第二百五十三夜 おっちゃんとアーヤの『幻影の森』(前編)
三日ほど、アーヤの街を見て歩く。街は人口が一万人くらいで、マレントルクと変わらない空気があった。街は高さ三mほどの茨の生垣で覆われていた。
(痛そうな生垣やけど、防御力のほどはないに等しいな。アーヤの街は戦争とは無縁なのかもしれん。大型の魔物も滅多に来ないんやろう)
おっちゃんは街の外に出て周囲を廻る。
高さが十二m、太さが四mの、ずんぐりした大木が生えていた。
大木の周りに兵士がいたので訊いてみる。
「変わった木ですな。これは何の木ですか?」
兵士が面倒臭さそうな顔で投げやりに答える。
「これは守護の木だよ。街を魔物から守っているのさ」
(マレントルクの守護石のようなものか)
おっちゃんは、ひょっとしてと思って聞く。
「もしかして、この守護の木って、街を囲むように四本ありますの?」
兵士が苦々しい顔で口を開く。
「最近は落雷と蟲の害で二本が枯れちまったがね」
(これ、マレントルクの守護の石も、アーヤの守護の木も、リンクしているんとちゃうか? おそらく、ホイソベルクにある守護のなんとかも二つ壊れていたら、リンク説は当りやな)
街の人は、おっちゃんの姿を見ると、視線を向けてくるか、不自然に顔を逸らす。
マレントルクと違い、町では個人商店がそれなりに存在した。
ただ、アーヤでは料理屋は少ないが、お菓子屋が多かった。
お菓子屋と思われる店に行き、マレントルクの銀貨を見せる。
「このお店ってマレントルクの銀貨を使えますか?」
銀貨を手に取って、お菓子屋のおばさんは不思議そうな顔をする。
「サレンキストの銀貨じゃないのね。いいよ、マレントルクの銀貨でも銀貨は銀貨さ。品物を売ってあげるよ」
おっちゃんは焼き菓子の折り詰めを購入して帰る。マナンが夕食を持って来たときに尋ねる。
「この街やけど図書館はあるの?」
マナンが不審がる顔をして聞き返す。
「図書館? なにそれ?」
「本を仰山と揃えていて、本を貸してくれたり、読んだりする場所や。この街にはないの?」
マナンが腰に手を当てて不機嫌に尋ねる。
「ないわね。でも、なんで、そんな子供向けの施設について知りたがるの?」
「本は子供だけが読むものやないやろう?」
マナンが思い出した顔をする。
「ああー、おっちゃんが言いたい品は役人たちが読むの書の類ね。書はお城に行かなければないわよ。もっとも、外国人が行っても、見せてもらえないと思うけどね」
「アーヤでは本を読む習慣ってないの?」
マナンが顰め面で教えてくれた。
「ないわね。本は裕福な家庭の子供が読む娯楽よ。普通の家は語り部の家に出かけて行って、物語を聞いたり、紙芝居を見たりするわ」
「そうなんやな。なら、もう一つ、教えて。『幻影の森』って、あるやろう? あれって、入ってええの?」
マナンが表情を曇らせて答える。
「アーヤでは神の住む山に入る以外は、どこに旅するも自由よ。だけど、『幻影の森』はお勧めしないわ。『幻影の森』には意地悪な魔人が住んでいるのよ」
「入ると襲ってくるんか?」
マナンがツンとした顔で告げる。
「ええ、そうよ。入ると痛い目に遭うのよ。どうしても行きたいなら、痛い目を見てきたらいいわ」
(アーヤにも『幻影の森』があって、魔人がいるんやな。測量で入るかもしれんし、挨拶しておこうか。そのほうが、グリエルモはんも、やり易いやろう)
おっちゃんは翌日、菓子折を持って『幻影の森』に入った。おっちゃんは声を出して歩く。
「魔人さん。魔人さんはおりますかー」
声を出しながらしばらく歩くと森の雰囲気が変わった。木が不自然にざわざわと揺れる。
(これは『植物支配』の魔法やね。アーヤの魔人さんは魔法を使えるんやな。魔法合戦になるかもしれんな。魔法戦は久しぶりやな)
おっちゃんは木が動き出して周りから一斉に襲ってくる前に『魔法解除』を唱える。
木々のざわめきが止まった。大きな木の後ろから一人の魔人が出て来る。
相手はまだ幼さが残る顔をした女性の魔人だった。魔人の身長は百四十㎝。肌の色は青色で、厚手の緑のシャツを着て、厚手の緑のズボンを穿いていた。頭には背の低いとんがり帽子を被り、肩から小さな鞄を提げ、手には小ぶりのワンドを握っていた。
