第二百八十六夜 おっちゃんと外交交渉
翌朝、おっちゃんはサレンキストの街を見て廻った。街の街灯は魔法で制御されているのか、朝の街灯は夜よりも明るかった。
商店を見学する。国に徴用されているため品揃えも品数も少ない。物の値段もかなり高めに設定されていた。ただ、仙人掌が野菜の扱いで仙人掌は安く、どこに行ってもあった。
(正規の『産岩』や『始祖の木』がないぶん、サレンキストはマレントルクやアーヤより、生産力が劣るのかもしれんの。南部は土地も豊かやないのやろう。ただ、仙人掌だけは仰山あるな)
岩山の街は一階に民家や商店があった。二階が行政区になっており、役場、議会、裁判所のような建物があった。
三階よりは上に行く階段を、見つけられなかった。でも、直感的に王の館がある気がした。
昼に開いている屋台で、山羊肉をパンに挟んだサンドイッチを買って食べる。
街をだいたい見学したので港に行く。造船所が活発に動いていた。ただ、規模は大きくなく、一度に一隻ずつしか造っていなかった。
港には魚市場があったが、魚屋は四軒しかやっていなかった。
魚屋を覗いてみるが、どの店でも魚は売り切れていた。
一番大きな魚屋の主人に尋ねる。
「魚って朝で売り切れるんか?」
魚屋の主人がぶっきら棒に答える。
「こんな時間に来ても魚はないよ。最近は潮流が変化したせいか、魚がめっきり獲れなくなった。ただでさえ、漁獲量が激減しているのに、だよ。ほんと、島はどうなっちまうんだろうね」
「昔は獲れてたんか?」
魚屋の主人が当然だとばかりに語る。
「それは、もう、わんさか獲れたさ。畑の肥料にするぐらい獲れたね。サレンキスト料理といえば、魚料理だろう。だが、半年くらい前から潮流が変わった。大衆魚が高級魚になっちまった」
(半年前くらいやと島が発見された頃やね。島の出現と潮流の変化は関係があるね)
魚屋の主人が寂しそうな顔をして愚痴る。
「来月からは配給制を始めるとかで、議会が揉めている。かつてはサレンキストの台所を支えた魚市場も今や風前の灯火だよ」
(仙人掌以外の食料品は少なかったな。サレンキストは少ない物資をやりくりして、どうにか凌いでいるんやな。島の危機に立ち向かう大義があるからこそ街は纏まっている。せやけど、なにか切っ掛けがあれば崩れるかもしれんな)
おっちゃんが宿屋に戻ると兵士が待っていた。
「おっちゃんさんですか? 一緒に来てください」
兵士の言葉は丁寧だったが、拒絶を与えない空気があった。
(いつかはお呼びがかかるかと思うとったが、いやに早い対応やね。これはおっちゃんを待っていたね)
「ええで、準備するから待っていてや」
兵士に連れられていった先は大きな扉があり、扉を潜ると三階へと続く階段があった。階段を上った先には館があった。
館の中を進んで応接室に行くと、シャイロックが待っていた。シャイロックが表情も硬く語る。
「サレンキストに入るなら言ってくれればいいものを。外国の使節の方なら館で歓迎しますよ。国王宛の親書が必要なら早急に用意をさせましょう」
(おっちゃんの後ろにはガレリア国王がいる情報を掴んで探しておったようやな)
「気を使わせてすまんね。立場的にはサレンキストがどういう国か、見極める必要あったんよ。いきなり、接待を受けてええとこだけ見るわけにはいかん」
シャイロックが探るような顔で聞いてくる。
「どこまでこの国の内情を知ったんですか?」
「大した情報は掴んでおらんよ。ただ、国民は不便を強いられた生活をしとる。国は国家総動員体制で島の危機を回避しようとしている。だが、他国とはうまくいっておらん。そうして強引に進めた計画も中断しているくらいやね」
シャイロックが感心した顔をして依頼する。
「そこまでわかっていれば充分です。そこでお願いですが、島の危機を回避するためには、充分な物資が必要です。ガレリアから援助していただくわけにはいかないでしょうか? 国内で物資を融通する方法も限界に近い」
