第二百七十三夜 おっちゃんと釣り餌
三日後、おっちゃんは言われた通りにゲタの許を訪ねた。ゲタは相変わらず一人で釣りをしていた。
「こんにちは、ゲタはん。そろそろ時が来たかな?」
ゲタが笑って答える。
「まだ、その時ではない。おっと。そう、がっかりした顔をしなさんな。仲間の身の上が心配かもしれんが、赤髭はきっと無事だよ」
ゲタが釣り竿を上げて、餌箱を開けてから、困った顔をした。
「どうしました?」
ゲタは針に何も付けずに竿を振る。
「餌を切らしてしまったね」
「餌なしで釣れるんでっか?」
ゲタがいたって普通に答える。
「何も釣れないだろうね。でも、まあ、趣味の釣りだから、釣れなくてもいい。どうせ、世界は滅びるんだ。何も釣れなくて、問題ないだろう」
「それやと、味気ないやろう。暇やから釣具屋に行って餌を買うてきましょうか?」
ゲタがのんびりした顔で告げる。
「時を釣る私が使う餌は特殊でね。『骨虫』の屍骸なんだ。たぶん、ハイレの釣具屋には置いていないよ。そうだな、もし、『骨虫』の屍骸を持ってきてくれたら、赤髭に関する簡単なアドバイスを釣り上げてあげよう」
「ホイソベルクじゃアドバイスって、釣れるんやね。もう、ヤングルマ島やから驚かんけど。ほな、『骨虫』の屍骸を探してきますわ」
おっちゃんはないと教えられたが、釣り餌に詳しそうな釣具屋のハイレを尋ねる。
「ハイレはん、こんにちは。ゲタはんが釣り餌を切らしてしまったんよ。『骨虫』の屍骸って、どこに行ったら手に入るかわかる?」
ハイレが意外そうな顔をする。
「珍しいね。ゲタさんが、他人に使う餌の調達を頼むなんて。おっちゃんはゲタさんに気に入られたようだね。でも、『骨虫』の調達は難しいよ。あれは虫より魔物に近いからね。しかも、滅多に湧かない虫だからね」
「湧くとしたら、どこらへんに湧くの?」
ハイレが腕組みして考える仕草を採る。
「守護の泉に湧いて泉を汚染していたけど、泉が涸れると共に消えたからね。守護の泉はあと一つ残っているけど、ここに、いつ『骨虫』が湧くかなんてわからないよ」
(守護の泉に湧く虫ね。そういえば、アーヤ国でも守護の木が虫の害で枯れた話があったね。守護の木に湧いた虫も『骨虫』と同類やったんか)
「情報ありがとうな。助かったわ」
おっちゃんは、ホイソベルクの街の外から『瞬間移動』でアーヤ国まで飛んだ。
アーヤの街の周辺を探ると枯れた守護の木があった。守護の木の周りには無数の白い羽虫の屍骸があった。
(これが『骨虫』の屍骸やろうか)
近くに兵士がいたので確認する。
「すんまへん。この虫の屍骸を持っていっても、ええやろうか? ホイソベルクで釣り餌になるらしいんよ」
兵士が意外そうな顔をする。
「守護の木を枯らした忌々しい虫が魚の餌ねえ。俺は魚じゃないけど、こんな虫を好きこのんで食べる魚の気が知れないよ。いいよ、持っていって。どうせ、この後は焼いて埋めるだけだから」
「ほな、ありがたくいただきますわ」
おっちゃんは町で麻袋を買ってくる。
四十Lが入る麻袋一杯に虫の屍骸を詰める。おっちゃんは虫が詰まった袋を持って、瞬間移動でホイソベルクに帰っていく。
ゲタの待つ『幻影の池』に向う途中で、歩いて来るギーザとすれ違った。
(なんや? ギーザのやつ、ゲタはんが釣りをしている方向から歩いて来たで)
ギーザはおっちゃんと目を合わさずに、そのまま通り過ぎて行った。
おっちゃんはゲタの許に行く。
「ゲタはん『骨虫』を手に入れてきたで、確認してや」
すぐには返事をせず、ゲタが焦点が合わない目をして、池を眺めている。
「ゲタはん?」と再度、声を掛けるとゲタが驚いた顔をしておっちゃんを見た。
「おっちゃんか。いつから、そこに?」
「さっき来たとこやけど、どうしたん? ボーっとして寝不足か?」
ゲタが目を閉じて軽く首を横に振った。
「いや、なんでもない。ちょっと、うとうとしていたのかもしれない」
「そうか、釣りもええけど、大概にな。ほんで、『骨虫』らしき虫の屍骸を仕入れてきたんよ。確認してくれへんか」
ゲタが麻袋を開けて、中から虫の屍骸を取り出す。
「これだ。『骨虫』に間違いない」
ゲタが『骨虫』を餌箱に移そうとして、不可解な顔をする。
「あれ、おかしいな。さっき、全部の餌を使い切ったと思ったんだが、まだ餌箱に虫がたくさん余っている」
「もしかして、ギーザから貰ったんか?」
「ギーザとは誰だ?」と、ゲタが不思議そうな顔をする。
おっちゃんはギーザの容姿について教えた。ゲタは困惑した顔で否定した。
「特徴あるサレンキスト人だな。どこかで見たような気もするが、今日は会っていないな」
(ゲタはんの反応が気になる。せやけど、深く聞いても、無駄やろうな)
「そうか。なら、ええわ。ほんで『骨虫』を持ってきたから、アドバイスちょうだい」
ゲタが気を取り直す。
「そうだな。約束通りにアドバイスをしよう。巨人の夢に興味があるなら、『水の試練』を、神について興味があるなら『火の試練』を、島を救いたければ最低でも両方をクリアーする必要がある」
ゲタは発言した後に首を傾げる。
「あれ? アドバイスに間違いはないんだが、おっちゃんに教えたかった内容って試練についてではなかった気がするな。なんで、試練をクリアーしろ、ってアドバイスになったんだろう?」
「ちょっと、ゲタはん、しっかりしてや」
ゲタが問題ないといった顔で述べる。
「大丈夫だ。アドバイスに間違いはない、はず。試練へ続く地下宮殿へはこの付近にある石像の台座から行ける。入口に鍵は掛かっていないから、問題なく入れるだろう」
(なんか、ゲタはんの態度は妙やな。せやけど、ここいらでまた試練をクリアーしておいたほうがええかもしれん)
おっちゃんは魔力回復のために、その日は休んで、次の日に試練に挑む計画にした。