第二百九十四夜 おっちゃんと大門(前編)
道の復旧作業は昼夜を問わず行われた。疲れを知らない『幻影兵』の働きにより、作業は順調に進んだ。魔人が対処してくれているのか、魔物も襲ってこなかった。
十日後、シャイロック、ベルンハルトと一緒に休んでいると、伝令の兵士が緊迫した顔で入ってきた。
「シャイロック殿下、大門へと続く道の復旧が完了しました。大門は地震の被害を全く受けていません」
シャイロックが安堵の表情を浮かべる。
「そうか。これで、道はできたな」
ベルンハルトが満足気な顔をして喜ぶ。
「大門が無事だったか。ならば一安心だ。あとは『大門の鍵』だけですな。こちらも一刻も早く手に入れましょう。こうなれば、マレントルクやアーヤとの戦争も止む無しです」
戦争発言にシャイロックは苦い顔をする。
「戦争は必要ありません。実は『大門の鍵』については、入手の目処が付いているのです」
ベルンハルトが怒った顔で意見を唱える。
「なんと。まことですか。『大門の鍵』の発見報告の情報は議会に上がってきていませんでしたよ」
シャイロックがうんざりした顔で弁解する。
「鍵の真贋が不明なので、門を開けられる状況が確認されてから、報告を上げるつもりでした。明日の朝に大門を開けてから、正式に伝令を飛ばして議会の承認を得て内部に突入します」
ベルンハルトが不貞腐れた顔で嫌味をいうように発言する。
「それならいいのですが。まさか、シャイロック殿下は力を独占するつもりではないのでしょうな」
シャイロックが怒りを滲ませて発言する。
「ベルンハルト議員。王家と議会は今まで上手くやってきた。これからだって、そうです。巨人の夢の重要性は理解しています。巨人の夢を手中に収める事業は我が王家の悲願です」
ベルンハルトは恐ろしい形相でシャイロックを睨みつけると、テントから大股で出ていった。
「大変やな、王子様も」
シャイロックが疲れた顔で答える。
「王が亡くなるまでは、あんな人ではなかったんだがな。王がなくなって以来、巨人の夢に固執している。俺に言わせれば、ベルンハルト議員が巨人の夢を独り占めしたいのかと思うほどだ」
(これは、あれやね、サレンキスト王の魂は、ベルンハルトに憑依したね)
「あんな、一つ、ええか? サレンキストの王様って、どうやって決まっているの?」
「サレンキスト王家は代々、子宝に恵まれなかった。その度に議員の家から養子を迎えてきた。かくいう俺も、亡くなった王の本当の子ではない。養子だ」
(なるほどな。依代となった王様が死ぬ度に、憑依を繰り返して魂を繋いできたんやな。三百年前からおるらしいから、なんともまあ、執念深い怨霊や。これは今晩辺り仕掛けてくるかもしれんな)
夜になる。おっちゃんはバック・パックから『大門の鍵』を出して、枕の下に隠しておく。ベルト・ポーチには『願いの雫』が入った木の実を入れておいた。
ランタンをテーブルの上に置いて、最後に冒険者の格好をして寝床に入った。
夜中、寝た振りをして待つ。誰かが忍び足でテントに入ってきた。おっちゃんはこっそり『暗視』の魔法を唱えておく。
ゆっくりと目を開けると、シャイロックがおっちゃんの荷物を物色していた。
「誰や?」とわざと半分寝ぼけたような声を出して上半身を起こす。
びっくりした顔のシャイロックが、しどろもどろの口調で言い訳をする。
「起こして済まなかった。なんだ、その、急に『大門の鍵』が必要になってだな。悪いが『大門の鍵』を渡してくれ」
「ええよ」と答えて、おっちゃんは、まだ半分くらい寝ぼけたふりをして、ベルト・ポーチに手をやる。
シャイロックが邪悪な笑みを浮かべて、片手を後ろに回す。
おっちゃんは『願いの雫』が入った木の実を差し出す。
シャイロックの振り上げた片手には短剣が握られていた。
おっちゃんは片手で、『願いの雫』がシャイロックの顔に飛ぶように割る。
『願いの雫』がシャイロックの顔に掛かる。シャイロックが短剣を落として苦しみ出す。
シャイロックの体から、年老いた王の格好をした青白い亡霊が離れた。おっちゃんは剣を抜き斬り付ける。
だが、上半身しか起こしていない格好からの一撃だったので、サレンキスト王の亡霊は攻撃を避ける。
サレンキスト王の亡霊が怒りの形相で叫ぶ。
「後からやってきた外国人風情が、おとなしく『大門の鍵』を渡せ」
おっちゃんは起き上がる。
「断る。鍵はヤングルマ島の未来のために使わせてもらうで」
サレンキスト王の亡霊は逆上して襲ってくるかと構えた。だが、ふわりと宙を飛んでテントから出て行った。
おっちゃんはサレンキスト王の亡霊を追わず、シャイロックを起こす。
「シャイロックはん、大丈夫か?」
苦しそうな顔をして、シャイロックが身を起こす。
「すまない。おっちゃんを殺す気なんかなかったんだ」
「ええで。それよりこれからが心配や。どうする?」
外で悲鳴が上がる。
「暴走だ。『幻影兵』の暴走だ」
多くの足音が近づいてくるのが聞こえた。シャイロックの顔が青ざめる。
「まずい。サレンキスト王が『幻影兵』を使って俺たちを始末しようとしている」
おっちゃんは枕の下に手を突っ込んで『大門の鍵』を取り出す。
「よっしゃ、逃げるで」
おっちゃんの意図を察知したシャイロックが真剣な顔で頷く。
「わかった、こっちだ」
急ぎテントを出ておっちゃんとシャイロックは走った。
おっちゃんとシャイロックは走りながら、『粘着』の魔法で『幻影兵』の足を止めつつ走る。
道が見えた。道は真っ直ぐに巨人が眠る山に空いている洞窟に続いていた。
シャイロックが『暗視』の魔法を唱えて道を進む。おっちゃんも続いた。四百mほど進むと、一辺が五十mはある四角い開けた場所に出た。
目の前には高さ十五m、幅八mの金属製の大きな門があった。
「こっちだ」とシャイロックが緊迫した顔で指示する。門の横には鍵穴があったので鍵を挿す。大きな門がゆっくりと開く。背後からは大勢の足音がする。門にできた隙間から中に入る。
門の向こうは幅八mの通路が広がっていた。通路を二十mほど走ると、光る魔法陣があった。
魔法陣の上に乗ると、魔法陣が青白く光って、別の場所に転送された。




