第二百六十二夜 おっちゃんと『悪意の霧』(後編)
おっちゃん、グリエルモ、シャイロックはアーヤの街に向けて移動した。おっちゃんは『物品感知』の魔法を唱えて、バータルを見つける。
バータルはシャイロックを見ると「サレンキスト人」と叫んで警戒の色を露にする。
「すまんな、バータルはん。色々あって、シャイロックはんと取引して皆を起こすのに協力してもらうと決めた」
バータルは渋い顔をしたが渋々納得した。
「そうですか。私には難しい話はわかりません。ですが、おっちゃんを信じます」
「それで、皆から『悪意の霧』を取り除いてから起こさんと、あかん。『願いの雫』は、どれくらい集まった」
「樹医の家を廻って集めましたが、五十前後しか集められませんでした」
「ちと少なくて不安やが、やるしかないな」
木の実を割ってジョッキに注ぐ。ジョッキの六分目まで『願いの雫』が集まった。
グリエルモが街の中央広場にジョッキを置いて『降雨』の魔法を唱える。ジョッキの中の液体が蒸発して天に昇る。
空が見るみる暗くなり、十分ほどで雨雲が形成された。
グリエルモが真剣な顔で確認する。
「雨を降らせる時間は数分でいいか」
「頼んますわ」
グリエルモが杖を手に念じると霧雨が降り出した。霧雨が降り出すと人々の体から黒い『悪意の霧』が立ち上る。
『悪意の霧』は広場に次々と集まってきて固まった。固まった悪意の霧が咆哮を上げると、雨が止まった。
グリエルモが険しい顔で告げる。
「魔法が止められた」
人型になった『悪意の霧』がシャイロックに目掛けて飛んでゆく。
シャイロックが懐から『王石』を取り出して翳す。『王石』が光り、『悪意の霧』の塊が『王石』の力によって弾き飛ばされる。
憑依が不可能と知ったのか、人の形をした『悪意の霧』がシャイロックに向かい合う。
おっちゃんは剣を抜き、そろそろと『悪意の霧』の背後に廻る。
『悪意の霧』がシャイロックを憎々しげに見る。
「サレンキストの王子よ。小癪な真似をする。だが、もう遅い。私はアーヤ国で力を着けた」
シャイロックは『悪意の霧』の背後に移動するおっちゃんの意図に気が付いたのか、時間稼ぎをする。
シャイロックが『悪意の霧』を睨みつけて言い放つ。
「何が遅いものか。サレンキストを占領できずに逃げた小物が」
「アーヤ国は落ちたも同然よ。マレントルクとホイソベルクも飲み込んで、すぐにサレンキストを落としてくれよう。滅びの時を座して待つがいい」
おっちゃんは、こっそり『高度な発見』を唱えて、『悪意の霧』の弱点を探る。
『悪意の霧』の弱点は体の中心にあった。グリエルモも魔法を準備する。
シャイロックが険しい顔で『悪意の霧』に向かって、威勢よく魔力の篭った短剣を抜く。
「そうはさせん。ヤングルマ島は我らサレンキストが守る」
『悪意の霧』が愉快そうに笑う。
「お前は間違いを犯している。もう、島は救えない。滅びは必定。巨人の中で眠る者の夢は終わるのだ。島は崩壊して、人は消え全ては元に戻るのだ」
シャイロックが怖い顔で怒鳴る。
「黙れ! 島に仇なす邪悪な魔物め、この場で始末してくれる」
『悪意の霧』が、シャイロックを馬鹿にしたように笑う。
「私は未来を予知されている。私はヤングルマ島で生まれた者に滅ぼされはしない。また、魔法でも殺されはしない。私を殺せる武器は遠く異国にある、神に選ばれた強者から祝福を受けた武器のみだ」
おっちゃんは背後から音もなく忍び寄ると、いい気になっている『悪意の霧』の急所を貫いた。
『悪意の霧』が首だけ真後ろに回す。『悪意の霧』が意地悪く笑い、馬鹿にした口調で発言する。
「なんだ、話を聞いていなかったのか。サレンキスト人」
「残念やな。おっちゃんは、サレンキスト人やない。ヤングルマ島の生まれでもない。そんでもって、おっちゃんの武器は教皇はんが作った聖剣や」
『悪意の霧』の顔が驚きに変わる。『悪意の霧』の手足から溶けるように消えていく。『悪意の霧』が悲鳴を上げて喚く。
「おのれ、神め! 我を謀ったな! 我が存在はユーリアの隠れた思い。俺の行動は世の必定だ」
『悪意の霧』が飛んで逃げようとした。
グリエルモの魔法が完成し、『悪意の霧』は光る球体の中に閉じ込められた。『悪意の霧』が球体の中で、苦悶の表情で叫ぶ。
「サレンキストの王子よ。これで全てが終わったと思うな。巨人の夢はもうじき終わる。誰にもヤングルマ島は救えない。これは定めだ」
叫び終えると『悪意の霧』は消え去った。
バータルが強張った顔で告げる。
「やったのか? 『悪意の霧』を倒したのか?」
おっちゃんは『願いの雫』が入った実を、シャイロックに差し出す。
「ほな、皆を起こすから機械を出して」
シャイロックが難しい顔をして口を開く。
「サレンキストを脅かしていた『悪意の霧』が倒されたので、『願いの雫』はもう必要ないかもしれない。でも、念のために貰っておこう」
シャイロックは『願いの雫』が入った木の実を受け取ると、背負っていたバック・パックから、ランタンより二周りほど大きい機械を取り出す。
「おっちゃん『目覚めの石』を渡してくれ」
おっちゃんは『目覚めの石』を渡す。シャイロックが機械に『目覚めの石』を入れた。機械は眩く光り、「キーン」と音を上げる。
十五秒くらい音が続くと、機械から光が消えた。
機械から『目覚めの石』を取り出すと、『目覚めの石』は力を失いただの石になっていた。
広場で人が起き出す。シャイロックはバック・パックに機械をしまい、さばさばした顔で発言する。
「では、人々が起きると面倒になるから、俺はこれで失礼する」
去り行くシャイロックに声を掛ける。
「なんでも一人で抱え込んだら駄目やで。きちんと話してくれれば、おっちゃんがマレントルクやアーヤの人に話をつけたる」
シャイロックは振り返らずに街を去った。
グリエルモが軽い口調で発言する。
「厄介事は終わったようだな。俺は測量班のところに戻るわ」
グリエルモが軽い足取りが帰っていく。
目覚めた人々はなにが起きたのかわからず、ぼんやりと昼の晴れた空を眺めていた。