第二百七十八夜 おっちゃんとホイソベルクの『幻影の森』
翌日もゲタの許に食事が届けられる。その日は食事の他に酒と唐墨が届いた。
ゲタが当然のように発言する。
「酒と唐墨が届いたか。酒と唐墨はおっちゃんにやろう。好きにするといい」
「ええの。酒もそうやけど、唐墨って高いやろう。ゲタはんが使うたらええのに」
ゲタが飄々とした顔で告げる。
「気にするな。どうせ、どちらも誰かが『幻影の池』で釣った物だ。それに、儂は酒は飲まん。唐墨は、しょっぱすぎて好きになれない」
「飲み食いせんのなら、貰っておくわ。かといって、一人で飲むのも味気ないな」
ゲタが気楽な調子で語る。
「なら、『幻影の森』の魔人に持っていったら、どうだ。ホイソベルクの『幻影の森』に住むボルポは酒好きだし、唐墨も食べるだろう」
「そうか。よい情報を聞いたで。ほな、測量の件もあるから、挨拶に行ってくるわ」
おっちゃんは酒と唐墨を手土産に、『幻影の森』に出掛けて行く。
「ボルポはん、ボルポはん、おられますか」
三十分ほど『幻影の森』を彷徨うと、一人の年取った魔人が姿を現した。
「儂を呼ぶ人間は誰だ?」
魔人の身長は百六十㎝。肌の色が紫で筋肉質の体をしていた。頭からは二本の小さい角が出ているが、片方が折れていた。
魔人は上半身が緑の半袖のシャツを着て、緑の半ズボンを穿いていた。魔人は防具らしい防具をつけず手には短い槍を握っていた。魔人は、ベルポにとても似ていた。
「あれ、ベルポはん、でっか?」
魔人は怪訝な顔をして聞く。
「儂の名はボルポ。神と一緒にこのヤングルマ島にやってきた、古き魔人だ。ベルポは儂の兄だが、兄を知っているのか?」
「わいの名はオウル。みんなから、おっちゃんの愛称で呼ばれる外国から来た冒険者ですわ。ベルポはん、とはアーヤ国の『幻影の森』で会ったんです。せやけど、後から聞いた話だとベルポはんはもう亡くなったと聞いて、不思議に思うとったところですわ」
ボルポは難しい顔をして告げる。
「別におかしな現象ではないぞ。ここは『幻影の森』だ。『幻影の森』は、あの世とこの世の境界にある夢の世界に半分属しておる。伝えたい話があった兄と、会いたがったおっちゃんの波長が合ったために、兄が見えたのだろう」
「そうでっか。ここは不思議な世界やから、そんなことも、あるかもしれませんなあ」
ボルポはジロリと、おっちゃんを見上げる。
「して、おっちゃんとやらよ。正直に申せ。兄のベルポには、認められたのか?」
「へえ、三つの難題を出してもらうて、クリアーしたら色々と教えてくれました」
「そうか。兄が認めたのなら、試しは不要じゃな。儂もおっちゃんを認めよう。それで、何の用で来た?」
おっちゃんは、酒と唐墨を示す。
「これ手土産です。どうか、お納めください。話は森の測量ですわ。島の地図を作ろうと計画しとるんですけど、測量を認めてもらって、ええでっしゃろうか?」
ボルポは顰め面で答える。
「地図を作るか。外国人とは変わった行動をしたがるな。やりたいなら、やるがいい。ただ、地図を作っても、無意味かもしれんぞ」
「それは、ユーリアはんがなくなって、別の誰かが巨人の夢に入った場合、地形が書き換わるかもしれん話ですか?」
ボルポが感心した顔をする。
「なんだ。随分と島の秘密に詳しいな」
「この島でかつて神だった赤髭はんの手によって、この島に導かれたようでしてな。あちこち探検してきたら、色々とわかりました」
ボルポの表情が険しくなる。
「かつて神となった船長が島に戻って来ているところまでも、知っているか。まさか、おっちゃんは巨人の夢を狙っているのか?」
「狙っているだなんて、滅相もない。おっちゃんは単に島を冒険していただけです」
ボルポがムスリとした顔で命令する。
「そうか。だが、そこまで知っているなら、資格たる証も持っているはずだな。見せてみろ」
おっちゃんはバック・パックから『王石』を探し出して見せた。
『王石』を見たボルポが眉間に皺を寄せて口から泡を飛ばして話す。
「なんと、もう五つまで試練を終えているのか。あと、一つ終えれば巨人の夢に入れるぞ。やはり、おっちゃんの目的は巨人の夢か?」
「違いますって。島の真実を追っていたら、偶々(たまたま)こうなったんですわ」
ボルポはジロリとおっちゃんを見てから、澄ました顔で『王石』を返した。
「別に、おっちゃんが巨人の夢に入って島を作り換えてもよいか。どうせ、ユーリアはもういない。ユーリアがいなくなった島には未練もない」
「ボルポはん。島にどうなって欲しいいう願いはないの?」
ボルポが穏やかな顔で語る。
「儂はユーリアと共に充分に生きた。願わくば、ユーリアが造ったこの島が残る未来を望む。だが、ヤングルマ島は儂のものではない。これからを生きる人間が好きにしたらいい」
「サレンキストが島を征服する事態になっても?」
ボルポが面白くない顔で告げる。
「サレンキスト人が島の王になる将来には全く魅力を感じない。だが、それでもヤングルマ島が残るのなら、受け入れてもいい。どうせ、儂もすぐに兄やユーリアの許に行く身だ」
「そうか。ボルポはんの考えは、わかった。ほな、無駄になるかもしれんが、測量には入らさせてもらいます」
おっちゃんは酒と唐墨を渡す。
ボルポは素っ気ない顔で、おっちゃんを誘った。
「一人で飲むのも、味気ない。よかったら、家に来るか」
「そうでっか。なら、せっかくやから、ご相伴に与らせてもらいます」
ボルポの家は『アオハブの木』でできた小さな家だった。
饒舌になったボルポは、ユーリアやベルポの昔話を語った。島の謎を解く上では意味のない話だったが、昔話は素朴で、暖かい話だった。