第二十七夜 おっちゃんと祖龍戦(前編)
夜が明けた。おっちゃんは一階に下りていった。注文した食事ができるまで待っている。
真剣な顔をしたコンラッドが寄ってきた。コンラッドが淡々とした調子で告げる。
「祖龍討伐に行くパーティが出揃った。『黄金の牙』『雷鳴の剣』『疾風の翼』『蒼天の槍』だ。四パーティは今日の正午に、ダンジョンに突入する」
『黄金の牙』と『雷鳴の剣』がサバルカンドのツートップ。『疾風の翼』は前二つより劣るが優秀な冒険者だと聞いていた。『蒼天の槍』については、実力がよくわからない。
(冒険者は冒険者ギルドに百人以上おる。せやけど、志願した人数は合わせて二十三人か。祖龍相手に戦うには少なすぎる。でも、無理強いはできんな。督戦隊を作って戦わせる真似は、おっちゃんにはできん)
「サバルカンドのために立ち上がってくれて、ありがとうな。指揮を執れと、ギルド・マスターから言われても、おっちゃんには統率力がない。コンラッドさんが冒険者を纏めてくれて助かったわ」
コンラッドが気負った様子もなく喋る。
「礼を言われるまでもない。俺たちは冒険者だ。ダンジョンに入るのも、強い魔物と戦うのも冒険者のサガみたいなもんだ。祖龍は任せろ」
コンラッドは用件を伝えると立ち去った。
おっちゃんは立ち上がり、去り行くコンラッドの背に頭を下げた。
(典型的な冒険者症候群やな)
冒険者症候群とは、ダンジョン・モンスターに伝わる言葉。常に勝利を重ねてきた冒険者が陥る、特有の心理状態。どんな困難でも自分たちなら勝てると信じ、敗北を疑わない。
薬は手痛い敗北だが、死と隣り合わせのダンジョンでは、ほとんどの場合は死なので、付ける薬はない。
(コンラッドは祖龍をどこかで甘く見とる。俺たちなら、祖龍を倒せる思うとるようやな。残念やが、祖龍には勝てん。ほんまなら、止めるのが親切やけど、おっちゃんにはできん。全ては街のためや、堪忍な)
街を救うために犠牲を払わなければならない。ダンジョン側には余力がない。パンドラ・ボックスとて、どこまで役に立つか、不明。ならば、街の人間を代表して、冒険者に犠牲になってもらうしかない。
(冒険者の犠牲は二%の勝率を四%に上げるようなもの。本来は採用したくない策や。けど今は、二%でも勝てる可能性が欲しい。すまんな、コンラッドはん)
朝食に味なんてなかった。冒険者の正午の出立に合わせて、おっちゃんも準備をした。
冒険者ギルドを出る時刻になった。多くの冒険者が見守る中、アリサが前に出る。
アリサは不安を押し殺した顔で精一杯「行ってらっしゃい」の大きな声を掛ける。
おっちゃんは笑って「行ってきます」と声を掛けて、冒険者ギルドを出た。
ダンジョン通りを真っ直ぐ進む。前ほどではないが、街には活気が戻ってきていた。混乱はない。
「平和だな」と誰かが口にする、別の誰かが「明日も平和さ」と返してくる。遊んでいる子供を目にしながら、ダンジョンの入口に到着した。
衛兵が整列して「お気をつけて」と声を掛けてくれた。「ありがとう」と返して、ダンジョンに入った。
モンスターは地下十階に到達するまで、一体も現れなかった。
コンラッドが緊張の篭った声で静かに発言する。
「静かだ。静か過ぎる。何かしらの異常が起きているのは確かだ」
「コンラッドはん、おっちゃんが一緒に行っても、戦力には全然ならん。おっちゃんは、ここで別れる」
コンラッドは自信のある顔で、力強く発言した。
「わかった。祖龍の素材を持って帰るから、待っていてくれ」
コンラッドたち四つのパーティは、祖龍がいる地下十階の外周に入っていく通路に向かった。
コンラッドが見えなくなると、ボス部屋に急いだ。ボス部屋に入り、施錠された状態を確認して、ザサンを呼ぶ。
「おっちゃんです、冒険者の誘導を完了しました」
逆巻く風と共にザサンが現れた。ザサンは鷹揚に頷くと威厳のある声で褒めた。
「よくぞやってくれた、では、我々は高みの見物と行こうか」
ザサンが魔法を唱える。転移用のマジック・ポータルを開いた。
マジック・ポータルを潜った。そこは五十m四方の部屋だった。部屋の中央には直径五mの二つの龍の形をしたリングを持つ、青い球体が浮かんでいた。ダンジョンの機能を維持するダンジョン中枢だ。
ザサンが、おっちゃんと同じ人間大の姿になる。ザサンが球体に命じて「映せ」と命じた。
何もない空間に三m四方のパネルが表示された。パネルには地下十階のダンジョンの地図が描かれていた。
地図の外周には大きな黄色い点があった。そこに向かう、赤い二十三個の点が表示される。
ザサンが説明してくれた。
「黄色い点が祖龍。赤い点が冒険者だ」
黄色い点と赤い点が接触する。
(頑張ってくれ、コンラッドはん)
おっちゃんとて、冒険者に死んで欲しいわけではない。祈りは本心から出たものだ。
おっちゃんの祈りも虚しく、すぐに、四つの赤い点が消えた。一つの赤い点が逃げ出した。
(あ、あかん)と思っている間に、さらに三つ赤い点が消滅する。
