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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ヤングルマ島【サレンキスト国】
289/548

第二百八十九夜 おっちゃんと『幻影兵』

 翌日、おっちゃんは港を見に行った。

 港も少なからず被害を受けていた。船が陸に打ち上げられ、衝突した船同士が大きく破損していた。残骸や打ち上げられたゴミが港に溢れていた。


 魚屋に行ってみると、魚屋も片付けの真っ最中だった。

「えらい災難でしたな」


 魚屋の主人が渋い顔をして答える。

「せっかく魚が戻ってきたと思ったら、昨日の地震だよ。見ての通り今日は休業だ」


 おっちゃんが背を向けると、魚屋の主人は誰に愚痴るでもなく、言葉を出す。

「でも、俺は諦めないよ。親子六代やってきた魚屋だ。俺の代で潰して堪るかってんだ」


 宿屋に戻ると、グリエルモが戻ってきていた。

「グリエルモはん、無事でなによりや。津波の被害が港だけで済んでおったけど、あれはグリエルモはんの働きか」


 グリエルモが「当然だ」といった顔で語る。

「地震が来た後、津波が来ると予想した。潮流を操る魔法でできるだけ潮位を下げておいた」


「ご苦労やったな。そんで、魔道具のほうはどうや? 解明できそうか?」

「造りは単純だったよ。長くて一週間もあれば解明できそうだ」

「そうか。なら、引き続き魔道具の解析を頼むわ」


 おっちゃんはグリエルモと別れると、街でやっている商店がないか探しに行く。

 街ではすでに兵隊が復興作業をやっていた。


 おっちゃんは最初「なかなか規律の採れた軍隊だ」と思った。ところが、しばらくすると異様な点に気がついた。


 作業に当っている兵士の間にほとんどいって会話がなかった。ただ、上長の指示の許で黙々と作業をしていた。


 試しに「精が出ますな」とか「大変ですな」とか声を掛けても、兵士からは答が返ってこなかった。


 おっちゃんが不思議に思って近づくと上長が抗議する。

「おい、『幻影兵』の邪魔をするな。襲われても知らんぞ」

(なんや、『幻影兵』って? 知らん言葉や)


『幻影兵』について聞きたかったが、怒られたばかりなので、現場を後にする。

 他の現場でも同じような感じだったので『幻影兵』を観察する。『幻影兵』は姿容(すがたかたち)も皆、同じで、顔も同じだった。

(これ、ちょっと、気味が悪いで)


 結局、開いている商店は見つからなかった。おっちゃんはシャイロックに会いに館へ行く。

館は大勢の人で混雑していた。シャイロックが次々と兵士や士官から報告を受けて、命令を飛ばしていた。

(これは、話し掛けられる雰囲気やないね)


 おっちゃんが帰ろうとすると、話し掛けてくる人物がいた。議員のベルンハルトだった。

「ガレリアのオウル殿でしたか。どうやら、ご無事のようですな」


 ベルンハルトはシャイロックと違い暇そうだったので、話し相手になってもらう。

「おかげさまで。それにしても、このたびはとんだ災難でしたな」


 ベルンハルトは沈んだ顔で答える。

「全くです。開通が間近だった巨人の夢へと至る大門への道は塞がり、港の船の半分以上が使えなくなりました。街への被害も甚大です。死者は百人以上になるでしょう」


「けっこうな被害ですな。ガレリアが近ければ救援の手を差し伸べられることもできますが、どんなに急いでも往復で一月は掛かりますからな」


 ベルンハルトは毅然(きぜん)とした顔で発言した。

「援助は無用。これも、島に危機が訪れれば起きる事態と認識しておりました。ただ、やはり起きてしまうと痛手ですが」


「そういえば、サレンキストでは『幻影兵』と呼ばれる者を使こうとるらしいですな。街で見ましたが。あれはなんですか?」


 ベルンハルトが自慢気に語る。

「ご覧になりました『幻影兵』は、魔物の一種です。魔物とはいっても、作成と制御に成功した管理された魔物です。我がサレンキストの精鋭よりは弱いですが、数がいます。有事に立派な戦力になります」


(サレンキストが保持する軍事的なカードやな。ガレリアが侵攻してきても戦えると意思表示したいわけか。こんなときに自慢せんくても、ええやろう)


 おっちゃんが黙ると、ベルンハルトが鼻高々に語る。

「『幻影兵』はいくらでも出現させられます。『幻影体』と『幻影兵』が組み合わされば我がサレンキストは損失を出さず、戦争の遂行が可能なのです。ここに、巨人の夢が加われば、いかに敵が巨大だろうと負けません」


 おっちゃんはベルンハルトの心の内が読めた。

(ベルンハルトはガレリアと対等な関係を望んでおるのか。それで軍事力を誇示したいわけやな。でも、裏を返せばガレリアを怖れている証拠やな。国が危ない時だからこそ、軍事力を誇示して争いを避けたいわけやな。小さいやっちゃな)


