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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ポルタカンド島編
301/548

第三百一夜 おっちゃんと人食い鮫

 宿屋併設のレストランは高いが、美味しい食事を出してくれた。

 おっちゃんは三日ほど宿屋でごろごろする。疲れが取れたので、浜辺に泳ぎに行くと遊泳禁止になっていた。


 空を見ると晴れていた。海を見ると波は穏やかだった。監視員らしき人がいたので訊く。

「なんで、遊泳禁止になっているん?」


 監視員が苦い顔で告げる。

「鮫が出たんですよ。人を襲うやつです。危険だから遊泳禁止にしているんです」

「そうか。それは残念やな」


 おっちゃんは着替えて冒険者ギルドに行く。


 冒険者ギルドに行くと、困った顔をしたアルティがすぐに寄ってきた。

「おっちゃん、いいところに。お願いがあるんだけど、いいかな? 新人冒険者のロロと一緒に、鮫退治に行ってもらえない?」


「まあ、やることないから、行ってもええけど。でも、なんで、おっちゃんを指名するん?」


 アルティが弱った顔で告げる。

「うちは冒険者ギルドといっても、観光地の小さなギルドなんで戦える人がいないんです。かといって、ロロ一人にお願いして、万一のことがあったら困るの。なので、付き添いをお願いしたいんですよ」


「ロロはんを見ていないけど、そんなに頼りない新人さんなの?」


 アルティが苦笑いする。

「ロロは冒険者といっても、憧れで今年から登録した新人なんですよ。しかも、ロロは漁師代の三男坊なんで、万一、お亡くなりにでもなったりしたら、ギルドとしても困るんですよ」


(漁師たちの代表の漁師代の三男坊ね。そこそこ、ええとこの子やね)

「なるほどのう。でも、冒険者やるんやったら、危険は付き物やで。今回、うまく乗り切れたとしても、次が危ない。おっちゃんかて、ずっと従いてやるわけにはいかんよ」


 アルティが苦い顔で話す。

「ここは長閑(のどか)な島です。そんな危険な仕事はそうそうないんですよ。ロロだって、今回の件で冒険者らしい仕事をすれば、満足してしばらくは大人しくなるはずです。そのうち、目が覚めれば漁師に戻る、はず」


(これ、完全な願望やな。逆に成功すれば、調子に乗ってダンジョンに行きたい言うて、跳び出していくんとちゃうか? でも、それを指摘しても埒があかんな)


「おっちゃんも鮫のせいで泳げなくて困っている状況やから、手を貸してやってもええ。せやけど、鮫退治はした経験がない。鮫を倒せなくても知らんよ」


 アルティが「ここだけの話」の顔で教える。

「鮫退治は大丈夫です。熟練漁師が既に退治に行ってくれるので、熟練漁師が片付けてくれるはずです。ロロが死にさえしなければ、いいんですよ」


(仕事は鮫の退治やなくて、完全にロロの付き添いやね。まあ、暇やし、アルティはんが困っているようやから手伝ったろうか。釣りの一種やと思えば娯楽や)


「ほな、ええで。鮫退治を引き受けさせてもらうわ」


 ロロは港にいると教えてもらったので港に行く。人に聞くと、ロロは即座にわかった。

 ロロはまだ顔に幼さが残る若者だった。短い髪をし、日焼けした肌をしていた。漁を手伝っているので、それなりに筋肉がついた体をしているが、戦士の体ではなかった。


(健全な若者やけど、冒険者の体ではないね。鮫とは接近戦はやらないから、心配はないやろう)


 ロロはおっちゃんを見ると表情を険しくした。そこで、おっちゃんのほうから頭を下げて挨拶する。

「ロロはんでっか。わいは、おっちゃんいう冒険者です。この度は鮫退治の依頼を受けたので、ご一緒させてもらいます。陸での冒険は経験がありますが、なにぶん海の上のことは不得手ですので、よろしくお願いします」


 おっちゃんが丁寧に挨拶をすると、ロロの表情から険しさが消えた。

「そうか、海の上は経験がないのか。わからないことがあったら、聞くといい。俺はロロよろしくな」


 ロロが握手を求めてきたので、握手を返す。

(感じの良い若者やな。上には反発するが、下には優しいタイプの人間やな。あれこれと指示せんと、命令を黙って聞いていたら、トラブルは起こらんやろう)


