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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ヤングルマ島【アーヤ国】
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第二百六十五夜 おっちゃんと魔人ベルポ(後編)

 翌日、おっちゃんはマナンに酒のつまみになる料理を作ってもらう。

 麦酒を瓢箪(ひょうたん)に詰め料理を重箱に入れて、夜にベルポの許を訪ねた。


『幻影の森』に入ると、一瞬だが頭痛がした。

 ベルポの家のドアを叩くと、不機嫌な顔のベルポが姿を現す。


 おっちゃんは丁寧な態度で挨拶して、麦酒の入った瓢箪と料理の入った重箱を差し出す。

「先日はお世話になりました。これは、ほんのお礼の品です。お納めください」


 ベルポが酒の入った瓢箪の口を開けて匂いを嗅ぐ。ベルポの表情が幾分か(やわ)らぐ。

「ほほお、麦酒か。それに、こっちは酒のつまみの料理か。手土産(てみやげ)を持参とは心得ているな」


 ベルポがムッとした顔に戻って勧める。

「狭い家だが、上がっていくか」

「ありがとうございます」


 おっちゃんの持って来た酒と肴で酒宴が開始される。

 酒が入るとベルポの態度が一段と和らかくなる。マナンが作ってくれた料理が麦酒と合う料理だったので酒が進む。


 ベルポの紫だった肌が赤くなる。ベルポは酒にそれほど強いわけではなかった。酔うとベルポは上機嫌になった。


 おっちゃんはベルポに尋ねる。

「ベルポはんはこの島に住んで長いんですか?」


 ベルポが機嫌よく教える。

「長いどころか、このヤングルマ島ができた時からこの島に住んどる。今から三百年くらい前になるかの。仲間たちと船長がこの島に辿り着いたのは。着いた時には、この島は高い断崖の上にある遺跡しかなかった」


(お、これは、ええ感じやね。色々と聞けそうな雰囲気や)

「そうでっか。それはまた、たいそうな昔ですな。人生の先輩の話は実に聞き応えがあります」


 おっちゃんがおだてると、ベルポが気を良くして話を続ける。

「船長と儂らは遺跡を探検して、巨人に辿り着いた。船長は眠れる巨人の力を使い、遺跡を中心に思い描いた空想が実現する力を手に入れたのだ。それで、この島を創造したのだ」


(巨人の見る夢は、眠っている間に見る夢やなく、現実に望むほうの夢やったんか。巨人もイメージ的な言葉で、大きな力を意味しているだけかもしれん。でも、まだわからんで、この島は謎だらけや)


 ベルポが満足気に頷く。

「力を手にした船長はヤングルマ島の神になったのだ」


「そうでっか。それは凄い冒険やったんやろうな。おっちゃんも憧れるわ。そんで、神になった船長はユーリアを創造したんでっか」


 ベルポが気を大きくして告げる。

「そうじゃ。ユーリアは船長の思い描いた理想の女性だった。ユーリアは実に優しく、利発な女性だった。神となった船長はこの島にマレントルク、アーヤ、ホイソベルクを作り、余った土地を南に置いた」


「その、南に住みついた人間がサレンキスト人ですか」


 ベルポが表情を歪める。

「サレンキスト人は島に眠る巨人の力を求めて、我らの後からやってきた。そうして、神と争い、敗れた。敗れたサレンキスト人は国に戻れなくなった。だが、神の慈悲により島の南に居住を許された」


(そんな歴史があるんやな)

「争いに勝った神はどうしました? まだ、健在ですか?」


 ベルポは寂しげな顔をする。

「神はユーリアに手に入れた力を渡すと、ヤングルマ島を去った。魔人の中には神に従いて島を出る者がいたが、儂と仲間たちはユーリアと共に残った」


(人間が神の住む山と呼ぶ経緯は神が去った過去を知らなかったからやな。魔人が巨人の眠る山と呼ぶのは、なんか知らんが大きな力が眠っているからか)


「そうでっか。そんで、ユーリアはんは今はどうしているんですか?」


 ベルポが悲しみの篭った顔で短く告げる。

「死んだよ」

「それじゃあ、願ったものが現実になる力はどうなっているんですか?」


 ベルポが淡々とした顔で説明する。

「心臓が止まっても、脳はすぐには死なない。巨人の中に入ったユーリアの心臓が止まっても、すぐに力は消えない。まだ、巨人の夢は解除されない。だが、もうじき、巨人の夢が解除される」


