第二十九夜 おっちゃんと祝勝会
六日後、酒場でおっちゃんが食事をしている時だった。冒険者ギルドにギルド・マスターが帰ってきた。
久方ぶりのギルド・マスターの帰還に冒険者がざわつく。
ギルド・マスターはアリサと話し込むと一度カウンターの奥へ消えた。
おっちゃんが食事を終え、食後のミルクティーを飲んでいる時だった。ギルド・マスターとアリサが寄ってきた。
ギルド・マスターは一振りの剣を持っており、アリサは盆の上に小さい袋を載せていた。
「おっちゃんよ、よくぞ、祖龍を倒した。冒険者ギルドを代表して礼を言う」
ギルド・マスターの言葉に酒場が再びざわつく。
(うわ、なに、この人、余計な言葉を発言してくれるの。そんな、お偉いさんが認めたら、事実として認定されるやろう。せっかく下がった評判が変わる)
おっちゃんが黙っていると、ギルド・マスターは言葉を続けた。
「おっちゃんが、祖龍を倒したときに使った剣には、貴重な祖龍の血が付着していた。祖龍の血を吸った剣については、冒険者ギルドで買い上げさせてもらいたいが、どうだろう」
ざわめきがどよめきに変わった。
(全部が光になったわけやなかったのか、証拠が残っとったんか、油断したわー)
「祖龍の血なんて持っていても、おっちゃんの役に立ちませんから、ええですよ。ただし、おっちゃん一人の手柄ではないので、金は散っていった冒険者の身内に配ってください」
「わかった。では、折れた剣の代わりの剣を授けよう」
剣を受け取る。剣はおっちゃんが使っていたクランベリー・エストックと似ていた。鞘から抜いて見る。
おっちゃんは抜き身から受ける印象で理解した。
(うわ、これ、真クランベリー・エストックやん。クランベリー・エストックが百本は買えるで。こんな高い剣、要らんて)
武器作りが盛んなクランベリーの街では、年一回、武器の品評会が行われる。品評会でその年一位を取った武器にのみ、真クランベリーの銘を付ける行為が許される。それが、真クンラベリー・エストックだった。
おっちゃんは価値がわからない振りをして、「ふーん」と口にして鞘に仕舞う。
ギルド・マスターが畏まった口調で告げる。
「さて、おっちゃんよ。お城からの褒賞だ。金貨百枚が入っている。受け取るがよい」
アリサが明るい顔で「おめでとう」と金貨の入った袋を差し出した。
袋を受け取って中を開けると、金貨が詰まっていた。
(これ、まずいわ。祖龍を倒した証拠が出てくるわ、偉い人が認めるわって、下がった評判が盛り返す)
祖龍殺しは必ず評判になる。おっちゃんは決断した。
(これ、街を出て行くしかないわ。いい街やけど、おっちゃんは有名になるわけにはいかん)
出て行くと決めたから、おっちゃんは威勢よく発言した。
「よし、今日は祖龍を倒した祝いや。おっちゃんが好きなもの奢ったる。金ならある。みんな、飲め」
酒場に歓声が響いた。酒場で祖龍討伐の祝勝会が開かれた。
ギルド・マスターの計らいで、祖龍を倒した武器も展示された。祝賀会は夜まで続いた。
おっちゃんは会計を済ませると部屋に戻って荷物を纏めた。
朝方、冒険者が酔い潰れるなか、一人、宿をチェック・アウトする。
白髪のフロントの老人が訊いてくる。
「アリサに挨拶しなくていいのかい」
「いいねん。アリサはんの行ってらっしゃい、を聞くと、ただいまを言いたくなる」
「そうか、遠くに行ってしまうんだな」
「おっちゃんは冒険者やからね。生きていれば、またどこかで会う事態もあるやろ。それでは、さよなら」
冒険者ギルドを出た。サバルカンドの六つの教会に寄って金貨を十枚ずつ寄付した。
ダンジョンに入り、『瞬間移動』を唱えて、ボス部屋に移動する。
ボス部屋に入ると、ザサンの代わりに、ダンジョン・マスターが現れた。
おっちゃんはダンジョン・マスターに辞職を申し出た。
「短い間でしたが、お世話になりました。ダンジョンを辞めさせてください」
ダンジョン・マスターは頷いた。ダンジョン・マスターは、しみじみと語った。
「わかった。おっちゃんの離職を認めよう。おっちゃんがいなくなる状況は寂しくもある。世話になったな。また、いつでも遊びに来るとよい。サバルカンド迷宮は歓迎しよう」
「では、さよなら、ですわ」
おっちゃんは頭を下げて、迷宮から『瞬間移動』で出た。
食事と保存食を買い、適当な乗合馬車を探して馬車に乗る。
遠ざかるサバルカンドの街を見ながら、感慨に耽る。
「足の向くまま、気の向くままか。さて、次はどこに行こうかの」
【サバルカンド編 了】
©2017 Gin Kanekure