第二十六夜 おっちゃんと説明責任
ザサンと別れて、冒険者ギルドに戻った。
ギルドに戻ると、酒場には百人以上の冒険者が待ち構えていた。コンラッドがおっちゃんの前に進み出て、強い口調で切り出した。
「おっちゃんが、街の人のために働いている態度は理解している。街の人のために働く尊さもわかっている。だが、俺たちは冒険者だ。いつまでも、復興の名目に囚われた仕事だけはできない」
ついに冒険者の不満が爆発したと思った。コンラッドが冒険者の代表だ。アリサがはらはらした顔で見守っている。
コンラッドが眉間に皺を寄せて言葉を続けた。
「それに、ダンジョンの出入りを禁止にした人間はおっちゃんだと聞いた。もういいだろう。ダンジョンの封鎖を解くように領主に頼んでくれ。冒険者は冒険の日常に帰るべきだ」
「そうだ。そうだ」と、いくつもの合いの手が入る。
冒険者の顔を見渡す。冒険者のほとんどがコンラッドに賛成していた。
(ここいらが良いタイミングやな。おっちゃんの演技力を見せたろう)
おっちゃんは床に膝を突いて土下座した。
「すまん、みんな。おっちゃん、皆に隠していた情報があるんや。ダンジョンでモンスターの流出は止まった。だが、それは、おっちゃんの仕業じゃない」
コンラッドが真剣な顔で訊ねる。
「それはいったいどういう意味だ」
「実は皆に隠していたんやけど、ダンジョンの地下十階に祖龍が出現したんや。祖龍のせいでダンジョンが今おかしくなっている」
誰かが不審も露に口にする。
「おい、ちょっと待て、祖龍なんて本当にいるのか」
おっちゃんは顔を上げて、真剣な表情を作る。
「確かな筋からの情報や」
他の誰かが口にする。
「もしかして、祖龍がダンジョンに出現したから、モンスターが逃げ出そうとして、街に出てきたのか」
ちょうど良い具合に間違っているので、誤った道に話を持っていく。
「そうかもしれないし、違うかもしれん。だが、ダンジョンから魔物はほとんど姿を消し、祖龍が居座っている状況に変わりはない」
コンラッドが腕組みして、咎める口調で訊ねる。
「なんで、黙っていたんだ」
「祖龍がいると話しても、誰にも信じてもらえんかったやろう。それに、祖龍がいたとしても、倒せる実力があるもんが、当時はおらんかった。幸いに、祖龍は地下十階の外周をうろうろしているだけ。ダンジョンから出てこん。なら、ダンジョンを閉鎖したほうが、被害は少ないと思ったんや」
「なら、なんで、今になって、祖龍の話を」
「祖龍を放っておけん事態になった。祖龍を三日以内に倒さないと、サバルカンドが滅びる」
酒場がざわめいた。コンラッドが振り向いて場を鎮める。
コンラッドが腕組みしたまま、懐疑的な口ぶりで聞いてくる。
「その話は、本当なのか?」
「本当や」とおっちゃんは答え、立ち上がる。ギルド・マスターから貰った委任状を、コンラッドの目の前に突きつける。
「ギルド・マスターには、ダンジョンの現状を報告してある。判断を仰いだら、ギルド・マスターに指揮を任せられた」
再びざわめいた。
おっちゃんからアリサが委任状を受け取る。委任状を確認したアリサが真剣な表情で口早に話す。
「この委任状は本物です。ギルド・マスターは祖龍の出現を知っていたのね。まさか、ギルド・マスターは祖龍が現れる未来を予想して、対策を講じようとしていたんですか」
真相は、わからない。もしかしたら、故意に祖龍を出現させた可能性もあった。ダンジョン・マスターは祖龍の素材を頂こうとしているのかもしれないが、真意は不明だ。
おっちゃんは困っている態度を力強く熱演した。
「ギルド・マスターの胸中は、わからん。祖龍の出現を相談したら、委任状を渡された。こんな言葉を言えた義理やない。でも、頼む、サバルカンドを救うために、皆の力を貸して欲しい」
冒険者たちの間でざわめきが大きくなった。コンラッドが振り返り、場を静める。
コンラッドが難しい顔で訊いて来た。
「おっちゃん、作戦はあるのか」
「ない。祖龍に通用する策があるとは思えん。相手は伝説の祖龍や。勝ち目のある戦いやない。おっちゃん、死にたくない人間を無理に戦わせたくない。祖龍戦は志願制にする。祖龍と戦ってもええパーティはアリサに申し出て欲しい」
すぐに、アリサに声を掛ける者はいなかった。頃合いよしと思ったので、皆に背を向ける。
「それじゃ、おっちゃんは、お城の人に事情を説明してくる」
冒険者ギルド内で議論が開始される。冒険者をコンラッドが纏めてくれる空気だったので任せた。
冒険者ギルドを出て、お城に移動、「火急の用や」と衛兵に伝える。
エドガーはまだ起きていたので会ってくれた。エドガーは平服を着て、おっちゃんと向かい合う。
夜中に会いに来たにも拘わらず、エドガーは不機嫌な顔一つしないで応じた。
「こんな夜更けに、なんの用だ。夜中に届く報告だ。良いものではないのだろう」
「実は頼みたい内容があって来まして。ダンジョンの出入り禁止を解いてください」
「ダンジョン出入り禁止解除の触れを出す行為は構わない。そろそろ、いい時期だと思っていた。用件はそれだけか」
「実はダンジョンに祖龍が出ました。祖龍を三日以内に倒さないと、サバルカンドは滅びると、冒険者ギルドのギルド・マスターは断言しています」
エドガーが疑いも露に訊ねる。
「祖龍が出たなどと、本当なのか」
おっちゃんは頭を下げた。
「本当だから、こんな夜更けに来ました。冒険者ギルドは持てる限りの力で、明日から戦います。ですが、相手は伝説の祖龍。勝てるかどうか、わかりません」
エドガーは険しい顔で、唸ってから命じた。
「そうか、わかった、下がっていいぞ」
おっちゃんは一礼してお城を出た。