女性の魔人が、不機嫌な顔で語り掛ける。
「私の名はエルチャ。この森の番人よ。見たところ貴方はサレンキスト人ね。『幻影の森』になんの用かしら」
「わいはおっちゃん。サレンキスト人と違います。海の向こうの大陸から来た外国人ですわ」
エルチャが見下した顔で言葉を発する。
「そう、外国から来たのね。なら、一度だけ警告してあげるわ。この森から出て行きなさい」
(なんや。魔人の世界観やと、海の向こうに外国が存在しているんか。魔法も伝わっているようやし、知識水準は魔人のほうが島の人間より高いのかもしれんな)
「そう、ツンケンせんと、話を聞いてもらえませんやろうか。おっちゃんはヤングルマ島の情報をもっと知りたいだけなんですわ」
エルチャが冷たい顔で、ワンドをおっちゃんに向けて発言する。
「なら、実力を示しなさい。この島では知りたがる人間にはそれ相応の実力が求められるのよ。力なき者は真実に辿り着く資格なしよ」
エルチャが激しい光と音で、相手の自由を奪う『烈光』の魔法を唱える。
(速度、発音共に、綺麗な詠唱や。中々の腕前やね)
おっちゃんはエルチャに遅れて対抗策として『無音の闇』を唱える。『無音の闇』は闇で辺りを覆い、音と光を奪う魔法だった。
エルチャの発生させた激しい光に僅かに遅れて闇が生成される。相反する呪文は打ち消し合った。
だが、光によってできた一瞬の視覚効果により、エルチャの姿が消えた。
(三秒にも満たない時間で隠れよった。三秒では『透明』の魔法は唱えられん。森のどこかに隠れておるな)
エルチャのいた上空から魔法を唱える声がした。エルチャは太い木の枝の上にいて『朦朧』の魔法を唱えていた。
おっちゃんは、すぐに『朦朧解除』の魔法を唱える。おっちゃんの意識がぼやけそうになっているのを堪えて魔法を完成させ、意識を戻す。
次にエルチャは『睡眠ガス』を唱えた。
おっちゃんは息を止める。出現した白い睡眠ガスの中を、風上に突っ切った。
エルチャが次に『呪い』の魔法を唱えて、おっちゃんの行動に制限を掛けようとした。
おっちゃんは『解呪』の魔法を唱えて、呪いを打ちけす。
ならばと、エルチャは『雷球』の魔法を唱える。
おっちゃんは即座に『魔力の矢』を唱えて、飛んでくる雷の球を届く前に爆発させた。
エルチャが『石化』の魔法を唱えると、おっちゃんは『石化解除』で石になっていく体を元に戻した。ことごとくエルチャの魔法を無効化するおっちゃんを、エルチャが睨みつける。
「これなら、どう」
エルチャが今までにないぐらい真剣な顔をする。相手を束縛する『魔力の縄』詠唱を力強く開始した。
おっちゃんは、待っていたとばかりに『位置交換』の魔法を唱える。
エルチャの魔法が完成して魔法の縄が飛び出したタイミングで、エルチャとおっちゃんの位置が入れ替わる。
エルチャが自分の放った魔法の縄により雁字搦めにされ、癇癪を起こした。
「なによ! これ、どうなっているの?」
木の上に移動したおっちゃんは、木をスルスルと降りて、エルチャの前に行く。
「はい、エルチャさんの負けやで」
エルチャが怒った顔で、不満の声を上げる。
「おっちゃんと言ったわね。なんで、私が『雷球』を唱えた時に、この魔法を使わなかったのよ」
「それを言うたらエルチャさんかて、本気になった時に攻撃魔法を使わずに『魔力の縄』を選んだん? エルチャさんなら、おっちゃんを殺せるような魔法かて使えたやろう?」
エルチャがムスッとした顔で答える。
「それは、あれよ、偶々(たまたま)よ」
「ほな、おっちゃんも偶々『位置交換』を使っただけやで」
エルチャが面白くなそうに顔で黙ったので確認する。
「では、これで実力を認めてもらったと考えてよろしいやろうか? おっちゃん、これ以上は魔力が残ってない。だから、これ以上、続けるなら出直さなならん」
エルチャが渋々の態度で発言した。
「いいわよ。認めてあげるわよ」
「ありがとうございます」と、おっちゃんは頭を下げた。




