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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ヤングルマ島【サレンキスト国】
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第二百八十四夜 おっちゃんとサレンキストの街(前編)

 風が強く吹く荒野の中、一人の男性が暗い空を見上げていた。男性の身長は百七十㎝。軽装の革鎧を着て、細身の剣を()いている。


 歳は四十三といっており、丸顔で無精髭(ぶしょうひげ)を生やしている。頭頂部が少し薄い。おっちゃんと名乗る冒険者だった。


「急に天候が怪しくなってきたで。これは荒れるかもしれんな。早目に対処しておこうか。転ばぬ先のなんとやらや」

 付近に風避(かぜよ)けになる物は見当たらない。おっちゃんは道から離れた場所に急いで移動する。


 おっちゃんは大地に向かって『大地掘削』の魔法を唱える。おっちゃんは魔法が使えた。どの程度の腕前かといえば、小さな魔術師ギルドのギルド・マスターが務まるくらいの腕前だった。


 おっちゃんの魔法で地面に半径一m、深さ一mの穴を空ける。次いで『固定化』の魔法で、穴が魔法効果時間を過ぎても自然に塞がらないように工夫した。おっちゃんは裸になると、穴の中に装備を全て入れる。


 おっちゃんは次に大きな岩の塊である『大地の精』の姿を念じる。おっちゃんの姿が人間から高さ三mの土と岩の塊である『大地の精』に変化する。


 おっちゃんは人間ではない。『シェイプ・シフター』と呼ばれる、姿を自在に変えられるモンスターだった。土と岩の塊と化したおっちゃんは穴の上に横たわる。そのまま、目を閉じて横になる。大地と同化する。


「雨風が強なるようやし今日は早めに寝ようか。明日の朝になれば雨かて()むやろう」


 風がさらに強くなり、少量だが雨も降ってきた。

 人間であれば、風に飛ばされそうになり、濡れた体からはみるみる体温が奪われていったであろう。だが、一㌧以上の重さのある岩の塊はびくともしない。体の構造が体温を持たない岩なので寒くもない。


『大地の精』と化したおっちゃんは強風と霧雨が降る中、リラックスした気分で眠りに就いた。

 翌朝、日が出る前に目が覚めた。風は止んでおり、雨も止まっていた。


 周囲に人や危険な動物がいない状況を確認すると、人の姿を念じて人の姿を採る。穴の中の服は濡れていなかったので、着替えて荷物を取り出す。


 最後に『魔法解除』の魔法と唱えて穴を塞いだ。日課にしている『通訳』の魔法を唱えてから、保存食と水で食事を摂る。


 おっちゃんは食事を済ませると、道に戻ってサレンキストの街を目指して歩き出した。街道を歩いて行くが、サボテンが生えた荒野ばかりが広がる殺風景な光景がどこまでも続いていた。


「なんか、あまり豊かそうな土地には見えんな。この道は続いているから、どこかには着くやろう。さて、今度はどんな街があるんやろう?」


 おっちゃんが道を歩いていると、背後から頑丈そうな二頭立ての馬車がやってきた。馬車は馬の形をした横幅のある馬型のロック・ゴーレムが()いていた。


 馬車はおっちゃんの横に着くと停止した。人の好さそうな白髪のお爺さんが声を掛けてくる

「おや、あんた、生身で歩いているのかい? 珍しいね。生身で歩くと疲れるだろう。乗っていくかい?」


(生身で歩くのが珍しいって、これはまた変わった言葉やね。それに、お爺さんも普通の人間に見えるから、これまた奇妙や)


「ありがたいですが、馬車はどこ行きですか?」


 お爺さんが柔らかな表情で答える。

「どこ行きって、おかしな内容を聞くね? そりゃあ、街まで行くさ。あんただって街に用事があるんだろう」


「そうですわ。街に行きたいと思っていたところです。ほな、ありがたく同乗させてもらいますわ」


 おっちゃんは馬車に乗って礼を述べる。

「いやあ、サレンキストの人が親切で助かりましたわ。わいの名はオウル。おっちゃんの愛称で呼ばれる外国人の冒険者なんやけどね、サレンキストは初めてなんですわ」


 お爺さんは驚いた。

「あんた、外国人なのかい? もしかして、東大陸のアーベラから来たのかい?」


「ちゃいますよ。わいは、西大陸のガレリアからヤングルマ島を探検に来たんですわ。西大陸人やから、東大陸の内情は、わかりません。堪忍してや」


 お爺さんは思案顔をする。

「そうか。外との連絡が取れるようになった噂は本当だったんだね。いや、驚きだ」


「外国人やと素直に信じてくれますか。マレントルク、アーヤ、ホイソベルクでは外国人と名乗っても、簡単には信用してもらえんかった。海の向こうに人が住んでいると話をしても疑われたからね」