じっと画面を凝視した。赤い点はどんどん数を減らして行き。祖龍と戦う冒険を示す赤い点は残り八個となった。八個の点は、間単には消えなかった。
「もしかして、行けるか」と思っていると、一つ赤い点が減った。さらに赤い点が一つ減った。次は一気に三つ減った。また、一つ赤い点が減り。残り二個の赤い点も消えた。
「全滅や」
おっちゃんは、心のどこかで「もしかすると、冒険者がやってくれるのではないか」と期待していた。だが、結果は、おっちゃんが当初、想像していた通りの全滅だった。
ザサンが渋い顔で険しい声を上げる。
「祖龍の動きが変わった。祖龍の経路を予測しろ」
パネルに青い線が現れる。青い線の到達先は、おっちゃんたちがいるダンジョン中枢の部屋だった。
「まずいな。祖龍がここに来るぞ」
ダンジョン中枢を破壊されれば、破壊された時点でダンジョンは崩壊。街は地下に消える。
(感傷に浸る行為は後や。今は、祖龍をどうにかせな)
おっちゃんはバック・パックからパンドラ・ボックスを取り出した。
おっちゃんはパンドラ・ボックスにお願いした。
「こうなっては、パンドラ・ボックスさんだけが頼りや。頼む、祖龍を倒せるモンスターを出してください」
パンドラ・ボックスが赤く光った。空間の裂け目が出現して、モンスターが出現する。
出現したモンスターは、次々と部屋から出て行く。祖龍を迎え撃つべく配置に着いた。
出現したモンスターの数は、十六部隊。
①グレーター・デーモンが十二体。②グレーター・デーモンが十二体。
③グレーター・デーモンが十二体。④ファイヤー・ジャイアントが六体
⑤アース・ジャイアントが六体。⑥フロスト・ジャイアントが六体。
⑦ポイズン・ジャイアントが六体。⑧サンダー・ジャイアントが六体。
⑨ファイヤー・ドラゴンが二体。⑩アース・ドラゴンが二体。
⑪フロスト・ドラゴンが二体。⑫ポイズン・ドラゴンが二体。
⑬ミスリル・ゴーレムが二体。⑭テラー・ドラゴンが一体。
⑮炎の王が一体 ⑯デス・ロードが一体
出現した魔物に、おっちゃんは度肝を抜かれた。
「なんや、このモンスター。強い言うグレーター・デーモンだけで三十六体。上位巨人種が三十体に、軍隊に匹敵するドラゴンが八体。超兵器のミスリル・ゴーレムが二体。テラー・ドラゴン、炎の王、デス・ロードいうたら、ダンジョンの最終防衛ラインにいる奴やぞ」
パンドラ・ボックスから自慢する声が聞こえる。
「どうでしょう。すごいでしょう。やるでしょう」
「ほんま、パンドラ・ボックス様様やで。行ける。これなら、大国にだって喧嘩を売れる水準や」
おっちゃんは気が大きくなった。おっちゃんはパネルを見て叫ぶ。
「さあ、来い。祖龍。この十六段構えの陣を敗れるもんなら、破ってみい」
パネルから部隊①が消えた。「なに」と思っていると②、③の部隊も消滅する。
「馬鹿な、グレーター・デーモンが足止めにもならんやと」
祖龍を表す黄色い点がモンスターを示す青い点と接触する。次々、青い点が消えていく。
おっちゃんが目を剥いて見るが、どんどん青い点が消えていく。
「あわわわ、第八部隊まで全滅や」
ザサンは何も言わない。パンドラ・ボックスも黙った。
「ちょっと、パンドラ・ボックスはん、もっとモンスター出して、強いの出して」
パンドラ・ボックスがおどけた口調で発言した。
「それは、無理かな。魔力を全部、使っちゃった」
パンドラ・ボックスが当てにできないと知った。
パネルを見る。いつのまにか、⑫の部隊まで全滅していた。
「落ち着け、おっちゃん。いくら祖龍いうても、ここまで無傷で来ているわけやない。ここからは洒落にならん実力の奴らや、きっと止めてくれる」
⑬部隊が消滅した。
「超兵器がー」の、おっちゃんの叫びが木霊する。
⑭部隊と祖龍が接敵した。祖龍の進軍が止まった。
おっちゃんは自分自身に言い聞かせるように言う。
「そうや、ここから、実質ボス・ラッシュの三連戦や。ここから辛ろうなるはずや。テラー・ドラゴンいうたら、ゴールド・ドラゴンに次ぐモンスターや、そう簡単には負けん」
はらはら、しながら、パネルを見ていると、⑭の部隊が消えた。誰もが無言になった。
祖龍が⑮の部隊が待っている場所に進む。
「勝ってください」と勝利を祈り、固唾を呑んで見守る。⑮の部隊がパネルから消える。
ザサンが事も無げに発言する。
「すまん。急に用事を思い出した。ちょっと出掛けてくる」
「ちょっと、ザサンはん、ダンジョン崩壊の危機より重要な用事って、なに?」
おっちゃんの声に耳を貸さずザサンは『瞬間移動』で消えた。現場から責任者が逃亡した。
パンドラ・ボックスに視線が移った。パンドラ・ボックスが逃げるように発言した。
「これね、無理だわ。契約解除ってことで、帰りますね。残っているモンスターは違約金代わりに置いてくから、好きに使ってください。それじゃあ、また生きていたら、会いましょう」
「ちょっと、待ちや、パンドラ・ボックス。おっちゃんの願いを叶えろや。祖龍を倒せるモンスターを置いてけや」
おっちゃんの言葉を無視して、パンドラ・ボックスも消えた。ダンジョン中枢には、おっちゃんだけが残された。