第三夜 おっちゃんと安い依頼
飯を食ったので、宿屋の二階でごろごろしようと思った時だった。
アリサから呼び止められた。
「オウルさん、ちょっと、いいですか」
『シェイプ・シフター』である、おっちゃん、に決まった名前はない。名前がないと人間として生活する上で不便なので必要な時は「オウル」で通していた。
飯を喰った後でいい気分だったのか、アリサの呼び掛けに気軽に応じた。
「ワシか、ええよ。あと、呼び名は、おっちゃん、でええよ。ウチの村、名前で呼ばれた人間は死期が早まるいう言い伝えがあってな、葬式と結婚式の時くらいしか名前で呼ばんのよ」
ギルドの依頼カウンターに行くと、一人の女性がいた。年は十六歳くらい、狩人が身につけるような軽装の皮鎧を身に付けていた。髪は短く、切れ長の目をしていた。女性の手には冒険者が依頼を受けるときに手にする依頼書があった。
おっちゃんは女性だからといって、軽く見る態度は取らない。だが、あまりいい気はしなかった。
(狩人なのはいいけど、装備が新しいから新人さんか。依頼書を手に持っているところを察するに、一人では受けられない依頼書を受けようとしているのか。冒険に背伸びは禁物やで)
冒険者ギルドに持ち込まれる依頼は多い。採取のように一人で受けられる依頼から、数名でパーティを組まないとこなせない仕事まである。
一人では受けられない依頼を受けたい冒険者が出たら、どうするか。冒険者ギルドは、他に仕事を持っていない冒険者と組ませて斡旋するケースがたびたびあった。
(あまり、人と一緒に仕事をしたくないんやけどな。でも、話を聞かんで断る振る舞いも義理を欠くからな。よっしゃ、話だけでも聞くか)
アリサが簡単な紹介をする。
「おっちゃん、こちらはブレンダさん。ブレンダさん、こっちはおっちゃん]
ブレンダはおっちゃんを疑わしげに見た。
「おっちゃんって、変わった名ですね」
「名前ではないけど、おっちゃんでいいよ。見た目もおっちゃんだし。それで、ブレンダさんは何の用」
ブレンダの代わりにアリサが答える。
「実はブレンダさんが、虎を退治する依頼を受けようとしているんですが、ギルドとしては心配なので誰かもう一人つけようとの流れになりまして、どうでしょう、おっちゃん、虎を退治に行きませんか」
ただの虎なら、おっちゃん一人で余裕だ。魔法で足止めしてぶん殴れば「はい、おしまい」だった。
トロル化したおっちゃんの一撃は中堅冒険者も一撃で殺せるほど強烈だ。
もう少し情報が欲しいと思ったので、ブレンダに頼む。
「ちょっと依頼書を見せて」
要約すると『依頼内容。 村に出た虎を退治してほしい。報酬は銀貨四十枚』だった。
問題のある依頼だった。どこにも虎は一頭だと書いていない。虎が番だったり、子連れだったりすれば、難易度が変わってくる。だが、報酬は銀貨四十枚のみ。本来なら虎が二頭なら八十枚もらわなければ割に合わない。
(これは誰もやりたがらんわけや。新人が一人で虎一頭を退治できたなら、まずまずの報酬。でも、虎は狼より強いから、新人なら一人では手に負えん。せやけど報酬を二人以上で分けるとなると安うなる)
他にも心配な点があった。
(しかも、村に出るが、厄介やな。村の外ならええが、もし、村の中なら、変身もできん。あかん、これは断ろうか)
「アリサはん、せっかくやけどこの依頼ワシには無理や。他の人を頼んでもらって。腕の立ちそうな新人でパーティを組んでいない奴が他にもおるやろう」
アリサが困った顔で渋る。
「いるにはいるんですけど、経験の面からいえば、仕事の遂行率の高そうな組み合わせが、新人のブレンダさんとベテランのおっちゃんとのペアでして、どうにか引き受けて頂くわけにはいかないでしょうか」
(あ、この子なにか勘違いしている)
「ワシ、年ばっかり食っているけど、まだ、冒険者になって一年も経っていないペーペーやで」
アリサが意外だと言いたげな顔をした。
「え、そうなんですか、てっきりなんらかの事情があって第一線を退いているだけかと思いました」
四十になって冒険者を始めるなんて普通ではない状況は理解している。当然の反応だ。
「まあ、四十になって冒険者やる人間も珍しいから無理もないけど。そういうわけだから、他あたってもらっていいかな」
突如、背後から嗄れた老婆の声がした。
「引き受けなされ」
振り返る。捩れた黄金の杖を持ち、紫のローブを頭から被った小柄な老婆がいた。
さっきまで気配がなかった。いつのまにか背後に現れた老婆からタダならぬ気配が漂っていた。
(なんや、このばあさん、嫌に迫力あるな。ダンジョンの地下十階くらいに出そうな雰囲気や)
アリサが畏まった態度で老婆に話し掛ける。
「おかえりなさい、ギルド・マスター」
(冒険者ギルドのお偉いさんか。貫禄はないが、妖気だけはある婆さんだな)
ギルド・マスターが嗄れた声で続ける。
「引き受けなされ、おっちゃんよ。引き受けたほうが後々益になるじゃろう、ヒッヒッヒ」
(あかん、完全に笑い声が妖怪や。でも、困ったな。お偉いさんが絡んできたか)
モンスターにも人間にも偉い人に良い印象はなかった。
(お偉いさんって存在はやっかいやからな。なにせ嫌がらせし放題や。それに、こういう死に損ないの婆さんに限って、言う事を聞かない人間の顔を覚えていたりするからな。化けて出られても困る。しゃあない、一回ぐらい尻尾を振るか)
「あまり気が進まんけど。ギルド・マスターが勧めるというなら、依頼を受けてもいいよ。で、ブレンダさんはどうする」
ブレンダが断る態度に一縷の望みを掛けたが、ブレンダの返事は違った。
「よろしく、お願いします。おっちゃん、是非にも手を貸してください」
(なんやえらない、素直な子やな。普通なら、こんなおっさんとパーティを組むの嫌だろうに)