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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ヤングルマ島【ホイソベルク国】
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第二百六十九夜 おっちゃんと諦めた街

 夜が明けかかる頃に直径二十mの池の(ほとり)で釣りをしている一人の男性がいた。

 男性の身長は百七十㎝。男性は裸で椅子に座っていた。歳は四十三と、行っている。丸顔で無精髭を生やしており、頭頂部が少し薄い。おっちゃんと名乗る冒険者だった。


 釣り竿が(しな)る。おっちゃんは竿を引く。力強い手応えがある。相手はかなりの大物だった。油断すると竿ごと池に吸い込まれそうになる。


 一分ほど力比べを続けた。そのうち、大きく黒い魚の頭が水面に姿を現す。

 魚はおっちゃんのいる岸に寄って来た。岸に魚が到達すると、魚から生えている大きな人の腕が岸を掴む。そのまま魚が陸に上がってきた。


 魚には太い脚が付いていた。魚は体に人間のような手足が生えた魔物だった。魚の魔物は筋肉質で身長は二mを越えていた。


 おっちゃんは竿を捨ててすかさず十mほど後退する。魚の魔物は威圧するように肩を怒らせ、おっちゃんに近づく。

 魚の魔物がゆっくりと近づいてきた。おっちゃんを見下ろして、おっちゃんの頭に手を伸ばす。


 おっちゃんの体が急に膨らむ。おっちゃんの口に牙が生えた。十秒も掛からずに、おっちゃんは身長三mの岩の肌をもつ筋肉の塊であるトロルになった。


 おっちゃんは人間ではない。『シェイプ・シフター』と呼ばれる姿形を変化させられる能力を持ったモンスターだった。

 今まで見下していた相手に、急に見下ろされた魚の魔物の顔に、焦りの色が浮かぶ。


 おっちゃんは相手が怯んだ隙に組み付いて、魚の魔物を投げ飛ばした。魚の魔物が慌てて立ち上がろうとした隙に『朦朧(もうろう)』の魔法を掛ける。


 おっちゃんは魔法が使えた。腕前はかなりのもので、小さな魔術師ギルドのギルド・マスターが務まるほどだった。

『朦朧』の魔法でふらふらになった魚の魔物の頭に目掛けて、大きく振りかぶった一撃をお見舞いする。


 身長三mの筋肉の塊から放たれた岩の拳が魚の魔物の脳天を直撃した。魚の魔物はその場で倒れて動かなくなる。動かなくなった魚の魔物から黒い靄が立ち上ると、宙に溶けるように消えた。


 おっちゃんは人の姿を念じて人に戻る。おっちゃんは離れた場所に隠してあった装備を出す。

 下着を身に着け、厚手の青い服を着る。服の上から革鎧を着て、腰に細身の剣を()いて、いつもの冒険者の格好に戻った。


 おっちゃんに近寄ってくる人がいた。身長はおっちゃんと同じくらいだが、体型は痩せ型。上半身には簡素なクリーム色のシャツを着て、上から釣り用のベストを着用していた。下は丈の短いズボンに、ブーツを履いていた。釣り人の格好だった。


 近寄ってきた人間の顔は人ではなく、老いた白鷲の顔をしていた。体は羽毛で覆われているが、羽はない。ホイソベルク人であり、賢人と称されるゲタであった。


 おっちゃんは機嫌よく、仕事の首尾を報告する。

「ゲタはん。池を荒らしていた魚の魔物を退治したで」


 ゲタが気楽な顔で尋ねる。

「おっちゃんは、ホイソベルクが初めてだと話していたね。『変化』の魔法を唱えた形跡もなかった。なら、どこで、『変化の滴り』を手に入れなさった?」


「そんな便利な道具は、使うておらんよ。ゲタはんには教えるけど、秘密してな。おっちゃんは人間やないねん。変身能力がある種族やねん」


 ゲタは得心がいった顔をする。

「なるほど。となると、ヤングルマ島の人間ではないね。マレントルク王の書状にあった、外国から来たとは、本当の話だったのか」


「話が早くて助かるわ。おっちゃんは外国から、ヤングルマ島を探検に来たんよ。それで、できればホイソベルク国の測量を許可が欲しい。誰に許可を貰ったらええかな?」


 ゲタが穏やかな顔で告げる。

「許可なんて必要は全然ない。したければ、勝手にしたらいい。ホイソベルクにはマレントルクやアーヤのように王はいない。役人もいない。国とは呼ばれているが、今のホイソベルクには統治機構は、もう存在しない。逆に許可を求めれば、求められたほうが困るだろう」


「そうなんか。なら、住民の邪魔にならないように測量させてもらうわ」


 ゲタはおっちゃんが座っていた椅子に座った。釣り道具を出して、釣りを開始する。

「なあ、ゲタはん。ホイソベルクについて教えてもらっても、ええか?」


 ゲタが、のんびりとした顔で語る。

「私にわかる範疇で、かつ私が教えたい範囲の答えでいいならね。だが、まず、おっちゃんはホイソベルクの街を一通り見てきたほうがいいだろう。街の中心にあるのが釣り道具屋だ。あっちにある」


 ゲタは気楽な顔をして街の南側を指差した。

(質問は後にせいと言うなら、まずは従ってみるか。そのほうが、早いのかもしれん)


 おっちゃんはゲタの勧めに従い、釣り道具屋を目指した。

 移動していくと、平屋建ての木造民家が見えた。民家は密集することなく、池の(ほとり)に建っている。


 ホイソベルクには至る所に小さな池があった。小さな池からは神秘的な靄が発生していた。

 朝夕に靄が発生する池があるので、付近の視界はあまりよくない。池の周りでは男女を問わず釣りをしていた。


 ホイソベルク人は、おっちゃんの姿を見ても、特段に気に留めない。

(なんや。あまり関心がないみたいやな。それにしても、子供の姿が見えないとは、ちと異常やで)


