第二百七十五夜 おっちゃんと『水の試練』
ゲタを探して四日目、おっちゃんは待っていても時間の無駄と思い。『水の試練』に挑む決意をした。『暗視』の魔法を唱えて、石像の台座から地下に下りる。
『水の試練』へと続く通路を進み、扉の前まで来た。扉の右にはプレートがあった。
「正しき道を選べ、さすれば道は開ける」
プレートの反対側の壁は凹んでいた。凹みの中には、鉄の甲冑を着た剣士の像があった。剣士の像は黄金の両手剣を持っていた。
左にあった剣士の像を調べる。黄金の両手剣が像から外せたが、おっちゃんは元に戻す。
「いかにも役に立ちますと主張しているところが罠臭いの。でも、この像がヒントなのは間違いない。なにかあるはずや」
黄金の両手剣の他に外せる品がないか探す。
バケツの形状をしているヘルメットが外せる状況に気が付いた。鎧をあれこれ触ってみるが、ヘルメット以外は外せなかった。
「なんの変哲もない。鉄のヘルメット。これが第二ヒントで、間違いないやろう」
ヘルメットを外して被った。目のところにはガラスが嵌っていた。
「これ、ほんまのバケツとしても使えそうな形状やな」
ヘルメットを脱いで小脇に抱える。ドアを押して開けようとしたが開かなかった。
「うん?」と思い試すと、ドアはスライド式だった。
「なんや? ここだけ、ドアがスライド式か? これも、意味アリげやの」
入口から部屋の中を見る。
部屋は一辺が四mの小さな部屋だった。部屋の奥には左右に二つの扉があった。右の扉には魚の紋章、左の扉には龍の紋章が彫られていた。
床を確認すると、排水口らしき穴はなかった。
天井を見上げる。天井は高く五mはあった。天井には大きな丸い蓋があり、部屋の四隅には小さな穴がある。
「これも読めたで。ここは入ると上から水が大量に入ってくる部屋や。そんで、第一ヒントを頼りに左右どちらかの扉を開けると、即死級のトラップが発動する。扉は二つとも外れや」
部屋に入ると、背後でドアが閉まり、施錠される音が聞こえた。灯が点り、同時に天井の蓋が開いて、大量の水が部屋に入ってきた。
慌てず左右の扉を確認する。扉はどちらもスライド式で、部屋に水が入っても開けられる造りになっていた。
扉から離れて上を見上げる。
「正しい脱出口は上やな」
おっちゃんは部屋の水位が上がってくるのを待つ。水が部屋の半分まで達すると明かりが消えた。
「不安感を煽る演出やね」
天井ギリギリまで水位が上がるまで待つ。ヘルメットの下から気泡が発生した。ヘルメットの中に顔を入れると、ヘルメットの上端からは空気が湧いていた。
(なるほど。水位が上がると、ヘルメットに掛かった魔法が発動して、息ができるわけか)
部屋が水で満たされると、おっちゃんは注水穴を泳いで上に移動した。
五mほど上昇すると上の部屋に出た。ヘルメットを被ったまま、すぐに水から上がらず、ゆっくりと辺りを警戒する。
「カン」と何かがヘルメットに当って弾かれた。すぐに頭を引っ込める。二撃目はなかった。
(ヘルメットを被らずに上がってくると、頭を狙い撃ちされるわけか、安心させておいて隙を突く。トラップの見本みたいな仕掛けやな)
ヘルメットに頭を入れて再び床を確認する。床の一角にボウガンが一張、設置されていた。ボウガンは一張だけだったので、部屋に上がる。
部屋に男の声が響く。
「己を律し恐怖に打ち勝った者よ。そなたには島の真実を知っても耐える資格があると見なす」
部屋に灯りが点いて、出口の扉が照らされる。
出口を出ると、直線で伸びる下り通路があった。
