第二百七十九夜 おっちゃんと外道釣り
ボルポの家で一夜を明かして、ゲタの元に帰った。
ゲタが非常に面白くなさそうな顔をして釣りをしていた。
「どうしたん、全く釣れんの?」
「いや、その逆だ。外道ばかり掛かる」
「目的のもんと違うもんを釣り人は外道いうらしいな。時を釣るのが目的のゲタはんがいう外道って、どんなん?」
「ここの『幻影の池』は魚が掛からないのが気に入っていたんだがな。ほら、また掛かった」
ゲタが不機嫌に答えるとゲタの竿がしなる。ゲタが竿を上げると、体長三十㎝ほどの真っ黒いグロテスクな魚が掛かっていた。
ゲタが魚から針を外して、横の箱を開けると、同じような魚が何匹も掛かっていた。
「うわ、大量やね。でも、こういうグロテスクな魚に限って、身は美味しかったりするんやけどね」
ゲタが不機嫌に答える。
「この魚は『クスクス』と呼ばれていて実際に身は美味いよ。お造りにしても喰えるし、鍋物に入れても美味い」
「そうなんか、美味いなら価値があるんやないの」
「本来はサレンキストの近海でしか釣れない魚だ。サレンキストの人間にしてみれば、非常に美味な高級魚だそうだ」
「そうか。なら、『幻影の池』で獲れた『クスクス』をサレンキストに輸出したらええやないの」
ゲタが「御免だね」の顔をして答える。
「売買する時間があるならここでのんびりと時を釣りたいね。世界の終末が近いなら、好きな釣りをして終わりたい」
「ゲタはんらしいな。どれ、ゲタはんが要らんなら、おっちゃんが貰ってもええか? 美味しい魚いうんなら、どこかで米と野菜を調達してきて鍋料理でも作るわ」
ゲタが遠くを見つめる。
「どうやら、鍋はお預けのようだな」
おっちゃんもゲタが見た方向を見る。すると、キャンプ地にいるはずの人間がやってきた。
「測量班の人間とは違うな。キャンプ地の人間や。名前はリベロやったか。なんぞキャンプ地で異常でもあったんか」
おっちゃんが構えて待つと、リベロが強張った顔で伝える。
「団長、キャンプ地で問題が発生しました。謎の魚を食べた人間が昏睡する事件が発生しました」
「なんや? 魚の毒にでも中ったんか」
リベロが困惑した顔で告げる。
「いいえ。ただ、昏睡するだけなら、毒の可能性を疑ったのですが」
「なに、違うの?」
「その昏睡した人間と同じ人間がキャンプ地に次々現れて、倒れた本人だと主張するんです。もう、なにがなんだか、訳がわかりません」
(これは、あれやな。ヤスミナやイネーフの時と、似た現象やな。でも、サレンキスト製の謎の薬が使われたわけやなく、魚を食べただけ、いうのが奇妙やな)
リベロが切迫した顔で告げる。
「犠牲者があまりにも多いので、セバル船長が、団長に指示を仰ぐようにと判断しました」
おっちゃんが考えていると、リベロが緊迫した顔で魚を指差して声を上げる。
「団長、この魚です。この魚が海で獲れるようになって、食べた人間が昏睡しました」
指し示す方向を見ると、ゲタが釣った魚があった。
「ゲタはん。『クスクス』って、食べると意識が体から抜け出したりするの?」
「『クスクス』の内臓を食べると、昏睡して意識が抜け出すことがあるよ。放っておくと昏睡した体は衰弱して死に至るケースもある。サレンキストでも内臓は食べないからな」
「なんやて? 滅茶苦茶危険な魚やん」
「でも、内臓さえ食べなければいいんだよ。身は淡白なのに、旨みが載って美味しいんだよ」
リベロも同意する。
「確かに魚はすごく美味しかったです」
「状況はわかった。ほな、目覚めの石があれば、昏睡した人間は目を覚ますはずや。昏睡した人間が目を覚ませば、現れたそっくりさんも姿を消す。目覚めの石を採ってくるからちいと待っていて」
おっちゃんはボルポに会いに『幻影の森』に急いだ。
ボルポの家に行くと、ボルポがいた。
「手を貸して欲しい。ボルポはん。『目覚めの石』が欲しいんやけど、手に入らんかな?」
ボルポが厳しい顔をする。
「『目覚めの石』が採れる場所には太古のロック・ゴーレムがいる。危険な相手じゃぞ」
「危険でもなんでも、やるしかない。『目覚めの石』が採れる場所に案内してや」
ボルポに従いて、『幻影の森』を、巨人が眠る山のほうに向かって抜ける。
森を抜けた先は背の高い断崖になっていた。断崖に沿って進むと、ボルポが険しい顔で忠告する。
