第二百九十六夜 おっちゃんと血縁の真相
目を覚ます。体感で五時間くらい眠った。
シャイロックは既に暗い中で起きて、火の消えた台所を見ていた。
「なんや、眠られんかったのか?」
暗い顔をしてシャイロックが答える。
「体は疲れているんだが、短い間で色々とありすぎて緊張が解けないんだ」
「そうか、なら、もう一日、休息を摂ってから大門を開けるか?」
疲れを見せながらも、シャイロックは気丈に振舞う。
「いや、いい、行こう。不安な人間は俺たちだけじゃない。さっさと成果を持って帰らないとサレンキストの人間が心配する」
「よっしゃ。なら、さっそくと大門の中身を確認するで」
大きな門の前まで進み、門の横にあった鍵穴に鍵を入れる。
静かに大きな門が開いた。門の向こうには大きな座椅子に、身長が百m以上はありそうな樹木でできた巨人が座禅を組むようにして座っていた。
巨人は目を閉じ眠っているようで、手が合わさった場所には真っ白な球形の空間があった。
シャイロックが感嘆の声を上げる。
「これが、巨人! この巨人に夢を託せばヤングルマ島では全てが叶う。サレンキスト人の夢がここにある」
シャイロックが強張った顔で確認する。
「おっちゃん。確認するが、俺が巨人の夢の中に入って夢を巨人に託してもいいんだな?」
「そやね。今のシャイロックはんなら、ええかもしれんな。ただ、お願いがある。マレントルクやアーヤに過酷な仕打ちをせんといて。マレントルク人やアーヤ人も同じヤングルマ島の住人や」
シャイロックが凛々(りり)しい顔で約束する。
「わかった。島はサレンキストを優先的に良くするが、マレントルクやアーヤの人々を虐げる内容は巨人に託さないと誓う」
「ほな、行こうか」
おっちゃんが樹木の巨人に向かって歩き出すと、シャイロックが尻餅を搗いた。
「どうしたんや?」
シャイロックがうろたえた顔で立ち上がった。目の前の何もない空間を触り困惑した顔をする。
「見えない壁があって進めないんだ」
「なんやて?」
おっちゃんが歩くと普通にシャイロックの横に並べた。そこから歩くとおっちゃんなら普通に進めた。
どうしたことかと思っていると、背後から赤髭の声がした。
「残念だが大門より先は継承者を除いて、ヤングルマ島で生まれた住民には進めない」
リビングにはサリーマとヤスミナを伴った赤髭がいつのまにか来ていた
「誰だ?」シャイロックが険しい声を出す。
赤髭がワインを台所から探し出し、勝手に飲みながら声を出す。
「俺か? 俺は神だ」
おっちゃんはシャイロックの正体がわかった。
「そうか、そういうことなんやな」
シャイロックが混乱した顔で、おっちゃんに尋ねる。
「なにがわかったんだ? 俺にも分かるように説明してくれ」
「シャイロックはん、落ち着いて聞いて欲しい。あんさんはシャイロックはんやない。マレントルク王の息子のスフィアンや」
シャイロックが理解しかねる顔で尋ねる。
「なに? どういうことだ?」
「サレンキスト王は精神だけの存在や。巨人の夢に入っても長くは存在できん。存在するために肉体が必要やった。そこで、継承者だと思ったスフィアンを攫った」
シャイロックが険しい顔で主張する。
「おかしいだろう。俺がマレントルクの王族のスフィアンなら、巨人の夢に入れるはずだ」
「それが、違うんや。マレントルクでは、いつしか巫女と継承者の役割が入れ替わった。巨人の夢を托せる人間は、巫女のほうなんや。王様のほうやない」
シャイロックは、崩れ落ちんばかりに衝撃を受けた顔をした。
「なんだって? それじゃあ、サレンキスト王は巨人の夢に入れない人間に、ずっと巨人の夢に入れと命令し続けていたのか!」
「赤髭はん、知っとったんやな。サレンキストの切札のシャイロックはんではサレンキストを救えない事実を」
赤髭はなんの感傷も見せずに残酷な事実を告げる。
「万一、サレンキスト王が大門まで辿り着けても、大門より先には進めないと知っていた。サレンキスト人に資格を取らせようとしても、今から『王石』を出せる人間を探すまでは何年も掛かる未来もな」
シャイロックが放心したような顔で、膝から崩れ落ちた。
「そんな、俺の四十年は全てがまやかしだったのか」
赤髭がワイングラスをテーブルに置いて、指をパチンと鳴らす。シャイロックは消えた。
「勘違いするな、おっちゃん。スフィアンは外に追い出しただけだ。しめっぽい話は嫌いなんだ」
「残酷な仕打ちをしよるのお」
赤髭は興味があまりない顔で説明する。
「入れ替えを提案した人物はホイソベルクだ。ホイソベルクは自分の血統が利用される未来を怖れた。そこで、『変化の結晶』でマレントルク人になり、血統を残すとともに、当時の巫女長の長男に王を名乗らせた」
「そんで、ホイソベルクはんの子孫を石巫女として血統を保たせたんか!」
「ホイソベルクの継承者の資格を継ぐ力が女児にしか現れないように細工をしてな。男子の場合は継承者の資格はないが、確率で『王石』を出せるようにはしておいた。ホイソベルクは出生に関わる独自魔法も持っていたから可能だった」
「そういえば、ホイソベルクはんが独自魔法を使える話を釣具屋の主人がしておったわ」
赤髭は落ち着いた態度で発言する。
「さて、これで、部外者は誰もいなくなった。俺は継承者となれるサリーマとヤスミナを連れてきた。後はおっちゃんがサリーマかヤスミナと一緒に入って、おっちゃんだけがユーリアの亡骸と出てくればいい」
ヤスミナとサリーマを見ると、どちらも強張った顔をしていた。
(どちらも覚悟はでてきおらんようやな。無理もないか)
「とりあえず、ええわ。わいだけで入る。ギーザの話やと中に誰かおるらしいからな。わいがユーリアの亡骸を持って出てきても島に影響はない」
赤髭の顔が曇った。
「なんだと? 誰かがユーリアの傍にいる、だと? 誰だそいつは!」
「わいかて、わからん。もしかしたら、戦闘になるかもしれん」
赤髭が初めて狼狽した。
「まずいな。よし、おっちゃん。おっちゃんの資格を俺に譲渡してくれ。俺が中でユーリアの傍にいる奴と話を付ける」
「残念やけど、赤髭はんの提案には乗れん。ここまで来たら、おっちゃんは自分の眼で真相を確かめる」
赤髭は渋い顔をしたが、了承した。
「わかった。だが、危険ならすぐに出て来い。ユーリアを汚すような輩は俺が片付ける」
「ほな、行ってくるで」
おっちゃんは赤髭に背を向けて、座禅を組む格好樹木の巨人に登る。
樹木の巨人が組んでいる手の場所まで来ると、無機的な声がする。
「資格の存在を確認。巨人の夢への潜行を認めます」
『風の試練』の時に聴いた曲が流れる。おっちゃんの視界が、急に暗くなった。