第二百五十八夜 おっちゃんとチョルモン王の依頼(後編)
おっちゃんは街に戻るとマナンの家に行く。マナンが出てきたのでお願いする。
「マナンはん、『願いの雫』が入っていた実って、まだ残っておらんか。残っていたら欲しい」
「あるわよ」とマナンから『願いの雫』の入った実を三つ受け取る。
おっちゃんはお城に行って、バータルを呼んでもらい、城の隅で会話する。
「『幻影の森』に行ってきたで。魔人さんは白やった。ただ、『始祖の木』の枯れかかった原因がわかった。そんで、チョルモン王に会えるか」
「残念だが、王には会えない。秘密だが王はご病気なのだ。バトウ王子が『始祖の木』より出した薬を飲んでいるが、一向に治る気配がないのだ」
(これ、まずいね。バトウ王子に取り憑いた『悪意の霧』が今度はチョルモン王を狙っているね)
「そうか、なら――」と口にすると、おっちゃんとバータルの話を盗み見ているバトウの存在に気が付いた。
(なんや? おっちゃんとバータルはんの動きが気になって、見に来てたんか。これは好都合やね)
おっちゃんは振り返ると猛然と走り出した。おっちゃんが向かって行くと、バトウはまずいと思ったのか走り出した。
バトウよりおっちゃんの足のほうが断然に速かった。
おっちゃんはバトウに跳び懸かって組み伏せる。もがくバトウの上で『願いの木』より穫れた実を握り潰した。『願いの雫』がバトウに降り掛かる。
バトウが苦しみ出したので、おっちゃんはバトウから降りた。
慌てた顔でバータルがやってくる。
「おっちゃん、バトウ王子に何をしたんだ?」
「バータルはん、見てくれ。これが『始祖の木』を枯らそうとした正体や」
数秒でバトウから黒い霧が噴出した。
おっちゃんは剣を抜いて黒い霧を切りつける。黒い霧はおっちゃんの剣に当たると、霧散して消えた。
黒い霧が消える数秒の間に、おっちゃんは霧の中に映像を見た。場面はチョルモン王がアーヤ人の女性を怒鳴り、当たり散らす光景だった。
(なんや、今の光景は?)
バータルがバトウを起こす。
バトウは目を覚ますと顔に激しい後悔の色を浮かべる。
「バータル。僕は大変な罪を犯してしまった」
事情を理解できないバータルが困惑した顔でバトウに尋ねる。
「いったい何をしでかしたんですか、バトウ王子」
バトウは下を向き、泣きそうな顔で告げた。
「おっちゃんの家に火を付けて、お父様に薬だといって毒を盛った」
衝撃が大きかったのか、バータルは言葉を失った。
おっちゃんはバータルの代わりに尋ねる。おっちゃんはバトウの目線に合うように、姿勢を低くする。
「なんで、お父さんに毒なんか盛ったん? お母さんが虐められたからか?」
バトウが悲しみを帯びた顔で頷く。
「お母様が目を覚まさなくなった原因はお父様がお母様を虐めたからだ」
バータルが狼狽えて口を開く。
「そんな! イネーフ様がお目覚めにならなくなった原因はチョルモン王様のせいではありません」
バトウは口をきつく結んで、目に怒りを溜めた顔をして黙った。
「なら、なんで、おっちゃんの家に火を放ったん?」
バトウが悔しそうな顔をして告げる。
「『願いの木』が叶えられる願いは一つだけ。精霊が教えてくれたんだ。誰も願いが叶えられなかった時は『願いの木』に頼んで、お母様を起こしてもらえればいいって」
「『願いの木』を使うつもりが、おっちゃんに先に使われた。それで、お母さんを起こせなくなって、おっちゃんを恨んだ訳か。ありそうな動機やな」
バトウが同じく静かに頷いた。
「精霊は教えてくれたんだ。おっちゃんがいなくなれば、また、『願いの木』が使えるようになるって」
「『幻影の森』の魔人さんを殺すようにチョルモン王に吹き込んだんも、バトウはんか?」
バトウは俯いたまま弱々しく答える。
「精霊はこうも教えてくれた。おっちゃんを陰で操ってアーヤ国に送り込んだ存在は『幻影の森』の魔人だって。魔人を倒さないと、この国にはさらなる災いが起こるって」
おっちゃんは立ち上がった。
「なるほど、母親が倒れて弱っていたところを『悪意の霧』につけ込まれたんやな。精霊を名乗るなんて、笑えんな。それに、ほんに、子供を相手にえげつない手を使いよる」
おっちゃんはバータルに目を向ける。
「そういこっちゃ、バータルはん。悪の根源は『悪意の霧』や。バトウはんは操られていただけや」
バータルは衝撃を受けた顔で答える。
「正直、バトウ王子の告白には驚きを隠せません。だが、王子の体から出た黒い霧は確かに普通じゃなかった」
「あと、眠ったままになっている王妃さんに会えるか。眠ったままになっている王妃さんを起こせるかもしれん」
「本当なの?」と、バトウが縋るような顔で訊いてくる。
「うまくいくかは、わからん。でも、おっちゃんは、『目覚めの石』を持っとる」
バータルとバトウと一緒に王妃の寝室に行った。
王妃はベッドの上で眠っていた。おっちゃんはベルト・ポーチから『目覚めの石』を取り出して、王妃の額の上に置いた。
『目覚めの石』が黄色く輝く。
「お母様」と、バトウ王子が不安げな顔で呼び掛けイネーフを揺する。
イネーフの瞼が動き、ゆっくりと目を開けた。イネーフは目覚めると、バトウの頭を優しく撫でた。
おっちゃんはバータルに声を掛ける。
「おっちゃんの仕事は終わったようや。面倒を掛けるが、後始末をお願いできるか」
バータルは感謝の表情を浮べて深々と頭を下げた。