第二百七十二夜 おっちゃんとゲタの夢
おっちゃんが目を覚ますと、陽は高くまで昇っていた。
ゲタはおっちゃんに構うことなく、釣り糸を垂れていた。ゲタがおっちゃんの背後を指差す。見ると、そこには小さな鍋が火に掛かっていた。
ゲタが穏やかな顔で声を掛ける。
「おっちゃんが寝ている間にマーカスが来てシチューを作っていった。腹が空いているなら食べるといい」
昼食にシチューを食べる。おっちゃんはシチューを食べながら、ゲタと話す。
「マーカスはんを助けて凶龍を倒してきたで。そんで、赤髭はんが心配なんやけど、話してくれる時は、まだ来んの?」
ゲタが飄々とした顔で告げる。
「赤髭の身柄なら心配ない。だが、心配はないといっても不安だろう。そうさな、あと、三日したら、またここに来るといい」
「ゲタはん、ユーリアはんが亡くなった情報を知っとるの?」
ゲタがいたって普通に答える。
「知っているとも。ここでは、未来も過去も釣れるからね」
「だったら、あんまりのんびりしていたら、島が救えなくなるとか、思わんの?」
ゲタが微笑んで質問してきた。
「私は逆に聞きたい。外国から来たおっちゃんは、なぜ島を救いたいと思うのかね?」
おっちゃんは正直に胸の内を語った。
「探検に来た島が、探検を終える前になくなったら、寂しいやろう。それに、ヤングルマ島には友人もできた。友人のために、できるならなにかしてやりたいと思う心は、自然やと思うけどね」
ゲタが表情を曇らせて質問する。
「自然な心ね。でも、島を救う行動は、常に危険を伴う。おっちゃんにしたら、ヤングルマ島は、それだけの価値がある存在なのかね?」
「なにを当然の話をするん。人が住んでいる島やで。価値があるに決まっているやろう」
ゲタは渋い顔をして伝える。
「おっちゃんは島の価値を疑わないんだな。ここがなぜホイソベルク国というか、教えてあげよう。ここは、賢人ホイソベルクが住んでいた場所なんだよ」
「賢人が住んでいた場所ね。それで、それが島の価値となんか関係あるん?」
「ホイソベルクは島の外から来た人間だ。だから、ヤングルマ島の異常性をよく理解していた、危険性も同じく知っていた」
「異常性はわかるけど、危険性ってなに?」
「おっちゃんは、こう考えたことはないかな? 巨人の夢がなんでも叶う魔法の道具ではなく、実は巨人の夢の正体は、恐ろしい兵器ではないか、と」
「兵器やとは考えた過去は、ないな。でも、言われればわかる。凶獣、凶鳥、凶龍。あないな化け物を量産できれば、軍事転用も可能やな。物資が湧くなら、兵站の心配も要らん」
ゲタは沈んだ顔で、考えを語った。
「誰かにとっては夢の道具でも、誰かにとっては、悪夢の兵器工場になりうる。巨人の夢にはそんな危険性が含まれている。なら、いっそ、誰の手も届かない場所に封じられたほうが幸せなのかもしれない」
「ユーリアの夢が終わるなら、悪人の手に渡る前に、島を滅亡させてでも封印したほうがええ言うのが、ホイソベルク人が出した答えいうわけか」
ゲタが真剣な顔で告げた。
「正確には、私と数人の友人たちが到達した答えだ。もし、おっちゃんが島の封印に賛成なら、島を封印して二度と現れないようにする方法を教えよう」
「ずるいで、ゲタはんの考え。ゲタはんがやりたいと思うなら、ゲタはんがやったらええやん。なぜ、おっちゃんに、そんな酷い所業をさせようとするん?」
ゲタが真剣な顔のままで告げる。
「巨人の夢によって創造された私には頭はあっても資格がない。だから、誰かが来たら考えを述べるが、実行はできないんだよ。その点、おっちゃんは違う」
「どう違うん?」
ゲタが真剣な顔のまま語る。
「おっちゃんは神と同じく、ヤングルマ島の外から来た人間だ。これは重要だ。おっちゃんは望めば、王どころか、神にもなれる資質がある。ユーリアを継ぐ者だ。継承者だ」
「残念ながら、ゲタはんは思い違いをしておる。おっちゃんは、おっちゃんや。しがない、しょぼくれ中年冒険者や。それでええ。神様になんて、なりとうは思わん」
ゲタが残念そうな顔をする。
「新たな神となってヤングルマ島を封印して欲しかった。だが、これでいいのかもしれん。私の考えは私の考え。私の夢は私の夢だ。私の夢は人に託す類のものではないのかもしれん」
「すんまへんな。ご希望に添えなくて」
ゲタが表情を柔らかくして述べる。
「何、いいってことだ。私の考えは選択肢の一つとして考えていてくれ。赤髭については知りたければ三日後に来てくれればいい。それくらいの時間では島は滅亡したりはしない」
ゲタは微笑んで告げる。
「やる仕事ないなら、釣りでもして時を待つといい」
「今は釣りをする気分やないな」
「なにもないところだからな。釣り好きではないと暇かもしれんが、ゆっくりしていってくれ」
おっちゃんは食器を綺麗に洗って鍋の横に置いた。おっちゃんはゲタのいる場所を離れた。
(三日後に来い言われてもな。なにをしよう)
おっちゃんは街の人に赤髭について訊いた。だが誰も、赤髭の情報を持ってはいなかった。