第二百五十二夜 おっちゃんと『始祖の木』
翌日、マナンが食べ終わった食器を回収に来た時に尋ねる。
「『始祖の木』を見たいんやんけど、どこに行ったら見られるかの?」
マナンが素っ気ない態度で答える。
「変わっているわね。『始祖の木』を見たいなんて。『始祖の木』なら家にもあるわよ」
「そうなん、各御家庭に一本あるような木なんか?」
マナンがツンとした態度で答える。
「そんなにどこにでもあるものではないけど、庭が広い家には一本あるわよ」
「やっぱり、マレントルクの共用採石場のように、皆が使える共用の『始祖の木』とかあるの?」
マナンが馬鹿にしたような顔で怒り気味に発言する。
「貴方は全く『始祖の木』についてわかっていないわね。大勢の人で『始祖の木』を共用なんかしたら、木が病気になっちゃう。下手すれば『始祖の木』から魔物が出るわよ」
「そうなんや。『始祖の木』は鉱物以外なんでも出る便利な木やと思うとった」
マナンが自慢げな顔で講釈する。
「いい? 『始祖の木』ってものはね、三日、祈りを捧げると、四日目に花が咲いて、五日目に実がなって、七日目に熟して割れるのよ。たいていは願いを懸けた物が出るわ。でもね、時折おかしな物も出るの」
「そうなんか? 実がなるまでけっこう時間が掛かるんやね」
マナンが得意気な顔で語る。
「そうよ。大きすぎる実は最悪、魔物が出る時もあるから、注意が必要なのよ。魔物の出現を避けるためには、大きすぎる実が熟して落ちる前に、こちらから実を割ってやらなければならないのよ」
「単純に欲しい物が欲しいだけ手に入る木やないんやな」
マナンが思いついた顔で命令する。
「口でいうより見たほうが早いわね。いいわ、今日一日、おっちゃんには『木の実番』をやってもらおうかしら。ご飯を作って上げているんだから協力しなさいよ」
「家の手伝いは構わんよ。おっちゃんも『始祖の木』には興味あるから」
「協力してくれるのね。なら、待ってなさい。準備してくるから」
マナンが気分も良い顔で、おっちゃんの家を後にする。一時間後にマナンがやってきた。
おっちゃんはマナンに案内され、マナンの家に行く。
マナンの家の庭には幹の太さが八十㎝、高さが三mほどで、枝葉が横に広く拡がっている木が立っていた。木には、人間の赤ん坊が入れるくらい大きな虹色の実が五十近くも稔っていた。
マナンが誇らしげな顔で語る。
「どう? これが『始祖の木』よ。家は樹医をやっているから木は健康そのものよ」
「木は普通の木やけど、実は確かに変わっとるね。虹色の実なんて初めて見たわ」
マナンが残念そうな顔で告げる。
「樹医がいる家庭の人間に言わせてもらえば、普通の木なんて名前の木はないわ。だけど、外国人にはわからないのね」
「すまんの。おっちゃんには、特徴のある椰子の木や白樺の木なら区別が付く。せやけど、他の木は区別が付かん」
マナンがいささかがっかりした顔で指示をだす。
「そんなものかもしれないわね。おっちゃんの仕事は木を見ていて実が熟して落ちたら、実を拾う。それで、このハンマーで実を割って中から米を取り出して、こっちの袋に入れるのよ」
マナンが庭の隅ある麻袋とハンマーを指し示して、教える。
(木から米が穫れるって、異常やけど、ここはヤングルマ島やからね)
麻袋を確認していると、マナンが別の小さな袋をおっちゃんに見せる。
「家の木は優良木だから米以外が出る確率は少ないわ。けど、違うものが出たら、こっちに入れておいて。袋に入らないものが出たら、それはその都度に対処して」
「魔物が出たら、退治するん?」
マナンが素っ気なく教える。
「この大きさの実なら魔物は出ないわよ。魔物が出る実はもっと大きいから」
おっちゃんは庭に用意された椅子に腰掛けて、木を見張る。二時間ほど観察していた。
実の一つが落ちた。実を縦に置いて軽くハンマーで頂点を叩く。
実がぱっくりと割れて、中からザーッと玄米が零れ落ちてきた。
「本当に中から、米が出てきたで。しかも、玄米で出てきよった。これだと、脱穀する手間が省けるね。それに、米が一週間でできるなら、これまた便利やわ」
おっちゃんが袋に米を詰めていると、次の実が落ちる。次の実を割っていると、他の実が落ちる。そこから、実がどんどん落ちてきて、地面に転がる。
「落ち始めるとほぼ同じ頃に落ちるんか。これ大変やで」
おっちゃんは落ちた実を拾う。実を割って米を出して袋詰めにする作業を終えた。
実の中身のほとんど米だった。されど、粟と稗が入っていた実が二個。空の実が一つ。内臓を抜かれてスモークされた鶏肉が入っていた実も一つあった。
「粟や稗が出るのは、わかる。せやけど、スモーク・チキンが出る実があるとは思わなかったわ。畏るべきは『始祖の木』やね」
「どう、終わった?」と、全ての実が割り終わる頃、マナンが機嫌よくやってくる。
「分別完了しました。米が百㎏、粟と稗が八㎏、スモーク・チキンが一羽、出ました。あと、空の実が一個や」
マナンが、まずまずの顔で語る。
「当たりが一個に、外れ一個か。上出来ね。いいわ、米だけを荷車に積んで。荷車を引いて税務署と市場に行くわよ」
「『始祖の木』から出た物に、税金が掛かりますの?」
マナンが「なにを当然の内容を聞くんだ?」の顔で言い放つ。
「当たり前でしょ。『始祖の木』を持つ家が税を納めなかったら、どうやって国がやっていくのよ。『始祖の木』を持つ家は、国を支える義務があるのよ」
「そういう制度なんやね」
おっちゃんはマナンの指示通りに、米を荷車に積む。
積み込みが終わると荷車を引いて、木造二階建ての倉庫のような建物に行く。
建物の入口には『アオハブの木』でできた建物があった。
「納税に来ました」とマナンが入口の建物で元気よく声を掛けると、老いたアーヤ人が出てくる。
老いたアーヤ人がニコニコ顔で書類を確認する。
「マナンさん、ご苦労様。今回は米の納税だね。次回は大豆か小豆の納税をお願いできるかな」
「わかりました。次回は小豆を作って持ってきます。おっちゃん。米を半分、下ろして納税して」
おっちゃんは言われた通りに、米を税務官に渡した。税務署の帰りに訊いた。
「次回は小豆を持ってくるって、『始祖の木』から好きな物を作ったらあかんの?」
マナンが得意げな顔で語る。
「皆が皆、好きな物を作ったら、物資に過不足が出るでしょう。だから、偶数月に作るものは、指定されるのよ。そうして、特定の物資が不足しないように役所で調整しているの」
マナンはおっちゃんを連れて市場に行く。マナンが市場の穀物商に今日も米の売値を訊く。
売値を訊いたマナンは考えてから、おっちゃんに指示を出す。
「米の値段が上がっているから、一袋を残して全部を売るわ」
おっちゃんが米を下ろして、マナンが木貨を受け取る。
家に帰って残りの米を家に戻す。マナンが感謝の色を顔に浮かべて、礼を述べる。
「助かったわ、おっちゃん。女手一つだと荷車を引くの大変なのよ」
「なんの、なんの。手が空いていたら手伝うさかい、気軽に声を掛けてや」
その日の夕食はスモーク・チキンと雑穀粥が出た。
スモーク・チキンを齧るが、塩気が薄いだけで、普通に食べられた。