「ほな、さっそくですが、海の上は勝手がわからんので、リーダーはロロさんでお願いします。何をしたらええですかね?」


 ロロはもう待ちたくないといった顔で告げる。

「そうだな。まず、革鎧が邪魔だな。陸に置いておけ。あとは、準備ができているから、船を漕いで沖に出るだけだ。ライバルとなる漁師がもうすでに出発しているから、すぐに出たい」


 船を見ると、全長三mの船が用意されていた。船の上には大きな針が着いた鰹が準備され、銛も十二本用意されていた。


(三mの船やと小さい気がする。ロロに小さな船を貸した理由はあまり遠くに行かせんためやろう。つまり、ロロの親父さんはロロに雰囲気だけ味わってもらいたいわけやな。周りは色々と気遣いをしているんやな)


 おっちゃんは鎧を脱ぐと舟をロロと一緒に海に出す。船を漕ぐために櫂を握る。

 ロロも対となる櫂を握る。二人で櫂を漕いで沖に繰り出した。


 小船がゆっくりと沖に向けて進む。

 天気は晴れており波はないので、船の操作は難しくなかった。二百mほど沖に出る。


 ロロは櫂を漕ぐのを止めて、じっと、真剣な顔で水面を見つめる。

「よし、あっちだ」

「へい」と、おっちゃんはロロに従って櫂を操作する。


 五分ほどすると、ロロは針の付いた鰹を海に入れる。

「ここからゆっくり漕ぐぞ」とロロは緊張した顔で命令をする。


 ロロの指示に従って櫂を操作する。ロロは時折、櫂を操るのを止め水面を見て方向を変える。

おっちゃんはロロの見ている方角を見るが、海水しか見えなかった。


 ロロの指示は気紛れにしか思えなかった。鮫が釣れるとも考えてはいなかった。別に問題はなかった。

(このまま、安全に島に帰れればええようやから、文句はないか。下手に人食い鮫なんか掛かったら面倒や。暗くなるまでの辛抱や)


 船の先端と結んであるロープが、するすると伸び出した。

「掛かった」とロロは櫂を操作する手を休めて、ロープを引っ張る。

(なんや、面倒な展開になるんか?)


 鮫の力は強く、ロープは伸びきったままだった。

 ロープと格闘するロロの後ろで、おっちゃんは『強力』の魔法をこっそり唱える。

「手を貸すで」と、おっちゃんも立ち上がりロープを引く。


『強力』の魔法が掛かったおっちゃんがロープを引くと、ぐんぐんと船が鮫に寄って行く。鮫の小さな背鰭が見えた。


「おっちゃん、頼む」とロロは、おっちゃんにロープを任せると、銛を取った。

「やあー」と元気よくロロが銛を投げる。一本、また一本と銛が鮫の背に刺さるが、鮫は止まらない。


「ロロはん、ちいと待ってください。鮫をもっと引きつけてから撃つんや」


 ロロがロープを握って、鮫との距離を縮める。鮫との距離が三mまでに縮まってから、ロロは再び銛を握り、そのまま船首に立つ。


 鮫の頭が見えた。ロロが勢いよく鮫の頭に銛を突き刺す。鮫から急に力が抜けた。

「やった、やったぞ。人食い鮫を仕留めたぞ」


 歓声を上げるロロの横目に鮫を引き上げた。

 鮫は細かい歯がいくつも並び、三日月型の背鰭を持つ、シロっぽい、全長が一mの鮫だった。


(あらー、思ったより、随分と小さい鮫やな。これ、きっと、浜辺を荒らした人食い鮫とは、違う奴やろう。せやけど、余計なセリフを言って、もう一匹となる展開は、勘弁やな)


「やりましたな。ロロはん。浜に行って、水揚げしましょうか」


 笑顔でロロは応じる。

「そうだな。依頼を遂げたと報告するまでが仕事だからな」


 ロロは機嫌よく櫂を操作して、浜辺に戻る。

 浜に戻ると、鮫を仕留めたロロを他の漁師が感心した。


 おっちゃんは年老いた漁師がいたので、そっと尋ねる。

「ロロはんが仕留めた鮫って、人食いザメなんか?」


 年老いた漁師が苦笑いして教えてくれた。

「あれは、青鮫の子供だな。成長すれば、人を襲って人を喰うかもしれないから、間違いではないけど。浜を荒らしているサメとは別だろう。でも、おかしいね、青鮫って、ここいらには、いないはずなんだけどね」


 ロロと一度、別れて夜に冒険者ギルドに行く。

 冒険者ギルドの酒場では熟練漁師が三mのイタチ鮫を仕留めたニュースで話題になっていた。


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