通路の先を進むと、出た先の部屋は六方向に通路が伸びる『地下宮殿』の最初の部屋に辿り着く。
部屋には人がいた。ギーザだった。ギーザはおっちゃんに視線を向けずに黙って、正面のプレートを指差す。
プレートを見ると、内容が変わっていた。大きな樹木と樹木でできた巨人が描かれていた。
ギーザが淡々とした顔で話し出す。
「島の中央にはかつて遺跡があったわ。遺跡には大きな樹木でできた巨人が眠っていた。賢人ホイソベルクと船長の赤髭は夢に入る技術を遺跡で見つけ、樹木でできた巨人の夢の中に入った」
「なんで、あんさんがそんな話を知っているんでっか?」
ギーザはおっちゃんの問いには答えず、淡々とした顔で説明を告げる。
「樹木の巨人は夢の中では島に生える一本の巨木だった。赤髭が巨木に理想とする女性を願い、血を捧げると、ユーリアが現実の世界に現れた」
「なるほど。そんで、赤髭とホイソベルクは、巨人の夢で巨人に願望や夢を託すと、島で実体化すると知ったんやな。それが巨人の夢の正体でっか? でも、望んだものが現実になるなら、魔物も望まれて生まれてきた、いうことでっか?」
ギーザが悲しげな顔でプレートを見ながら答える。
「巨人の夢の中はなんでも受け入れる。不安、恐怖、怒、嫉妬。それらの感情を巨人が読み取ると、魔物の形を採ったのよ」
「なら、願いだけさっさと託したら、巨人の夢の中から出ればええやろう」
ギーザが、悲しみを帯びた表情で説明する。
「出られないのよ。巨人の夢は発動したら、最低一人が巨人の夢の中に残らないと、託した思いは、いずれ消える。赤髭とホイソベルクが外に出るために、二人はユーリアを巨人の夢の中に残すと決めた。赤髭は資格をユーリアに譲渡して、ユーリアに夢に入れる資格を与えた」
「資格ってなんやの?」
ギーザが寂しげな顔で語る。
「巨人の夢に入るには、遺跡に仕掛けられた六つの試練をクリアーした者でなければならない。あるいは、試練をクリアーしたものが資格を渡さなければ巨人の夢に入れない。資格の譲渡は試練を制覇した者同士か、血縁があれば可能よ」
「赤髭はんの血を捧げて誕生したのがユーリアはんやった。せやから、血縁扱いで赤髭はんはユーリアに資格の譲渡が可能やったんやな。ユーリアに子孫はいない。とすると、マレントルクの石巫女が継承者やから、石巫女はホイソベルクはんの血を引いているんやな」
ギーザが黙って『地下宮殿』を出る階段を上がった。
おっちゃんもギーザの後を追い階段を上がったが、外に出たときには、おっちゃんが一人しかいなかった。
「あれ? ギーザはんは、どこや?」
辺りを見回すが、ギーザの姿は見えなかった。ただ、小雨が降りしきる原野が広がっているだけだった。
「ギーザはんは、人ではないのかもしれんな」
おっちゃんは雨宿りをするが、雨はなかなか降り止まなかった。おっちゃんは結局、『地下宮殿』の中で夜を明かした。
寝ていると、意識があるのに、体が動かなかった。おっちゃんは不思議な夢を見た。
おっちゃんは、枝葉を広げた大きな木の前にいた。『願いの木』をずっと巨大にしたような大きな木だった。大きな木が語りかけてくる。
「私の夢は貴方の現実。貴方の夢は私の現実。さあ、私の許に来なさい。私は全てに応えましょう」
おっちゃんは、消えた奥さんであるキヨコとの再会を望もうとした。が、止めた。
「あんさんの現実はわいにとっては、夢なんやろう? なら、願いはない。おっちゃんの夢は、おっちゃんが叶えるさかい必要ない」
おっちゃんが木の言葉を拒絶すると夢から覚めた。
いつの間にか夜は明けており、雨は上がっていた。




