第二百九十五夜 おっちゃんと大門(後編)
転移された先は、直径百mの、競技場のような空間だった。夜空が見えたので、山の頂上付近だと悟った。
「まずいぞ、おっちゃん。ここは開けた場所だ。『幻影兵』がやって来たら、囲まれる」
おっちゃんは辺りを見回し、競技場の内側にある窪みを見つけた。
「よし、とりあえず、隠れるで。『透明』の魔法を使えるか?」
「大丈夫だ」
おっちゃんとシャイロックは窪みまで走ると、『透明』の魔法を唱えて姿を隠した。
二百を超える『幻影兵』が競技場に転移してくる。サレンキスト王の亡霊も転移してきた。
サレンキスト王が豪快に笑う声が聞こえた。
「ご苦労だったな。おっちゃんよ。遺跡までの大門を開いてくれて。ここまで来れば巨人の夢まで、もう一息だ。シャイロック、いるんだろう? 出てこい。命までは取りはしない。儂にはお前が必要なんだ」
サレンキスト王の余裕も篭った叫び声が上がると、どこからか「シャアアー」と獣の雄たけびが聞こえた。
何かが上空から降って来る音がした。ドンという大きな音と共に、三本の尻尾を持つ赤と白の縞模様の全長が十五mの巨大猫が上空から現れた。
巨大猫は現れると同時に、サレンキスト王に跳び懸かる。巨大猫は霊体のサレンキスト王を一撃で噛み砕いた。
『幻影兵』が巨大猫に跳び懸かるが、巨大猫はものともしない。
「あかん、ここの番人や。あれは強いで。はよ逃げな危ない」
シャイロックが慌てる。
「逃げるって、どこへ?」
おっちゃんが競技場を見渡すと、離れた場所でギーザが手招きしているのが見えた。
「あっちや」と、おっちゃんは『透明』の魔法が解けるのも構わず走り出した。
シャイロックも後から飛び出した。ギーザのいる場所までは三十m。その三十mを全力で走り抜ける。
途中で巨大猫が、おっちゃんに気がついたようだった。だが、襲い来る『幻影兵』に向き直り、『幻影兵』を屠る。
ギーザが視界から消えた。ギーザの消えた場所には滑り台のような物があった。先は見えないが、もたもたしていれば、巨大猫が『幻影兵』を片付けてやってくる。
おっちゃんは覚悟を決めて「えい、やっ」と飛び込んだ。
急な滑り台が長く続いた。曲がりくねった代わり映えのしない石のトンネルの光景が続く。滑り台が終わった先は大門がある部屋だった。鍵も残っていた。
「あれ? 戻ってきたで」
シャイロックも滑り台から下りてきて、困惑顔で発言する。
「大門へと続く部屋だな」
おっちゃんは部屋をよく調べた。すると、入口側に縦百二十㎝、横八十㎝、の小さな隠し扉を発見した。
隠し扉を調べると、鍵穴があった。
「もしかして、『大門の鍵』いうから、目の前の大きな門が正解に見えたけど、こっちが正解なんかな?」
シャイロックが怪訝な顔をする。
「この部屋なら隅々まで調べたが、こんなところに隠し扉は、なかったぞ」
「そうか。なら、大門を開けると現れる、隠し扉やったんやろう。とりあえず、開けて進んでみようか」
『大門の鍵』を鍵穴に挿し込むと、壁に偽装された門が開いた。
「お邪魔しますよ」と声を掛けて高さ百二十㎝の通路を這うように進んだ。
三十mほど進むと、先ほどの大門があった部屋と同じような造りの部屋があった。部屋には大きな門があった。
「なるほど。こっちの部屋の大門が正解いうわけか」
シャイロックが素っ頓狂な声を出す。
「おい。おっちゃん。こっちにリビングがある。それに、トイレやキッチンもあるぞ」
おっちゃんが振り返ると、巨大な空間の隅にカーペットが敷かれ、ソファーが置かれた十二畳ほどのリビングのようなスペースがあった。
リビング・スペースの横には、小さいながらも、キッチンがあった。キッチンの水瓶には綺麗な水が張られていた。キッチン横の扉を開けるとトイレになっていた。
「なんや? 人が住める造りやな。誰か住んでいたんやろうか」
部屋に灯が点いた。シャイロックが壁の一部を操作すると、灯は点いたり消えたりする。
「おっちゃん。これは間違いなく人が住んでいたな」
キッチンの横には花壇のような剥き出し地面があった。花壇の隣には、高さが一mほどしかないが、『始祖の木』が生えていた。
怪訝な顔をしてシャイロックが花壇に近づく。シャイロックが花壇の土を調べると、赤い『産岩』が出現した。シャイロックが『産岩』を割ると、甘藷が出てきた。
「シャイロックはんも『産岩』が出せるの?」
シャイロックがしんみりした口調で語る。
「実は出せる。ただ、父から『他人前では決してやるな』と厳命されていた」
「そうか。それにしても、お父さんは残念な事態になったな」
シャイロックが悲しげに語る。
「仕方ない。俺が言うのもなんだが、父は少し、おかしかった。特に巨人の夢が関わる内容になるとなおさらだ。父はきっと初代サレンキスト王に憑依されていたんだと思う」
シャイロックが甘藷を洗いながら答える。
「先日なくなったのが本当の父で、さっき猫の化け物に食われた奴は初代サレンキスト王だと思うことにするよ」
キッチンを調べると、火の出る魔法の調理器具があった。
シャイロックが甘藷を適当な大きさに切って炒める。
料理の間におっちゃんが入口を調べる。入口は消えていた。
「おっと、これは閉じ込められたな。まあ、水も食糧もあるから、すぐにどうこうなる心配はないけどな」
「おい、できたぞ、おっちゃん」
炒めた甘藷を食べて休憩を取る。
閉じ込められた実情を教えると、シャイロックがふっと笑って答える。
「閉じ込められてはいないだろう。おっちゃんは『大門の鍵』を持っていて、目の間には大きな門がある。きっと、おっちゃんの持つ鍵で扉は開くさ」
「せやな、ほな、一眠りしたら、扉を開けてみるか」
おっちゃんとシャイロックは眠って夜を明かした。