「なんで、遠くのガレリアに頼むん? 街を畳む最中のホイソベルクは外すとしても、近くにはアーヤやマレントルクもあるやろう。協力を求めたらええんやないの? 両方とも物資は豊富やで」
シャイロックが苦い顔で否定した。
「アーヤやマレントルクが助けになるなら苦労しません。あの二カ国の王は頭が固すぎるし、こちらの指示に従うとは思えない」
「それは頼み方が悪いんやないの? きちんと頭を下げればわかってくれると思うよ」
シャイロックは憤然とした顔で告げる。
「なぜ、島の危機を救おうとしているサレンキストが、島の危機すら理解しないアーヤ人やマレントルク人に頭を下げる必要があるんですか。向こうから協力を申し出てくるのが筋でしょう」
(アーヤ人もマレントルク人も、サレンキスト人を嫌っていたようやし、これ、完全に拗れとるね)
「なるほどね。これは協力する態度は無理やね。悪いけど援助は難しいと思うよ。ヒエロニムス国王は見返りなしの援助はしない人や。なにか手土産がないと無駄足になる」
シャイロックがムッとした顔で提案した。
「なら、どうでしょう? 島の四分の一です。サレンキストが島を掌握した暁には、マレントルク、アーヤ、ホイソベルク領のいずれかを割譲する案を持っていったら、どうでしょう? 援助を引き出せるでしょうか?」
「おっちゃんはそんな乱暴な交渉は、やりたない。でも、仮に話を持っていったとしても、ヒエロニムス国王は話を飲まんやろうね」
シャイロックが怪訝な顔で尋ねる。
「島の四分の一では不足だと?」
「おっちゃんがヒエロニムス国王やったら、サレンキストの計画を失敗させて島を丸ごと接収するで。ガレリアには軍事力もあれば技術力もある。全てが手に入るのなら全部ごっそり貰う」
シャイロックが苛立った顔をする。
「なんて、欲深い国王なんだ。島には既に住んでいる人間がいるのに」
(それを言うたら、アーヤにもマレントルクにもホイソベルクにも人が住んどるんやけどね。どうも、シャイロックはんの物の見方は危ういで)
「だから、ガレリアを頼るなら、アーヤやマレントルクを頼ったほうが安上がりやて」
シャイロックが表情を歪めて即座に拒絶した。
「いや、駄目だ。あの二国は当てにしたくない。あの二国は怠け者だし信用も置けない」
「なら、自力でどうにか、するしかないな。おっちゃんは手を貸してもええ。けど、ガレリアは当てにしたらあかんで」
「なら、いつぞやの天候を操作した魔術師を貸してくれませんか」
「グリエルモはんか? 何をやらせるつもりなん?」
シャイロックが切実な表情で頼んだ。
「実はサレンキストには、潮流を操る魔道具があるんです。だが、使い方がわかる国王が死んでしまい、使い方がわからない。高度な魔法が使える術者なら解析ができるはずです」
「魔道具の使い道の解明か。グリエルモはんならできるかもしれん。だが、今、グルエルモはんには、別件で動いてもろうとるからな」
「魚が魚場に戻ってくれば、市内の食糧事情は幾分かでも改善する。国民の限界が近いのに、食糧の配給制を実施したくはない。もし、お願いできるのならサレンキストでの測量を認めます」
(さて、困ったで。グリエルモはんにこのまま巨人の夢と夢の世界について調査をしてもらうべきか? いったん作業を中止してでも、魔道具の解析をしてもらうべきか?)
おっちゃんは大いに迷った。
(島の危機についてグリエルモはんの調査報告が遅れると、致命的な結果を招くおそれがある。せやけど、ここでサレンキストに恩を売っておいたほうが後々に島を纏めるときに有利になるかもしれん)
島の危機は回避しなければならない。だが、危機が去った後の見通しもある程度まで持っておかねば、探検は不発に終わる。
「わかった。グリエルモはんに頼んだるわ。その代わりにこれは貸しやからね、ちゃんと覚えておいてね」
「わかっていますよ。サレンキスト人は借りたものは必ず返します」