「そうですか。それは中々に勇ましいですな。なら、街の復旧や大門までの道の再整備にも、それほど時間は掛からないでしょうな」


 ベルンハルトが胸を張って答える。

「当然です。サレンキストが全てを救い島の頂点に立つ。それこそが正しい姿なのです」


 おっちゃんはベルンハルトの態度に胡散臭(うさんくさ)いものを感じた。

(そんな都合よくは、いかんやろう。『幻影体』にも欠点があった。『幻影兵』にも欠点があるはず。いくらでもできる量産できる便利な兵やない)


 おっちゃんが疑問を持つと、議長が横を通り過ぎる。

 ベルンハルトが議長に用事があったのか「失礼」と気取って口にして、議長の後を追ってなにかを話し掛ける。


 宿屋に戻ると夜遅くにシャイロックが訪ねてきた。

 シャイロックは疲れた顔で切り出した。

「おっちゃん。手を貸して欲しい」

「おっちゃんの手を借りたいのか? それとも、ガレリアの手を借りたいのか? どっちや?」


 シャイロックは投げやりに話した。

「問題が解決できるなら、どちらでもいい。島の救済計画が、破綻(はたん)寸前だ。このままでは島は救えない」

「包み隠さずに話してくれたら協力はする。なにが問題なん?」


 シャイロックは暗い顔で打ち明けた。

「巨人の夢へと至る、大門への道が地震で崩れた」


「それなら、『幻影兵』とやらを大量に投入して、復旧させたらええやないか。ベルンハルト議員が夢のような内容を語っていったで」


 シャイロックが険しい顔で告げる。

「『幻影兵』の繰り出せる数には限度がある。街の復興と大門への道の復旧は同時にはできない。議員たちは道の復旧を急ぐように五月蝿(うるさ)く言うが、地震で受けた被害が多すぎる。犠牲者は五百人規模になる」


「おっちゃんが聞いた数の五倍やな」


 シャイロックが辛そうに語る。

「被害が大きく市民生活に多大な影響が明日にも出る。今までも市民にはかなり無理をさせてきた。これ以上の不便を強いれば、反発が必至だ。反発する市民を軍で抑えれば、最悪、紛争に発展する」

「そんで、おっちゃんに何をして欲しいんや?」


 シャイロックが忌々しそうに告げる。

「今日、最も懸念していた事件が起きた。『幻影兵』を街の復興に使ったために、せっかく制圧していた『幻影の森』を魔人たちに奪い返された」


「なるほど。大門へと続く道は『幻影の森』の中を通っておる。森を奪還されたら道は使えないし、復旧もできん。木も()り出せん」


 シャイロックが真摯(しんし)な顔で頼む。

「そうだ。そこで、お願いしたい仕事は、『幻影の森』の奪還だ。魔人の数は五十人もいない。だが、一人一人が、とても強い。厳しい内容になるが、やってもらえないだろうか」

(安易に頼られても困る。それに、他国に隷属を迫るサレンキスト主導の計画は受け入れ難い)


 おっちゃんは素っ気ない態度を採った。

「ええけど、高く付くよ」


 シャイロックがムッとした顔で訊く。

「なにが望みだ」


 おっちゃんは態度を偽って話した。

「実はなおっちゃんたちも、巨人の夢を狙っとるんや。シャイロックはんたちが巨人の夢を取れんかった時は、巨人の夢を渡してもらうで」


 シャイロックが怖い顔で、断固とした口調で拒絶した。

「高すぎる。それに、大門への道を切り開いた人間は我らサレンキストだ。後から出てきて、全てを持っていこうとする態度は虫が良すぎる」


「知っているよ。サレンキストは『大門の鍵』を持っておらん。だから、道が復旧しても、大門より先には、進めんやろう。でも、おっちゃんたちは違う。すでに『大門の鍵』を入手しとるんよ」


 シャイロックの顔が驚きに変わった。おっちゃんは言葉を続ける。

「つまり、門までの道のりはシャイロックはんが進める。せやけど、門から先の道はおっちゃんが進める状態なんよ。極論すれば、突貫作業でおっちゃんも大門まで連れて行ってくれたら、おっちゃんが島を救える状態なんやで」


 シャイロックが険しい顔で尋ねる。

「『大門の鍵』を売る気は、ないのか?」

「この島の全てが手に入るかもしれんのに、安売りする気はないの。だから、高く付く言うたんや」


 シャイロックの顔に苦悩の色が浮かぶ。

「なんてことだ。そんな事態になっていたとは」


「そういうこっちゃ。ええ返事を期待するで」

(冷たいようやけど、今のシャイロックはんの考えでは、ヤングルマ島は救えても先がない)


 シャイロックは足取りも重く宿屋を後にした。


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