第二百六十一夜 おっちゃんと『悪意の霧』(中篇)
「行こう」とグリエルモが森を進む。戦闘音は続いていた。
森が開けてお椀上に地面が窪んだ直径二十mほどの空間に出た。空間の中央には高さ四m、太さ二mの木の化け物がいた。
木の化け物と戦っている人物は五人のサレンキスト人だった。木の魔物が黄色の液体の球を吐く。四人が避け損ない、黄色の液体を浴びると、溶けるように消えた。
グリエルモが『火球』の詠唱を開始した。おっちゃんと測量班の魔術師も同じ『火球』の魔法を詠唱する。
グリエルモが完成させた巨大な火の球を先頭に、六つの火の球が木の魔物に命中する。一度に六発の火の球を浴びた木の魔物が、さすがによろめく。
木の魔物は目の前の一人より、後方から現れた十一人のほうが危険と判断したのか、おっちゃんたちに向かってきた。
グリエルモが『大地の手』を唱える。グリエルモ以外が再び『火の球』を唱える。グリエルモの唱えた『大地の手』が完成する。
地面から大きな手が生えて、木の魔物の下半身を掴んで拘束する。木の魔物は移動ができなくなった。
そこに、五つの火の球が降り注ぐ。だが、木の魔物は倒れることなく、拘束状態で暴れていた。
グリエルモが表情を曇らせて冷静に意見を述べる。
「攻撃を受けても、再生しているね。魔法にもある程度の耐性があるようだな。これは、なにか手を考えないと長引くな」
(さっきの魔物の攻撃は強烈やった。一撃で人間が消えるほど強力なら使えないやろうか)
「グリエルモはん。あの木の魔物と同じくらいの体積の岩を出してくれんか」
グリエルモが『石壁』の魔法をアレンジして、おっちゃんのすぐ横に木の魔物と同じ体積の石の塊を作る。
石の塊が完成した段階で、木の魔物が口を大きく開けた。口から黄色の泡が見えた。
「散開や」と、おっちゃんが叫ぶと、すかさず測量隊のメンバーが散開する。
おっちゃんは、逃げなかった。おっちゃんは『位置交換』の魔法の準備をする。
木の魔物が黄色の大きな液体の塊を吐き出した。おっちゃんの唱えた『位置交換』が完成する。
おっちゃんは魔法の完成と共に前に飛び出した。
石の塊があった場所に木の魔物が出現する。木の魔物は自分が吐いた黄色の液体を浴びて溶けながらのた打ち回る。そこに魔法を使える人間が攻撃魔法を浴びせて追い討ちを懸け絶命させた。
おっちゃんは生き残ったサレンキスト人に駆け寄った。サレンキスト人はシャイロックだった。
シャイロックは、顔に感謝の色を浮かべて発言した。
「おっちゃん、だったか。助けられたな。礼を言いたい」
「礼なら不要や。それより、なんで、アーヤ国の人を眠らせたりしたんや」
シャイロックは、悪びれることなく話した。
「他に方法がなかった。『悪意の霧』に操られた人間を黙らせるには、眠らせるしかない」
「サレンキストの技術には人を眠らせると意識が実体を伴って体から抜け出すもんがあるやろう。抜け出した意識体の人間はどうしたん?」
シャイロックは冷静な顔で告げた。
「サレンキストに移送する予定だ。アーヤ国の人間には、サレンキストで働いてもらう」
「なんで、そんな仕打ちをするんや」
シャイロックが頑とした顔で断言した。
「サレンキストのために働く選択が正しいからだ。ヤングルマ島は、かつてない危機に瀕している。この窮状を救える存在は我がサレンキストを置いて他にいない。我々だけが島を救えるのだ」
「そんなの、無理やり従属させんくても、協力をお願いすればいいだけやろう。島の危機なら協力を惜しまないはずや」
シャイロックは険しい顔で告げる。
「おっちゃんは異国人だからわかっていない。マレントルク人は能天気だ。アーヤ人は島に関してあまりにも無知だ。ホイソベルクにいたっては無関心だ。強引なやり方でも、サレンキストが先頭に立って指揮を執らねば島は滅びる。全ては島のためだ」
「せやかて、やりすぎや。『悪意の霧』かて、『願いの木』から出る『願いの雫』で祓えるんやで」
シャイロックが怪訝な顔をする。
「なんだ、『願いの雫』とは? 『悪意の霧』を祓える道具なんて存在するのか?」
おっちゃんは『願いの木』の実を差し出した。
「この中に入っている『願いの雫』があれば、『悪意の霧』を退散させられる」
シャイロックは苦々しく発言する。
「サレンキストには存在しない品だ。そんな物を、アーヤ人は隠していたのか。『願いの雫』があれば障害は取り除かれ、サレンキストの計画は進む」
シャイロックが手を伸ばしたので、おっちゃんは手を引っ込める。
「これは、やれん。欲しいのなら、アーヤ人を起こす方法を教えてんか。おっちゃんは『目覚めの石』を持っとるけど、一個じゃ皆を起こすのが大変や」
シャイロックが冷静な顔で指摘する。
「目覚めの石があるのなら簡単だ。俺が持っている機械にセットして『目覚めの石』を使えば、街の人間を広範囲に起こせるだろう。だが、問題もあるぞ」
「なんや? いうてみい」
「『願いの木』はすでに伐られたとの報告を受けている。木の実があとどれくらい残っているかはわからない。だが、街の人間の全員分はない。違うか」
(確かに、そうや。なにか方策を考えんと)
グリエルモがやってきて、平然とした顔でおっちゃんに尋ねる。
「願いの雫は大量に使わなければ、いけないのか? 薄めては駄目か?」
「ほんの少量でいいはずや。薄めても問題ないやろう」
グリエルモが軽い調子で提案した。
「だったら、行けるね。俺が雨雲を作ってやるよ。俺が作る雨雲に混ぜて雨として降らそう」
シャイロックが懐疑的な顔をする。
「異国人が使う魔法の技術はサレンキストにもある。だが、雨雲を作るほど高度な魔法なんか可能なのか?」
グリエルモが気負うことなく発言する。
「俺ならできるよ。そう何度も使えないけど、天候を変えるぐらいはできるんだ。もっとも天候操作は簡単な魔法じゃないから、使える人間は限られるけどね」
「そうなんか。グリエルモはんは凄いな。ほな、頼むわ」
「ちょっと行ってくる。後は頼むよ」と、グリエルモはイエルに測量班を任せる。
 




