第二百九十夜 おっちゃんとサレンキストの『幻影の森』(前編)
翌朝になっても、シャイロックからの返事は来なかった。
おっちゃんはシャイロックがなんらかのアクションを興す時を待った。さらに、二日が経過する。
街では『幻影兵』を導入した復旧が続いていた。おっちゃんは宿屋で片づけを手伝いながら、シャイロックが動く時を期待した。
三日目にシャイロックから使いが来て、館に来るように指示された。
おっちゃんは館に出向いた。窶れた感じのシャイロックが待っていた。
「こんにちは、シャイロックはん。巨人の夢を渡す気にでもなった」
「断りたかった。だが、サレンキストが巨人の夢を取れなかった時でいいなら、巨人の夢をおっちゃんに渡してもいい」
(よう、決断したな。追い込まれて来ている証拠やな。最後に裏切る気かもしれんけど。こればかりは、その時にならんとわからん)
「そうか、なら、『幻影の森』を取り返す算段をしても、ええで。『幻影の森』を取り返すに当ってはサレンキスト側にもお願いしたい内容があるねん」
シャイロックが不機嫌に口を開く。
「なんだ? この後におよんで、まだ要求をする気か?」
「サレンキスト側で、魔人側の捕虜を捕まえておらんか? おったら渡して欲しい」
シャイロックが険しい顔で意見する。
「道案内にでも使う気か? 断っておくが魔人は強情だ。結束も強い。仲間を売ったりは、絶対しないぞ」
「ちゃうねん。戦うだけなら、いつでもできる。まずは、魔人と和睦して道を使わせてくれるように交渉しようと思うとる。そのための材料や」
シャイロックは呆れた顔をして、投げやりに発言した。
「魔人と交渉? はん、馬鹿げている。魔人が交渉のテーブルに乗るとは思えん」
「サレンキストができんからといって、おっちゃんたちにもできんと思われたら、心外や。島の危機や、話せば、わかってくれる」
シャイロックは眉間に皺を寄せて、渋い顔をする。
「わかった。とりあえず、捕虜を一人、おっちゃんに渡そう。残りは交渉が成功したら解放する。だが、魔人が交渉のテーブルに乗ってくるとは、期待しないほうがいいぞ」
「大事な話やからきちんと議会に根回ししといてや」
「そうだな。最近の議会は何かに付けて、報告、報告、と五月蝿くなったからな」
おっちゃんが館の外で待っていると、襤褸布のような服を着せられ、ロープで縛られた魔人が一人、連れられてやって来た。
おっちゃんが魔人を受け取ると、街の外まで歩いて行く。
街の外まで来ると飯の準備をする。飯の準備が終わるとおっちゃんは魔人のロープを外した。
ロープを外されて、魔人は怪訝な顔をする。
「おい、サレンキスト人どういうつもりだ。なにが目的だ」
おっちゃんは適当に座って保存食を取り出して勧める。
「わいは、おっちゃんの愛称で呼ばれる冒険者や。こんな外見をしているけど、サレンキスト人やない。外国人や。保存食を食べるか?」
魔人は保存食に一度は手を伸ばす。だが、手を引っ込め、ムスッとした顔で拒絶する。
「いい。要らない」
「そうか。なら、無理にとは言わん。気が向いたら、食べてくれ。あんな、おっちゃんは魔人はんのリーダーに会いたいんよ。会って、『幻影の森』に入る許可を貰いたい」
魔人はおっちゃんをきつく睨みつけて発言した。
「俺を餌にマルポロを誘い出す魂胆か。言っとくけど、マルポロは簡単には捕まらないぞ」
おっちゃんは甘く味付けしたホット・ワインを差し出して話す。
「捕まえようとは思っておらん。ただ、話がしたい。先日、地震があったやろう。今、ユーリアはんが亡くなり、ヤングルマ島は崩壊の危機にある。このままではヤングルマ島に暮らす人の生活が脅かされる」
