第二百六十三夜 おっちゃんと魔人ベルポ(前編)
『悪意の霧』が去っても用心のために、二日ほどアーヤ国を見て廻った。だが、異常は見当たらなかった。
お城に残っていた官僚や軍人も、安全だと判断したのかチョルモンを迎えに行く。
『悪意の霧』が去ってから五日後、チョルモン一家は、お城に戻ることができた。チョルモン一家が戻ってきた翌日におっちゃんはお城に呼ばれた。
謁見の間にはチョルモン王とイネーフとバトウが揃っていた。
チョルモン王が改まった態度で礼を述べる。
「おっちゃんよ。今までの非礼の数々を許して欲しい。おっちゃんがいなければ、王妃や王子の命も危なかった」
「おっちゃんは、未来志向の人間やさかい、昔の出来事はあまり気にしません。それより何より、また親子三人が仲良く暮らせて、よかったですな」
チョルモン王が柔和な顔で訊く。
「そう言ってもらえると嬉しい。さて、今日、呼んだのは他でもない。おっちゃんに褒美を取らせようと思う。なんなりと申し出るがよい」
「そうでっか。では、アーヤの街とその周辺の測量も認めてもらってもよろしいでしょうか」
チョルモンが機嫌もよく請け負った。
「測量は構わない。それで、他には何がいい?」
「ほな、ガレリア国王への親書とマレントルク国王への返事の手紙を書いてもらっても、よろしいでしょうか」
「わかった。他には何が欲しい? もっと色々あるだろう。欲しいものを何なりと申すがよい」
「それで、充分ですわ」
チョルモン王はいささか拍子抜けした顔をする。
「そうか。欲のない男だな。では、また何か、欲しい物ができたら申すがよい。測量の許可と親書の作成だけでは、褒美の贈り甲斐がない」
おっちゃんは家に帰る。マナンが『始祖の木』を見ながら、暗い顔で溜息を吐いていた。
おっちゃんは声を掛ける。
「どうしたん、マナンはん? 何か悩み事か? おっちゃんに手伝える仕事があったら、話して。こんなしがない、しょぼくれ中年冒険者やけどお役に立つよ」
「私はとんでもない行いをしたわ。大事な『願いの木』を伐ってしまった」
「『悪意の霧』に操られていたんだから、気に病む必要はないよ」
マナンは悲しい顔をして首を横に振る。
「でも、『願いの木』を伐った償いはしなければいけない。たとえ、神の住む山に登る状況になろうとも、やるしかないのよ」
「神の住む山は危険な場所や。よし、おっちゃんが、どうにかしたる。おっちゃんは冒険者や。危険な仕事は任せとき」
マナンはおっちゃんの申し出を渋った。
「でも、自分の不始末の責任を他人に取ってもらうわけにはいかないわ」
「なんでも、思いつめて、背負い込む必要はないで。危険な仕事をマナンはんはする必要はない。おっちゃんに任せとき。マナンはんはそんなおっちゃんに美味しいご飯と作ってくれたらええ」
マナンが真剣な顔でじっと、おっちゃんを見た。
おっちゃんは微笑み掛ける。マナンが真摯な顔をして頭を下げた。
「お願いします。『願いの木』を救ってください」
翌日、おっちゃんは昼過ぎに起きた。
「なんや、もう昼か。はよ、準備していこう」
街でお菓子を買うと『幻影の森』に出掛ける。
「エルチャはん? エルチャはんは、おりますか? おっちゃんです」
おっちゃんは声を上げながら、『幻影の森』を歩いた。十五分ほど声を上げながら歩く。
ぼーっと立っているエルチャがいた。おっちゃんは両手で菓子折を持って差し出す。
「これ、お土産のお菓子です。お納めください」
エルチャは素直に菓子折を受け取って鞄に入れ、非常に眠そうな顔で訊いてくる。
「ありがたく貰っておくわ。それで、今日は何の用? お菓子を届けに来ただけではないんでしょう?」
(なんや、エルチャはん、お疲れなのかな?)
「アーヤの街に『願いの木』ってあるでしょう。あれを街の人が『悪意の霧』に操られて、伐ってしまったんですわ。なんとか復活させる方法はありませんか」
エルチャが欠伸をして、今にも眠ってしまいそうな顔で答える。
「『願いの木』は、枯れない木よ。根に『始まりの鉱泉水』を掛けてあげれば、再び芽吹くわ。ただ、『始まりの鉱泉水』が湧く場所は、最強かつ最も偏屈の魔人ベルポが守っているわよ」
「なんとか、『始まりの鉱泉水』を譲ってもらうわけにはいかんのやろうか」
エルチャが半分うとうとした顔で告げる。
「それはおっちゃん次第ね。ベルポはアーヤの『幻影の森』に住んでいるから、案内してあげるわ。あとは自分で、どうにかするのね」
「わかりました。ほな、ベルポはんがいる場所に案内して」
エルチャについて、森の奥に進む。エルチャはまだ傷が癒えていないのか、かなりふらふらしながら歩いていた。
(エルチャさん疲労困憊やね。話していても眠たそうやし、歩き方も覚束ない)
森の奥には家の形をした古いアオハブの木が立っていた。
エルチャが感情も篭らない顔で教える。
「あれが、ベルポの家よ。では、場所を教えたから、うまくやるのよ」
エルチャは忠告すると、よたよた去っていった。