第二百六十四夜 おっちゃんと魔人ベルポ(中編)
おっちゃんは家の前まで進んで、ドアをノックする。
「御免ください。ベルポはんはいますか。オウルといいます。『始まりの鉱泉水』を、わけてくれませんか」
おっちゃんは頭痛のようなものを感じた。痛いと思うと、背後から急に声がした。
「儂なら、お前の後ろだ」
一人の魔人がいた。魔人の身長は百六十㎝。肌の色が紫で筋肉質の体をしていた。顔に仮面をしているが、頭からは小さい角が二本、出ている。角の片方は折れていた。
魔人は上半身が裸で緑の半ズボンを穿いていた。魔人は防具らしい防具をつけず、手には短い槍を握っていた。
(さすがは、最強の魔人やな。背後を取られたが全く気配を感じなかったで)
おっちゃんは向き直ってお辞儀をする。
「わいはオウルいう冒険者で、島の外から来ました。故あって、アーヤ国にある『願いの木』を復活させるために『始まりの鉱泉水』を探しています」
ベルポが腕組みして、おっちゃんの顔を覗き込む。
「名前はオウルというのか? おっちゃんではないのか?」
(あれ、おっちゃんの素性を知っとるのか、誰に聞いたんやろう)
「おっちゃんは、愛称です。呼びやすいんでしたら、おっちゃんと呼んでください」
ベルポが仮面を上げる。ベルポは髪も眉も髭も真っ白な老人だった。ベルポが難しい顔して告げる。
「そうか。やはり、お主が、おっちゃんか。見るからに、おっちゃんだ。なれば、問題ないのかもしれない。ちょっと待て。今、詳しく調べる」
「調べるって、なにを?」
「ハオワーホエ」とベルポが掛け声を掛けてから、意味不明な呪文のような言葉を唱えて、おっちゃんの周りを踊りながら廻った。
(なんや、この魔人? なにがしたいんや? なにを始める気なんや?)
ベルポがおっちゃんの周りを三周ほど廻ってから、踊りを止めた。ベルポが厳かな顔で独り感想を述べる。
「なるほど。そういうわけか。おっちゃんは神の遣いか。しかし、解せない。何ゆえ神は、この者を遣わせたのか。まさか、この者に島の運命を決めさせる気ではあるまいな」
「あの、すんまへん。神の遣いって、なにを意味しているんですか?」
ベルポが険しい顔で発言した。
「御主は知らなくていい。どうしても知りたいなら、『始まりの鉱泉水』を諦めてくれ」
「なら、知らんくてもええですわ。必要な物は『始まりの鉱泉水』や」
ベルポが真剣な顔で、おっちゃんに向き合う。
「よし。なら、儂が今から三つの難題を出す。全てをクリアーできた時には、『始まりの鉱泉水』をやろう。最初の難題だ。儂の嫌いな食べ物を当ててみろ」
(漠然とした問題やけど、これは、あれかな? ポッペはんが、魚が嫌いな魔人がおる、言うてたな)
「もしかして、海で獲れる魚でっか」
ベルポが眉を吊り上げて、難しい顔をする。
「アーヤ人のヒントもなしで、なんで正解がわかった」
(ヒントがアーヤ国のどこかにあったんか。アーヤ国で情報を探ってここに戻ってくる展開が正しかったんやね。謎懸けをショート・カットしてもうたな)
ベルポが気を取り直した顔をして口を開く。
「まあ、よい。ならば、次ぎの難題だ。おっちゃんよ馬になれ。いっておくが、馬の真似をしろと命じているのではない。馬そのものになるのだ。できるかな?」
「はあ」と、おっちゃんは答えて裸になる。おっちゃんは馬の姿を念じて、馬になった。
「これでよろしいでっか」
ベルポが目を見開いて驚いた。
「ホイソベルク人の助けがないのに馬になるとは、どうなっているんだ」
(二問目は、ホイソベルクでなんらかの魔道具を手に入れて戻ってくるのが正しかったんやね。また、謎懸けを潰してもうたな。なんか、悪いな)
「すんまへんね。おっちゃんは生まれついての『シェイプ・シフター』やから、馬になれるんですわ。ホイソベルクには後から行くので、ここは、おまけでOKにしてもらえまへんか」
「むむ」とベルポが腕組みをして険しい顔をする。
「よし、いいだろう。次ぎは、最後の難題だ。儂に空を飛ばせろ。念を押しておくが、儂に触れてはいかん。さあ、どうする?」
おっちゃんは人の姿になり、着替えながら思考する。
(これは、簡単やね。難題がヤングルマ島に関係する話みたいやから、残りはサレンキストかマレントルク。マレントルクといえば、浮遊石やから、ここは、空飛ぶ靴が正解やね)
「ちょっと待っていてください」
おっちゃんは『瞬間移動』の魔法でマレントルク郊外に飛んだ。そこから、以前に靴を注文した職人の家に行く。
「こんにちは。お土産用に頼んでおいた靴やけど、できてる?」
「できてるよ」と職人が機嫌よく答える。
おっちゃんは靴を貰うと、他人目に付かない場所からベルポの許に『瞬間移動』で戻った。
ベルポに靴を差し出す。
「マレントルクの、空を飛べる靴を持ってきました」
ベルポが怒った顔をする。
「なんなんだ、お前は。難題を解くのが早すぎるぞ。ほんとうはもっと、どの難題も日数を掛けて解くものだ。それを、一日も掛からずに解きおってからに、難題を作る者の立場も考えろ」
「そうは仰ってもねえ。できてしまったわけですから、難題クリアーいうことで『始まりの鉱泉水』を渡してもらえませんやろうか」
ベルポは靴を突き返して。憤然とした顔で答える。
「いいとも。ああ、いいともさ。『始まりの鉱泉水』を汲んできてやるから、明日の夜にもう一度ここに来い」
おっちゃんは『幻影の森』を出るときに再び頭痛のような感覚を味わう。
「なんやろう、この痛み? 偏頭痛やろうか?」