魔人は厳しい顔をして話す。
「だが、『幻影の森』から巨人が眠る山へは人を入れてはいけない決まりがある」
「今まではそれでよかった。だが、今は違う。皆が協力せな大勢の人が不幸になる。魔人はんかて、現状ではまずいいう認識はあるやろう?」
魔人はおっちゃんの正面に座って、ホット・ワインを口にする。
魔人は渋い顔をして語る。
「島がおかしくなってきた状況は俺たちだって理解している。だが、ずっと昔から続いてきた仕来りを、俺が簡単に変えるわけにはいかないんだ」
「そうか。それと、名前を教えてもらってもいいか?」
「ポロロ」と、魔人がぶっきらぼうに口にした。
おっちゃんは頭を下げて頼む。
「そうか。ポロロいうんか。立派な名前やな。もし、交渉がうまくいったら、おっちゃんが他に捕まっている魔人も解放するようにサレンキストと交渉する。せやから、マルポロに会わせてくれ」
ポロロは手を出すと「食い物」とだけ要求した。
おっちゃんはポロロに保存食を渡す。ポロロは保存食をガツガツと食べた。
(よかった、やはり、話せば心は通じるんやな)
食事を終えると、おっちゃんとポロロは歩き出した。
『幻影の森』に入ってしばらくすると、魔人の気配がいくつもした。
魔人たちはポロロとおっちゃんを包囲するように移動していた。
おっちゃんは魔人たちの動きに気付かない振りをして森の中を歩いた。
一人の魔人がおっちゃんとポロロの前に現れた。
魔人の身長は百六十五㎝、顔は年配の男性のようで、肌は青色で額には小さな一本の角が生えていた。
緑色の厚手の服に、緑色のズボンを穿いている。防具は革の兜に簡単な皮鎧をして、腰には剣を佩いていた。
「おい、サレンキスト人。ポロロを解放して投降しろ」
魔人が投降を呼び掛けると、五人の魔人が、おっちゃんとポロロを囲むように姿を現した
「おっちゃんは、サレンキスト人やないよ。海の向こうから来た外国人や。それに、ポロロはんなら、すでに解放してるで。今はポロロはんに頼んで、マルポロはんに会いに行く途中や」
現れた魔人がポロロを険しい顔で見る。
ポロロは畏まった態度で答える。
「マルポロさん、おっちゃんの言葉は本当だ。おっちゃんは島の危機のことで、マルポロさんに話があるそうなんだ。願いを聞いてくれれば、サレンキストと交渉して他の仲間を解放させると請け負ってくれている」
マルポロは腕組みして疑わしい顔で、おっちゃんを見る。
「願いとはなんだ? 言うだけ言ってみろ」
「巨人が眠る島へと続く道の復旧を認めて欲しい」
マルポロは冷たい顔で否定した。
「やるだけ無駄だ。たとえ道が復旧できたとしても、大門より先には、鍵がないと進めない」
「実は『大門の鍵』は持っているんや、だから、道が使えれば先へ進める」
「見せてみろ」とマルポロが疑う顔をして発言した。
おっちゃんはバック・パックから『大門の鍵』を出して見せた。
鍵を手に取ってみると、マルポロが真剣な、厳しい顔で発言した。
「確かに『大門の鍵』だ。だが、大門を潜って巨人の夢に辿り着いても無駄だ。巨人の夢に入るには、正統な継承者であるか、試練を潜り抜けた選ばれし者でなければ無意味だ」
「これは、サレンキストの人間には秘密なんやけどな。おっちゃんは選ばれし者やねん」
おっちゃんは手袋を脱いで、紋章が入った左の掌を見せた。
「なんだと! 選ばれし者の紋章だと!」
マルポロの声に他の魔人たちが驚いた。マルポロは腕組みして結論を出す。
「状況はだいたいわかった。おっちゃんと言ったな。とりあえず俺たちの村に案内する。歓迎するかどうかは別だ」
「マルポロはんが話がわかる人で、助かったわ」