 子供はいないが、ロック・ゴーレムの姿は、頻繁に視界に入った。

 歩いていると、苔むした岩でできた、人間サイズのロック・ゴーレムが見えた。ロック・ゴーレムは道を掃除したり、草毟りをしたりしていた。

 薪を割るロック・ゴーレムや、家の修理をするロック・ゴーレムの姿も見えた。


(街の中央に釣具屋があると教えられたけど、肝心の街がないで。池の周りに民家は建っていた。道もあったけど、街と呼ぶには、なんの施設もなければ住宅も少ない。ここ、本当に街なんやろうか?)


 歩いて行くと、集会場と釣具屋が見えてきた。


 釣具屋の前まで来ると、釣具屋から一人の女性が出てきた。年齢は二十代後半、身長は百七十㎝。赤みがかった黒い髪で、色白の肌をしていた。


 目つきは険しく、黒のコルセット・ベストを着て、黒いズボンを穿き、右肩の上に紋章のような刺青(いれずみ)をしていた。


(なんや? サレンキスト人が釣具屋になんの用やろう?)


 おっちゃんは女性とすれ違いに釣具屋に入る。

 釣具屋のドアを開けると、年をとったホイソベルク人の男性店主が店にいた。

「すんまへん、ちょっとお尋ねします。釣り道具屋さんが街の中心にあるって聞いたんやけど、街の中央の釣り道具屋って、ここで合っていますか?」


 店主が気軽な態度で応じる。

「そうだね。街に釣り道具屋は一軒しかないから、ウチで合っているよ。それで、ご用件は何? 釣り竿とエサが欲しいのかい」


「今はまだ必要ないですわ。でも、ホイソベルクの街って城壁もなければ、商店もないんですね」


 店主が昔を懐かしむ顔で答える。

「昔は色々とあったんだよ。でも、いつからか、色々な店がなくなっていったな。人が住まなくなった家はロック・ゴーレムが解体しているから、家も少なくなった。今、人口は千人を切ったと思うよ」


「そうなんでっか。失礼ですが、過疎の街ってやつですか?」


 店主が当然だの顔で答える。

「過疎っていうより、巨人の夢の終わりに向けて街を畳んでいる最中かな。世界の終わりは近いだろう。世界が終わるのに、街を広げる意味はないからね」


(ホイソベルク人の間では巨人の夢の知識があって、世界の終わりが近いは共通認識なのかな?)

「店主さん。巨人の夢について、御存知なんですか?」


 店主が寂しげな表情をする。

「詳しくは、知らない。だが、残っている街の人間はなんとなく知っているよ。世界の終わりは近い、ってね。世界が終わる未来は嫌だけど、こればかりは仕方ないよ」


「釣具店しかないと、生活は不便ではないですか?」


 店主が淡々と告げる。

「日々の糧は『幻影の池』からの釣りで得られる。必要な日用品は終末に向けて各家庭でストックしてあるから、それほど困らない」


(マレントルクが『産岩』。アーヤは『始祖の木』。ホイソベルクは『幻影の池』で、必要な品が手に入るんか)


「でも、商店がないと急に何かが必要になったら困りますやろう」

「困ったら、街の倉庫に行けば、使わなくなった物が貯まっている。だから、新品に(こだわ)らなきゃ、事足りるのさ。欲しい物があるなら、あんたも勝手に持って行けばいい」


「あと、子供の姿が見えないんやけど、ホイソベルクには子供って、おらんの?」


 店主がいたって普通の顔で告げる。

「そういえば、子供が生まれた話は聞かないね。終末を受け入れたくない若い連中は、サレンキストに行ったからね」


「なるほどね、それで子供がおらんのか」

「サレンキストに行けば子供もいるかもしれないが、ここはもう、ヤングルマ島の終末を受け入れた老人がほとんどだよ」


「そうでっか。老人ばかりとは寂しいですな」

(以前、シャイロックが「ホイソベルク人は無関心や」と口にしとったのは、こういう事情か。ホイソベルクの街の人間は未来を諦めるとるんやな)


 店主がしみじみとした顔で告げる。

「賢人ホイソベルクは出生に関わる独自魔法を持っていた、なんて話があってね。昔は産み分けをして男の子を欲しがる人が訪れたりもした。だが、今は、そんな人もいなくなった」


「産み分けの魔法ねえ。子供なんて、生まれてしまえば、可愛い者やと思うけどなあ。あと、一つ、ええですか? さっきサレンキスト人の女性が店から出てきましたが、さっきの女性も、釣り客でっか?」


「ギーザさんのことかい」と口にして店主は首を傾げる。

「あれ、確かに来たんだけど、何を話したか、覚えていないな。まあ、大した用事じゃなかったんだろう。サレンキストから時々、釣り客が来るから釣り人だろうね」


(さっきの女性は、ギーザいうんか。釣り道具は持っておらんかったな。立ち姿は、さまになっとった。あれは、かなりできる奴やで。サレンキストの間者ではないんやろうか?)


 おっちゃんは礼を言うと釣り道具屋を出、町を一通り見て歩く。

 舗装された道はあるので、かつて街だった場所は、だいたいわかった。街だと思って歩くと、昔は人口が五千人規模の街であった事実が窺えたが、今は街の面影は、ほとんどなかった。


 一日掛けて探索を終えたおっちゃんは、適当な場所で眠り、一夜を明かした。


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