「ここより先に、『目覚めの石』が出土する地形がある。太古のロック・ゴーレムたちの住処でもある。心して進め」
「わかりました。気を引き締めて進みますわ」
注意して慎重に進む。
『目覚めの石』が掘れそうな場所は見当たらなかった。太古のロック・ゴーレムも現れなかった。
ボルポが不思議そうな顔をする。
「おかしいな。もう、『目覚めの石』が出る鉱石が転がっていてもよさそうなもの。また、太古のロック・ゴーレムもいない状況は妙だな」
「なにか異常が起きとるんやろうな」
そのまま進むと、遮光器土偶に似た高さ三mのロック・ゴーレムの残骸があった。
太古のロック・ゴーレムに違いがなかった。だが、すでに何者かによって太古のロック・ゴーレムは破壊された後だった。
「なんや、太古のロック・ゴーレムが破壊されとる。激しい戦闘の跡もあるで」
ボルポが破壊された太古のロック・ゴーレムの残骸を調べる。
「昨日、今日で破壊されたわけではなさそうだ。だが、用心したほうがよさそうだ」
歩いて行くと、次々と破壊された太古のロック・ゴーレムの残骸があった。
ボルポが眉を顰めて語る。
「誰かが先に来て、この辺りでなにかしていたようだな。太古のロック・ゴーレムとの戦闘を避けられる現状は嬉しいが、『目覚めの石』が採れる鉱石も掘りつくされているのは具合が悪い」
「どこかに、一個くらい残ってないものやろうか?」
ボルポが浮かないかおで声を上げて指を差す。
「一個、あることはあったがかなり高い場所だな」
断崖を上に十五mほど登った場所に、西瓜ぐらいの大きさの黄色く光る石があった。
「よっしゃ。あれなら取れる」
おっちゃんは裸になると、ワイバーンの姿を念じる。おっちゃんは体長四mのワイバーンの姿になると、空に舞い上がり、断崖から突き出す岩を蹴飛ばした。
何度か蹴飛ばすと岩が剥がれて落下した。
落下した岩が下の岩に衝突すると割れて、中から黄色く光る『目覚めの石』が姿を現した。
「ボルポはん、安全な場所まで移動するから背中に乗って」
ボルポが辺りを警戒しながら口を開く。
「うむ、心得た」
ボルポが『目覚めの石』を持つ。おっちゃんは衣服と装備を咥えると、危険な岩場から飛び立った。
『幻影の森』のボルポの家まで飛んだ。家に着くと、おっちゃんは人の姿を念じて、人の姿に戻る。
「ふー、なんとか、危ない目に遭わずに戻ってこられたの」
ボルポがおっちゃんを興味深そうに見る。
「『変化の滴り』を使ったわけではなさそうだな。おっちゃんよ、そなたは何者だ?」
「それは、しがない、しょぼくれ中年冒険者やで。もっとも、人間でもありませんけど」
ボルポが穏やかな顔で告げる。
「どうでもいいか。人間かどうかなぞヤングルマ島では些細な話だ。そら、目覚めの石だ。持っていけ」
『目覚めの石』を受け取ると、おっちゃんはゲタの許に急いで戻った。
リベロに指示を出す。
「よし、『目覚めの石』を採ってきたで。キャンプ地に戻るで。おっちゃんの袖に掴まってや」
リベロを連れて、瞬間移動でマレントルクのキャンプ地に飛んだ。
おっちゃんが帰還すると、セバルがさっそくやって来た。困った顔で告げる。
「リベロから話を聞いたと思うが、十人ばかりおかしな状況になっている」
「ええよ。今から治す」
おっちゃんは昏睡している人間の頭の上に『目覚めの石』を置く。
『目覚めの石』が光ると昏睡していた船員が目を覚ます。昏睡していた人間が目を覚ますと、同じ姿の船員の姿が、ぼやけて消える。
「よししゃ、思ったとおりだ。どんどん起こすで」
おっちゃんは『目覚めの石』を使って、昏睡状態の船員を次々と治療した。
セバルが安堵した顔で告げる。
「ありがとう、おっちゃん。助かったよ」
「勝手がわからない島やから、食べ物にも気をつけなあかんよ。『目覚めの石』は、マレントルクのナディアはんも持っているから、次に間違って喰うた人間がいたら頼るとええわ」
セバルが真剣な顔で頼む。
「おっちゃん、せっかく戻ってきたんだ。今後のことや、これまでのことで報告事項がある。聞いてもらってもいいか?」
「ええよ。ほな、仕事をしてから、戻るわ」
おっちゃんは久しぶりに、書類の決裁や測量の進み具合などの報告を受けて、二日を過した。