 ベルポが酒を(あお)って興味なさそうな顔で告げる。

「サレンキストは、その瞬間を狙って巨人に自らの夢を叶えさせようと画策している。愚かな考えだ。妥当な後継者はマレントルクにおるのに、だ」

「なんで、マレントルクの王様には継承が可能なん?」


 ベルポが真剣な顔で伝える。

「力を解明した者の正統な血統だからだ。ただ、神からユーリアに受け継がれた力はユーリアが誰に渡すかを選択できる。ユーリアが誰に渡すかはわからん」


「もしかして、『王石』を持つ人間がユーリアの子孫でっか?」


 ベルポが怪訝な顔で尋ねる。

「『王石』とは、なんだ?」

「知らんの。王たる資格者の前に現れる石で、捨てても戻ってくる不思議な石です」


 おっちゃんがバック・パックを探ると、『王石』が出てきた。

「あった。これですわ」と、おっちゃんは『王石』を見せる。


 ベルポは『王石』を眺めながら、平然とした顔で語る。

「これか。これは、神職の資格証だな。巨人に会うに足る人間の証だ。王や継承者の資格とは全く関係ないぞ」


(『王石』が王様を決めるんやなくて、ほんまは神官を決めるとなると、マレントルクでは役割が逆転した可能性があるな。マレントルクの神職がユーリアの子孫なら、まさか、サリーマかヤスミナが、次世代の継承者なんやろうか)


「ちなみに、ユーリアの夢を誰も引き継がない場合は、どうなるんですか?」


 ベルポが当然だとばかりに告げる。

「島の独自性は失われる。『産岩』からなにも生まれず、『始祖の木』も枯れる。数年を掛けて、断崖の上に遺跡しかない、本来の姿に戻るじゃろう」


「ほな、誰かが引き継いだ場合はヤングルマ島は続くんでっか?」


 ベルポが眠たそうな顔で告げる。

「残念だが、この島の秘密を解明した人間は神と賢人ホイソベルクのみだ。神と賢人ホイソベルクにしか、結末はわからない」


 ベルポはそのまま酔いつぶれて眠りそうだったので、急いで確認する。

「ベルポはん、『始まりの鉱泉水』は、どこでっか?」


 ベルポが台所の一角にある小さな瓶を指差す。そのままベルポは酔いつぶれて眠った。

『幻影の森』を出る時に、またズキッとした頭痛を感じた。だが、特に気にしなかった。


 おっちゃんは『始まりの鉱泉水』を持って街に戻った。

 お城に行って、チョルモン王に面会を願い出た。

「『願いの木』を復活させられる『始原の鉱泉水』を持ってきました」


「まことか」と、チョルモンは大いに喜び、おっちゃんを中庭に連れて行く。

おっちゃんが『始まりの鉱泉水』を『願いの木』に掛けると、小さな芽が『願いの木』から飛び出した。


 チョルモン王は跳び上がらんばかりに喜んだ。

「やったぞ! 木から新芽が出た。時間は掛かるが、これで『願いの木』は再生するだろう。ありがとう、おっちゃん」


 おっちゃんは『願いの木』から新芽が出ても、気分は晴れなかった。

(『願いの木』から芽は出た。でも、島が崩壊すればそれまでや。ヤングルマ島は、どうなるんやろう?)


 翌日、おっちゃんは麦酒と料理を持って、再び『幻影の森』を訪れた。

 ベルポの家があった場所に行くが、家がなくなっていた。

「あれ、場所を間違えたんやろうか?」


 森には同じような場所が多い。場所を間違えたのだと考え、ウロウロ徘徊(はいかい)していると、エルチャと遭遇した。


「エルチャさん。ええところに。ベルポはんの家を探しとるんやけど、もう一回、教えてもらって、ええかな?」


「ベルポって誰よ?」とエルチャが怪訝そうな顔をする。

「ベルポはんは、ベルポはんや。先日、エルチャが紹介してくれたやろう。偏屈(へんくつ)な魔人がおるって。年を取って、角の片方が折れている魔人さんよ」


 エルチャがツンとした態度で教える。

「ベルポって名前の魔人はいたわよ。でも、ベルポは一週間前に老衰で亡くなっているわ。それに、おっちゃんをベルポに紹介した記憶はないわよ。夢でも見たんでしょう」


「そんなわけないよ。ちゃんといたよ。ベルポはん」

「とにかく、私は知らないわよ」


 エルチャは、つんとした顔をすると去って行った。

 街に帰ってお城に行く。

「『願いの木』を見せてください」と頼む。


 中庭に通された。中庭にある『願いの木』からは、きちんと新芽が出ていた。

「やっぱり、芽が出とるな。エルチャさんは、なんでベルポはんが亡くなっているとか、紹介していないって答えたんやろう?」


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