第三百一夜 おっちゃんと人食い鮫
宿屋併設のレストランは高いが、美味しい食事を出してくれた。
おっちゃんは三日ほど宿屋でごろごろする。疲れが取れたので、浜辺に泳ぎに行くと遊泳禁止になっていた。
空を見ると晴れていた。海を見ると波は穏やかだった。監視員らしき人がいたので訊く。
「なんで、遊泳禁止になっているん?」
監視員が苦い顔で告げる。
「鮫が出たんですよ。人を襲うやつです。危険だから遊泳禁止にしているんです」
「そうか。それは残念やな」
おっちゃんは着替えて冒険者ギルドに行く。
冒険者ギルドに行くと、困った顔をしたアルティがすぐに寄ってきた。
「おっちゃん、いいところに。お願いがあるんだけど、いいかな? 新人冒険者のロロと一緒に、鮫退治に行ってもらえない?」
「まあ、やることないから、行ってもええけど。でも、なんで、おっちゃんを指名するん?」
アルティが弱った顔で告げる。
「うちは冒険者ギルドといっても、観光地の小さなギルドなんで戦える人がいないんです。かといって、ロロ一人にお願いして、万一のことがあったら困るの。なので、付き添いをお願いしたいんですよ」
「ロロはんを見ていないけど、そんなに頼りない新人さんなの?」
アルティが苦笑いする。
「ロロは冒険者といっても、憧れで今年から登録した新人なんですよ。しかも、ロロは漁師代の三男坊なんで、万一、お亡くなりにでもなったりしたら、ギルドとしても困るんですよ」
(漁師たちの代表の漁師代の三男坊ね。そこそこ、ええとこの子やね)
「なるほどのう。でも、冒険者やるんやったら、危険は付き物やで。今回、うまく乗り切れたとしても、次が危ない。おっちゃんかて、ずっと従いてやるわけにはいかんよ」
アルティが苦い顔で話す。
「ここは長閑な島です。そんな危険な仕事はそうそうないんですよ。ロロだって、今回の件で冒険者らしい仕事をすれば、満足してしばらくは大人しくなるはずです。そのうち、目が覚めれば漁師に戻る、はず」
(これ、完全な願望やな。逆に成功すれば、調子に乗ってダンジョンに行きたい言うて、跳び出していくんとちゃうか? でも、それを指摘しても埒があかんな)
「おっちゃんも鮫のせいで泳げなくて困っている状況やから、手を貸してやってもええ。せやけど、鮫退治はした経験がない。鮫を倒せなくても知らんよ」
アルティが「ここだけの話」の顔で教える。
「鮫退治は大丈夫です。熟練漁師が既に退治に行ってくれるので、熟練漁師が片付けてくれるはずです。ロロが死にさえしなければ、いいんですよ」
(仕事は鮫の退治やなくて、完全にロロの付き添いやね。まあ、暇やし、アルティはんが困っているようやから手伝ったろうか。釣りの一種やと思えば娯楽や)
「ほな、ええで。鮫退治を引き受けさせてもらうわ」
ロロは港にいると教えてもらったので港に行く。人に聞くと、ロロは即座にわかった。
ロロはまだ顔に幼さが残る若者だった。短い髪をし、日焼けした肌をしていた。漁を手伝っているので、それなりに筋肉がついた体をしているが、戦士の体ではなかった。
(健全な若者やけど、冒険者の体ではないね。鮫とは接近戦はやらないから、心配はないやろう)
ロロはおっちゃんを見ると表情を険しくした。そこで、おっちゃんのほうから頭を下げて挨拶する。
「ロロはんでっか。わいは、おっちゃんいう冒険者です。この度は鮫退治の依頼を受けたので、ご一緒させてもらいます。陸での冒険は経験がありますが、なにぶん海の上のことは不得手ですので、よろしくお願いします」
おっちゃんが丁寧に挨拶をすると、ロロの表情から険しさが消えた。
「そうか、海の上は経験がないのか。わからないことがあったら、聞くといい。俺はロロよろしくな」
ロロが握手を求めてきたので、握手を返す。
(感じの良い若者やな。上には反発するが、下には優しいタイプの人間やな。あれこれと指示せんと、命令を黙って聞いていたら、トラブルは起こらんやろう)
