第二百五十六夜 おっちゃんと放火犯
四日後、『始祖の木』を家に持つダイルの家に『願いの木』の実は届けられた。
おっちゃんとマナンが見守る中、ダイルが実を軽く振って、穏やかな顔で語る。
「中身は水薬のようじゃ。『願いの雫』かな。どれ、さっそく試してみるか」
ダイルが実を割ると、中から液体が滴り落ちる。液体が掛かった『始祖の木』に変化は見られない。
だが、ダイルとマナンは安堵の表情を浮かべた。マナンがおっちゃんに向かい合い、頭を下げる。
「ありがとう、おっちゃん。『始祖の木』の声が聞こえたわ。『始祖の木』が救われた。これで、アーヤ国は生活の基盤を失わずに済んだわ」
「いつも、美味しいご飯を食べさせてもらっているからね。どうってことないよ」
マナンが晴れ晴れした顔で聞いてきた。
「今日はいつもより腕に縒りを掛けて料理を作るわ。なにがいい」
「そうか。なら、山羊料理がいいな。あと、麦酒もあればさらにええな」
夜には山羊刺しと山羊肉の炒め物と麦酒が出た。山羊刺しと山羊肉の炒め物は美味しかった。麦酒が、とても美味しかった。
「アーヤのエールはガレリアのエールとは違うけど。これはこれで、ありやね。少しアルコール分が多目だけど、ぐいぐい行けるわ」
おっちゃんは麦酒をたっぷりと堪能すると、その日は眠りに就いた。
その晩は暑くなかったが、寝苦しかった。
誰かが呼ぶ声がした。おっちゃんの意識が戻ってくると、とても焦げ臭かった。
「何か燃えとるな」と漠然に思って、体を起こす。ドアや窓から煙が入ってきていた。
慌てて外の状況を確認しようと窓に触れたが開かなかった。ドアノブに触れようとしたが、熱くて触れなかった。
「まずい。このままやと焼死や」
おっちゃんは剣とベルト・ポーチをひったくると、『瞬間移動』で家の裏に脱出した。
外ではマナンが必死に、おっちゃんの名前を連呼していた。家に水を掛ける音が何度もする。
「駄目だ。火の勢いが強すぎる」と近所の人の悲痛な声がした。
おっちゃんは、ゆっくりと家の正面に廻って声を出す。
「おっちゃんなら、無事やで」
マナンがおっちゃんを見て驚く。
「あれ、おっちゃん? 扉やドアが『ダムの実』で接着されていたのに、どうやって外に出たの?」
「冒険者にはそれぞれ特技があってな。おっちゃんは脱出とか得意なんよ」
「そう、なんだ」と、マナンがきょとんした顔で呟き、力が抜けたように座り込む。
おっちゃんは燃え盛る家を見て感想を口にする。
「でも、いくら脱出が得意なおっちゃんでも、ぐっすり寝とったから、マナンのおっちゃんを呼ぶ必死な声がなかったら、危なかった。助かったで、マナンはん。おおきに」
マナンが照れた顔をして、横を向く。
「別に、必死だったわけじゃないわよ」
おっちゃんは激しく燃える家を見ながら口にする。
「それにしても、酷い仕打ちをするで。おっちゃん、人に恨まれるような行為をしたかな?」
マナンが怒った顔で発言する。
「きっとサレンキストの奴等のせいよ。サレンキストが『始祖の木』を枯らそうとして、おっちゃんが邪魔したから、腹いせに火を付けたのよ」
(それなら、ええんやけど、なんか、違う気がするの)
おっちゃんの住んでいた家は燃え落ちた。
ベルト・ポーチの中の貴重品を確認する。財布、ダイヤモンド、『目覚めの石』は無事だった。
パジャマで逃げ出したので朝になると、防具屋と仕立屋を呼んでもらって注文を出す。
おっちゃんの体格に合った服はなかったので、オーダー・メイドになる。注文の品ができるまでは、大柄なアーヤ人用の緑色の服に、木の蔦を編んだ鎧を、サイズを直して着る。
「サイズの直しですが、一日あれば、できますよ」と、仕立屋と防具屋が請け合ってくれた。
おっちゃんはマナンに金貨を渡して、両替商に行ってもらい、防具と服の代金を前払いした。
「マナンはん、すまんな。お使いしてもらって」
「別に、いいわよ」と、マナンはツンとして表情で答えた。
「さて、住むとこ、どうしようかの」
マナンが普通の顔で発言する。
「家なら、明日には、生えるわよ」
「建つ――やなくて、生えるの?」
マナンが明るい顔で告げる。
「そうよ。さっき、焼け残りの撤去が終わって、『アオハブの木』を植えたの。おっちゃんが『願いの木』から出してくれた『願いの雫』を使ったら、ぐんぐん生長しているわ」
おっちゃんは焼け跡を見に行った。すると、家の形をしたアオハブの木が、生長していところだった。
「『アオハブの木』の家って、アーヤ人サイズの家にしかならんと違うの?」
マナンが得意げな顔で語る。
「『願いの雫』を使って生長させているから、おっちゃんのサイズの家に育つと思うわ。生木の家だから、今度は簡単に燃えないわよ」
「二回も放火されたら、堪らんけどな。にしても、便利やな『願いの雫』は。『願いの雫』って、他に使い道とか、あるの?」
「『願いの雫』は植物の生長を助ける効果の他に、悪いものを祓う効果があるらしいわね。悪いものを祓う用途に使った前例がないから、詳しい効果は、わからないけど」
マナンがいうとおりに、翌日には『願いの雫』で『アオハブの木』は家に育った。
『アオハブの木』は、おっちゃんでも窮屈しないサイズの家になっていた。『始祖の木』を庭に持つ街の人の好意により、家具が寄付されて、住めるようになった。
サイズを直した防具と服が届いたので、おっちゃんは外へ出られるようになった。
新たな格好で、放火犯について聞き込みをした。だが、誰も放火犯の姿を見た者はいなかった。