第二百八十二夜 おっちゃんと『光の試練』
翌朝、おっちゃんは最後の『光の試練』に挑むべく、『地下宮殿』に向った。
『暗視』の魔法を唱えて階段を下りる。最後に残った『光の試練』への通路を歩いて行った。
『光の試練』の扉の右にはプレートが設置されていた。
プレートの上半分には文字が書いてあった。
「『光の試練』は最終試練。光が汝の道を照らす」
おっちゃんは他にヒントがないか調べる。だが、目ぼしい物は見当たらなかった。
「第一ヒントのみか。これやと、ちと厳しいな」
おっちゃんは扉を開けようとした。だが、扉は開かなかった。
「おかしいな」と思って扉を見ると、取っ手の上部にパネルがあった。
「『王石』を使って扉を開けるんかな?」
おっちゃんはバック・パックを探って『王石』を出した。
『王石』には五箇所に小さな光りが灯っていた。
「なんや? 『王石』が光っているの。光っている場所は五箇所か。これ、クリアーした試練のあった場所と同じ箇所が光っているんかな?」
『王石』をパネルに翳すと、ドアが開く音がした。
念のために辺りを確認すると、プレートの下半分に小さな文字が出現していた。
「真の光は無我の果てにある。怖れるな」
「重要な第二ヒントやね。無我の果てか? どんな試練なんやろう?」
おっちゃんは、ベルト・ポーチに『王石』をしまって、ドアを開けた。
ドアの先は幅六m、長さ三十m、ドアの入口付近には縦横二mの石の床があるが、それ以外に床はなかった。おっちゃんが石の床に進むと、部屋に灯りが点く。
部屋の天井からは赤、緑、青の光のうち、二つが順番に点滅する。光が地面に向って照射されると、色に対応する、半透明な色が付いた床が現れる。
「これは、あれやな。天井の光に対応する床を踏んで前に進むやつや」
おっちゃんは黙って、光る床のパターンを読む。光る床のパターンを読む作業は、難しくなかった。
「なんや? これだけやと、やけに簡単や。おかしいで。最後の試練が、こんな簡単なわけやない」
おっちゃんは三十m先を見る。
ゴールには、やはり縦横二mの石の床があった。床の上には人が乗れるほど大きな、聖火台のような物体が置かれている。
「あれは、なんやろう?」と考えていると、通路から二m先を照らす光が消えた。
「あかん! これ、時間制限あるやつや」
おっちゃんはジャンプして半透明な床に飛び乗ると、床が消えて落ちないように前に進む。
光の明滅パターンは覚えるに難しくないので、すいすいと進めた。最後の聖火台がある床を踏む。
聖火台に、ちょろちょろとした火が灯る。聖火台の上のプレートに文字が出る。
「今までの成果を示せ。さすれば、聖なる炎は燃え上がる」
おっちゃんは『王石』をベルト・ポーチから取り出すと、聖火台に投げ入れた。
『王石』が熔けると、聖火台から大きな金色の炎が吹き上がった。
おっちゃんは強い熱気に、思わず後ろへさがった。おっちゃんは第二ヒントの無我の果ての意味を理解した。
「これは、あれか? この炎の中に飛び込め、いうんか?」
最後になって決断を迫る選択がきた。もし、おっちゃんの解釈が間違っていれば、焼死は間違いなしだった。
背後を振り返ると、タイム・リミットを知らせるように、照明が消えた闇が迫ってきていた。
「怖れるな」の言葉を思い出す。おっちゃんは覚悟を決めて、炎の中に飛び込んだ。
凄まじい熱さが、おっちゃんの体を襲う。おっちゃんの体は数秒で燃え尽きた。
だが、数秒後に、燃え尽きたおっちゃんの体は入口の部屋に再構成される。
おっちゃんは再構成されても、焼けるような痛みに十秒ほどのたうった。痛みが消えると、顔から脂汗が、だらだらと流れる。
「最後の試練はきつかったで。洒落にならん痛さや」
汗を拭うと、男の声が聞こえた。
「六つの試練を潜り抜けた勇者よ。汝に、巨人の夢に入る資格を与えよう」
おっちゃんは、左の掌に痛みを感じた。掌を見ると、掌には幾何学的な紋章が刻まれていた。
紋章は光るとすぐに見えなくなった。男の声に続いて、ギーザの声がした。
「全ての試練を制覇したものよ。大門を潜り定めの地を目指しなさい」
おっちゃんは独り言ちる。
「ほんま、簡単に言うてくれるで」
『地下宮殿』を出たおっちゃんは、ふらふらしながらハイレの釣り道具屋に向った。
釣り道具屋の鍵は、開いたままになっていた。ハイレは戻ってきていないので、もう一泊、道具屋に泊まった。
眠っていると、意識があるのに体が動かなくなる現象に遭遇した。
誰かが、おっちゃんの枕許に立った。
「六つの試練を制覇した勇者よ。最後に、あの世に旅立つ私の我儘を、聞いてください」
相手から女の声がした。
「巨人の夢には、資格を持つ人間か、その子孫しか入れません。また、誰か常に巨人の夢の中にいなければ、夢は徐々に解除されます。同じ夢を二度も見ることが難しいように、解除された夢の再建は、不可能に近いのです」
女性はユーリアだと感じた。だが、自我を保ったユーリアの声かどうかは、確信がなかった。
ユーリアは言葉を続ける。
「私の夢を継がなくもいい。ヤングルマ島が消えてもいい。ただ、神と呼ばれたあの人に、告げて欲しい。たとえ、会えなくても、私はずっと貴方を待っていたと。貴方の思いを胸に死ねるだけで幸せだったと、教えてあげてください」
「それで、ユーリアはんは、ええの?」
おっちゃんの問いに、ユーリアは答えなかった。
ユーリアの声が終わると、おっちゃんは深い眠りに落ちた。