第二百五十七夜 おっちゃんとチョルモン王の依頼(前編)
新居が完成して、とりあえずの装備を手にする。
「なんか慣れへんけど贅沢は言ってられんか」
一日の休息を取り、「今日は、なにをしようか?」と考えていると、バータルがやってきて気の毒そうな顔をする。
「放火に遭ったんだって? 大変だったね。アーヤ国では珍しい凶悪な犯罪だよ。今、お城でも犯人を捜しているけど、まったく手懸かりがない状態だよ」
「そうか。おっちゃんも犯人を見ていないから、迷宮入りかもしれんね」
バータルが改まった態度で依頼する。
「それで、今日は悪いが、お願いがあって来たんだ。チョルモン王から直々の依頼だ。『幻影の森』に住む魔人を退治してくれないだろうか?」
「なんで、魔人さんを退治する必要があるの?」
バータルが渋い顔をして告げる。
「チョルモン王のお考えでは、『始祖の木』が枯れかかった原因が『幻影の森』に住む魔人にある、と仰っている」
「魔人さんは、そんなに悪い人に見えなかったけどな」
バータルが渋い顔のまま同意した。
「私は魔人がそんな凶悪な存在だとは、どうも思えない」
「おっちゃんは魔人さんに会った経験があるけど、バータルさんも魔人さんを知っているの?」
バータルが弱った顔で告げる。
「直接に会った経験はない。『幻影の森』に入って怪我をした人間は多数いる。だが、魔人に殺された人間は一人もいない。だから、軍を動かしての討伐はやりたくないんだ」
「なるほど。かといって、王の命令に背くわけにはいかん、か」
バータルが丁寧な態度で依頼する。
「幸いおっちゃんは選ばれた者だ。おっちゃんが〝魔人は無実だ〟と判定を持って行けば、王も考えを変えるかもしれない」
「よっしゃ。そういう事情なら、おっちゃんが『幻影の森』に行って話を聞いてくるわ。無用の争いは、避けたほうがええ。家賃と飯代の分は、働かせてもらいますわ」
「ありがとう」と、礼を口にして、バータルは深々と頭を下げた。
おっちゃんは端からエルチャを疑っていなかった。おっちゃんはエルチャから話を聞くために、街でお土産用の焼き菓子を買う。
菓子折を買ってエルチャの名前を呼びながら、『幻影の森』を歩いた。エルチャがなかなか現れなかった。
開けた場所に出たので休憩していると、エルチャが突如として目の前に現れた。エルチャが怒った顔で声を出す。
「もう、五月蝿いわね。人の名前を安売りセールの品のように、叫ばないでよ」
「すんまへんなあ。お取り込み中でしたか?」
「『巨人の石』から生まれた魔物を退治していたところよ。それで、用ってなによ? こっちは、人手が足りなく大変なんだから、つまらない用事だったら、承知しないわよ」
おっちゃんは菓子折を出して頭を下げた。
「少しお話を聞きたいんですわ。あと、これお土産の焼き菓子です。お納めください」
エルチャが気分のよい顔をする。
「あら、随分と殊勝な心がけだこと。貰ってあげてもいいわよ。それで、用事ってなに?」
「実はアーヤの街で『始祖の木』が枯れかかる事件が発生したんですわ。何が原因か、わかりませんか?」
エルチャがいたって普通に教えてくれた。
「『悪意の霧』のせいね。『悪意の霧』の影響によって『始祖の木』が影響を受けたのよ。でも、厄介よ。『悪意の霧』はなにせ夢から人の心に侵入して、人間のうちに隠れるからね」
「なんや、魔物みたいやね」
エルチャが得意げな顔で知識を披露する。
「みたいじゃなくて、魔物そのものよ。だから、逆に討伐も可能なんだけどね。ただ、人間から『悪意の霧』を切り離す作業が必要よ」
「なんか方法、ありますか?」
「『願いの木』から出る『願いの雫』を『悪意の霧』に憑依された人間に掛ければいいの。だけど、『願いの木』から『願いの雫』を出す作業は大変よ」
「それなら、なんとかなりそうやわ。相談に来てよかったわ。助かります」
エルチャが真剣な顔で訊く。
「待って。『悪意の霧』は、強いわよ。普通の武器は効果がないし、魔法でしか傷つかないわ。仮に、おっちゃんが『悪意の霧』を切り離せたとして、倒せるかしら?」
おっちゃんは剣を見せる。
「おっちゃんの剣では、無理ですかね」
エルチャがおっちゃんの剣を鞘から抜いて確認し、驚きの表情を浮かべる。
「ちょっと、なに、これ? 普通の剣ではないわね。魔人でも、これほどの魔力が篭った武器を持っている魔人はいないわよ。誰が造ったのかしら、こんな恐ろしい武器」
「おっちゃんは冒険者やさかい、色々と冒険していたら手に入りました」
エルチャが武器をしまって返した。
「そう、ここまで強い武器なら、『悪意の霧』だって倒せるわね。問題は『悪意の霧』が誰に隠れているかね」
「それなら、心当たりがありますねん」
おっちゃんはエルチャに礼を述べると、『幻影の森』を後にした。