 お爺さんは胸を張って答える。

「私の名はマルティンだ。よろしくな。無理もないね。サレンキストがヤングルマ島で一番進んでいる国だからね。他の国とは情報の精度と伝達速度が違うのさ」


(サレンキスト人は島では自分たちが一番と考えているらしいね)


 マルティンが柔和な顔をして、おっちゃんを見る。

「報道の連中が『もうじき、ヤングルマ島と外の世界が行き来できるようになる』って騒いでいた。だけど、ピンと来なかった。でも、本当だったんだね、いやあ、海の向こうの外国から人が来る時代になるとは驚きだ」


「そうでっか。話が早くて助かるわ。わいの他にも船で着いた人間は大勢いるから、これから、時折、会うと思います。ところで、サレンキストには来たばかりなんやけど、サレンキストって、どんな国なん?」


 マルティンは、複雑な顔をする。

「なんでもある、いい国だと自慢したい。だけど、今は時期が悪いよ。ヤングルマ島は危機的な状況だからね。お宅は巨人の夢について、知っているかい?」


(ほおー、一般人からして巨人の夢について知っているところは、マレントルク国やアーヤ国とは大きく違うね。しかも、こんなお爺さんでも危険な状況やと理解しているとは、少々驚きやね)


 おっちゃんは態度を偽って、陽気な調子を装って聞いた。

「巨人の夢についてはちらっと聞いたけど、あれは嘘でっしゃろ? 目に映る光景が巨人の見ている夢やと言われても、信じられんわ。だって、地面は歩けるし飯は美味い」


 マルティンは真剣な顔をする。

「外国から来たから信じられない態度はわかる。だが、本当だよ。そんで、今は巨人の見ている夢が覚める寸前で、ヤングルマ島が崩壊の危機にあるのさ。サレンキスト政府は国家総動員体制で危機を回避しようとしている」


(一般人の隅まで危機意識が浸透してるんか。しかも、皆でどうにか対処しようとしているところが、他の三ヵ国と大きく違うね)


「なんや、ほんまやったんか。それは、えらい時に来てしもうたな」


 マルティンは、ほんの少し表情を(やわ)らげる。

「そうだよ。でも、きっと大丈夫。我がサレンキストが総力を挙げているんだ。島の危機は絶対に回避できる」


「そうでっか。なら、ありがたいな。それと、一つ質問。さっき、生身がどうのって(おっしゃ)っていましたよね? あれはどういう意味でっか?」


 マルティンが気のよさそうな顔で、得々(とくとく)と語る。

「サレンキストは意識と体を切り離す技術を持っているんだ。そうして、切り離した意識を実体化させる研究にも成功した。『幻影体』と呼ぶんだよ。今こうして話している儂も、体は遠くで寝ているんだよ」


「『幻影体』ね。寝ながら働けるとは、便利な技術ですな」


 マルティンが苦笑いする。

「便利なように見えるけど、不便な点もあるさ。まず、寝ていても体は徐々に弱っていくから定期的に起きなきゃならない。起きるには『目覚めの石』を使うか、『幻影体』を破壊する必要がある」


「なんや? 好きな時に起きられんのか? 不便やね。でも、危険な仕事をするには都合がええね。安全や」


 お爺さんが真剣な顔で告げる。

「そうとも言えないよ。『目覚めの石』で起きるならいい。けど、『幻影体』の破壊で起きる時は危険なんだ」


「そうなん、どう危険ですの? わいには『幻影体』ですら想像が難しいから、危険な度合いがピンと来ない」


「『幻影体』は痛みを感じない。でも、『幻影体』が破壊される時は死の恐怖を感じる。『幻影体』が破壊される時に死の恐怖に耐えられないと、肉体が死ぬ結末だってあるんだ」

「そうなんでっか? それは大変ですな。ええとこだらけの技術やないんやね」


 それからマルティンは、家族の話などを自慢げに話した。

 おっちゃんは話を合わせて聞いた。

(マルティンはんは話好きなんやな)


 夕方になる前に、背が高くて横に広い大きな岩山が見えてきた。


 マルティンが笑顔で告げる。

「見えてきたね。あの大きくて頑丈な岩山の中にサレンキストの街があるんだ。議会や王の館なんかもあれば、公衆浴場や公園なんかもある」


「それにしても大きな岩山やな。高さが五十m、幅は数㎞は、ありますな。あれが丸々街とはねえ。作る時はさぞ苦労したやろうに、いやはや立派なもんや」


 マルティンが自慢する。

「国の首都だからね。立派さ。マレントルクやアーヤにだって負けていないよ。人口はマレントルクやアーヤより少ないけど、人口密度は高くないから快適さ」


 馬車はゆっくりとサレンキストの街へ入る門へと向った。


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