「ほな、さっそくですが、海の上は勝手がわからんので、リーダーはロロさんでお願いします。何をしたらええですかね?」
ロロはもう待ちたくないといった顔で告げる。
「そうだな。まず、革鎧が邪魔だな。陸に置いておけ。あとは、準備ができているから、船を漕いで沖に出るだけだ。ライバルとなる漁師がもうすでに出発しているから、すぐに出たい」
船を見ると、全長三mの船が用意されていた。船の上には大きな針が着いた鰹が準備され、銛も十二本用意されていた。
(三mの船やと小さい気がする。ロロに小さな船を貸した理由はあまり遠くに行かせんためやろう。つまり、ロロの親父さんはロロに雰囲気だけ味わってもらいたいわけやな。周りは色々と気遣いをしているんやな)
おっちゃんは鎧を脱ぐと舟をロロと一緒に海に出す。船を漕ぐために櫂を握る。
ロロも対となる櫂を握る。二人で櫂を漕いで沖に繰り出した。
小船がゆっくりと沖に向けて進む。
天気は晴れており波はないので、船の操作は難しくなかった。二百mほど沖に出る。
ロロは櫂を漕ぐのを止めて、じっと、真剣な顔で水面を見つめる。
「よし、あっちだ」
「へい」と、おっちゃんはロロに従って櫂を操作する。
五分ほどすると、ロロは針の付いた鰹を海に入れる。
「ここからゆっくり漕ぐぞ」とロロは緊張した顔で命令をする。
ロロの指示に従って櫂を操作する。ロロは時折、櫂を操るのを止め水面を見て方向を変える。
おっちゃんはロロの見ている方角を見るが、海水しか見えなかった。
ロロの指示は気紛れにしか思えなかった。鮫が釣れるとも考えてはいなかった。別に問題はなかった。
(このまま、安全に島に帰れればええようやから、文句はないか。下手に人食い鮫なんか掛かったら面倒や。暗くなるまでの辛抱や)
船の先端と結んであるロープが、するすると伸び出した。
「掛かった」とロロは櫂を操作する手を休めて、ロープを引っ張る。
(なんや、面倒な展開になるんか?)
鮫の力は強く、ロープは伸びきったままだった。
ロープと格闘するロロの後ろで、おっちゃんは『強力』の魔法をこっそり唱える。
「手を貸すで」と、おっちゃんも立ち上がりロープを引く。
『強力』の魔法が掛かったおっちゃんがロープを引くと、ぐんぐんと船が鮫に寄って行く。鮫の小さな背鰭が見えた。
「おっちゃん、頼む」とロロは、おっちゃんにロープを任せると、銛を取った。
「やあー」と元気よくロロが銛を投げる。一本、また一本と銛が鮫の背に刺さるが、鮫は止まらない。
「ロロはん、ちいと待ってください。鮫をもっと引きつけてから撃つんや」
ロロがロープを握って、鮫との距離を縮める。鮫との距離が三mまでに縮まってから、ロロは再び銛を握り、そのまま船首に立つ。
鮫の頭が見えた。ロロが勢いよく鮫の頭に銛を突き刺す。鮫から急に力が抜けた。
「やった、やったぞ。人食い鮫を仕留めたぞ」
歓声を上げるロロの横目に鮫を引き上げた。
鮫は細かい歯がいくつも並び、三日月型の背鰭を持つ、シロっぽい、全長が一mの鮫だった。
(あらー、思ったより、随分と小さい鮫やな。これ、きっと、浜辺を荒らした人食い鮫とは、違う奴やろう。せやけど、余計なセリフを言って、もう一匹となる展開は、勘弁やな)
「やりましたな。ロロはん。浜に行って、水揚げしましょうか」
笑顔でロロは応じる。
「そうだな。依頼を遂げたと報告するまでが仕事だからな」
ロロは機嫌よく櫂を操作して、浜辺に戻る。
浜に戻ると、鮫を仕留めたロロを他の漁師が感心した。
おっちゃんは年老いた漁師がいたので、そっと尋ねる。
「ロロはんが仕留めた鮫って、人食いザメなんか?」
年老いた漁師が苦笑いして教えてくれた。
「あれは、青鮫の子供だな。成長すれば、人を襲って人を喰うかもしれないから、間違いではないけど。浜を荒らしているサメとは別だろう。でも、おかしいね、青鮫って、ここいらには、いないはずなんだけどね」
ロロと一度、別れて夜に冒険者ギルドに行く。
冒険者ギルドの酒場では熟練漁師が三mのイタチ鮫を仕留めたニュースで話題になっていた。




