食に出して。(あた)っても文句を言わんから」


 年配のウェイターは非常に嫌そうな顔をする。

「お客様、今年の『ポルタ貝』は風味も弱く、味に締まりがありません。それに、生では食べられません。その、お客様は騙されたのではないかと」


「騙されてなんかいないよ。ちゃんと喰えると教えられたから買ったんよ、きちんと出してよ」


 おっちゃんは釘を刺してウェイターに『龍ポルタ』を渡した。

 年配のウェイターは肩を竦めて、貝を受け取った。


 レストランで朝食が摂れるようになると、食通の大司教が入ってくるのを待った。

 それらしい青の僧服に身を包んだ。恰幅(かっぷく)の良い男が食堂に現れた。恰幅の良い男は見覚えがあった。

(あれ? あの男、どこかで見たな。そうそう、エルドラカンドにいたロシェ大司教や)


 ロシェ大司教が席に着くと、おっちゃんは「どうも、どうも」と挨拶しながら大司教の正面の席に腰掛けた。


 ロシェ大司教がムッとした顔で口を開く。

「はて、どなたですかな?」


「そんな堅苦しいセリフは、言わんでくださいな。同じく、マキシマムはんのところで苦労した間柄でっしゃろ。こうして朝食の席で一緒になったのも、なにかの縁ですわ。今日ぐらいご一緒させてくださいな」


 マキシマムの名を出すと、大司教は思い出したのか目を見開いて「あっ、おっちゃん!」と口にした。


「なんや、覚えとってくれたんやね、嬉しいわ。ほんま、あの時はマキシマムはんにお互い、えらい苦労させられましたね」


 ロシェ大司教が黙って、苦々しい顔をして横を向いた。

 そうしていると、おっちゃんの席の前に生の『龍ポルタ』が運ばれてくる。

(これは、量的には半分やな)


 ロシェ大司教は目を剥いておっちゃんの皿を見ると、年配のウェイターに食って懸かった。

「おい、どういうことだ! なぜ、おっちゃんの皿に生の『ポルタ貝』が載っているんだ!」


 年配のウェイターが弱った顔で告げる。

「それは、お客様がご自分で仕入れてこられた品でして。責任は御自分で取るから、是非にも朝食に、との仰せでしたのでお出ししました」


 おっちゃんは『龍ポルタ』を摘んで口に入れる。

 上品な磯の香と濃厚な旨みが口いっぱいに拡がる。

「うん、美味いの。この味は海の王様やな」


「美味い、美味い」と感想を口にしながら、引き攣ったロシェ大司教の横顔をちら見して『龍ポルタ』を食べる。


 おっちゃんは『龍ポルタ』を食べ終わると、年配のウェイターに確認する

「ああ、美味しかった。ところで、『ポルタ貝』やけど、まだ半分は残っているやろう?」

「はい」と年配のウェイターが答えた。


 ロシェ大司教を見て発言する。

「よかったら、ロシェはんも食べますか、自己責任やけど。どうします?」


 ロシェ大司教は表情を固くして口にする。

「わかった。貰おう」


「畏まりました」と年配のウェイターは諦めた顔で下がった。


 ロシェ大司教は怖い顔をして知識を披露する。

「『ポルタ貝』は一年中いつでも食べられる。だが、夏のポルタ貝は風味が弱い。『岩ポルタ』なら、それなりに食べられる。だが果たして、本当に『岩ポルタ』かどうか」


 少しの時間を置いてロシェ大司教の前に『龍ポルタ』が運ばれてくる。

ロシェ大司教は顔を皿に近づけると、不思議そうな顔をする。それから、『龍ポルタ』を(つま)んで口に入れ、驚愕の表情をした。


「違う。これは、『岩ポルタ』ではない。もちろん、『生ポルタ』でもない。『岩ポルタ』以上の何かだ。なんなんだ、これは? こんな『ポルタ貝』は初めて食べるぞ」


(ほー、さすがは食通。『岩ポルタ』ではない事実は、舌でわかるんやな。でも、海龍の体に付着する『龍ポルタ』は食べた経験はなかったようやな)


 ロシェ大司教は震える手で残った『龍ポルタ』を一つ一つ味わうように食べた。ロシェ大司教の皿から龍ポルタがなくなったところで、おっちゃんは席を立つ。


 おっちゃんは笑顔を作って声を掛ける。

「どうや、美味しかったか。世の中には美味しいもんは、まだまだあるんやで。何かに固執すると、それ以上の物があっても気付かんようになるわけや」


 おっちゃんの言葉にロシェ大司教は恥じ入るように俯いた。


 そこで、おっちゃんは、そっとロシェ大司教に囁く。

「それに、街の人をあんまり困らせたらあかんよ。どこでマキシマム猊下の目と耳があるか、わかりませんからな」


 教皇マキシマムの名を出すとロシェ大司教はビクッとした。

 おっちゃんは足取りも軽く、レストランを出た。


 昼過ぎに冒険者ギルドに入ると、ロロとアルティが談笑していた。

「おや、お二人さん、なにか良い話題でもありましたか?」


 ロロが笑顔で話す。

「一つ、問題が解決したんだ。今朝、よくわからないけど、『岩ポルタ貝』が入荷したんだ。それで、『岩ポルタ』を食べた食通が満足したんだよ」


 アルティも機嫌よく話す。

「これで、バファイ島に荒くれ冒険者を送って半魚人たちと余計な争いを抱えなくて済むわ。何事も平和が一番よ」


「そうか。それは、よかったの。おっちゃんも『岩ポルタ』は食べた経験はないから、『岩ポルタ』を食べてみたかったな」


 ロロが軽い口調で語る

「『岩ポルタ』は高いから火を通した『ポルタ貝』で充分さ。それに、『ポルタ貝』はフライが一番だと俺は思う」


 アルティがにこやかな顔で応じる。

「ワイン蒸しも、美味しいわよ。高いワインじゃなくてもいいの。安いワイン蒸しでも、けっこう、いけるのよ」


「まあ、なにが美味いかは、人それぞれや。皆で仲良く食事ができれば、それでええ」


 アルティが晴れやかな顔で提案する。

「ねえ、なら、今日の晩御飯はここで食べていってよ。『ポルタ貝』のフライを用意するわ」


 その晩は、ロロ、アルティ、おっちゃんと店の常連はわいわい(はしゃ)ぎながら椰子酒を飲み、『ポルタ貝』のフライを食べた。


(生で食べる『龍ポルタ』も美味しかったけど、おっちゃんには『ポルタ貝』のフライで充分や。案外、違いがわかりすぎる食通のほうが、大変かもしれんな)


 おっちゃんは、その日は気分よく眠りに就いた。


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