第二百五十一夜 おっちゃんと木の家
翌日、バータルが笑顔でやってきた。
「知恵者様、おはようございます。チョルモン王よりアーヤ国内で自由に行動する許可が下りました。これより知恵者様は自由です」
「知恵者なんて大層な呼び名は止めて。おっちゃんでええよ。おっちゃんやし。さて、行動の自由が認められたら、まず、住むとこの確保やな。宿屋ってある?」
城の主であるチョルモンがおっちゃんを好ましく思っていないので、お城に居座る気はなかった。
(試練をクリアーして、おっちゃんの評判は上がったようや。権力者のチョルモンからすれば面白くないはず。城からは早く出るに限る)
バータルが済まなさそうな顔で答える。
「街に宿屋はあることはあるのですが、宿屋はすべてアーヤ人のサイズに合わせて造られています。おっちゃんの体だと少々窮屈かと思います」
「そうか、サイズが合わんか。長く逗留するとなると、辛いな。どっか、いいところないかな?」
バータルが控えめな態度で申し出る。
「古くていいのならマレントルク人でも住める家があります。かって、サレンキストからの亡命者が住んでいた家です」
「古くても、ええよ。ゆったりサイズの家がええわ。そこが使えるのなら貸して欲しい」
おっちゃんは荷物を纏めると、バータルについてお城を出る。
アーヤの街には、石造りの建物はほとんどない。
街の通りを歩くと、おっちゃんが珍しいのか、街の人が視線を投げ掛けてくる。
「こんにちは」と挨拶をしても、警戒されているのか子供以外からはほとんど挨拶が返ってこなかった。
アーヤ人の家は高さ六m、直径二十mほどで中身が空洞という、『アオハブの木』を家の代わりに使っていた。
『アオハブの木』でできた家が八割、残りは木造の平屋建ての家が建っている。
どの家の庭でも、草が生え放題に生えている。各家庭では山羊を一頭以上は飼っており、いたるとこから山羊の鳴き声がしていた。
「アーヤの街って、山羊が多いね」
バータルが微笑んで語る。
「山羊は、いいですよ。乳も美味ければ、肉も美味い。毛は織物になりますし。伸びすぎる草をいつも食べてくれる。サレンキスト人がこの島に来てよかったと思える、唯一の恩恵です」
「山羊って、このヤングルマ島には、おらんかったの?」
「アーヤには、陸にある命あるものならなんでも生み出す『始祖の木』がありますが。山羊は『始祖の木』から出てきません。山羊は遠い昔に持ち込まれた外来種ですからね」
「マレントルクでは『産岩』から食料や日用品が出たけど、アーヤでは『始祖の木』から、なんでも出るん?」
バータルが誇らしげな顔で告げる。
「『始祖の木』からは、金属は採れません。だからといって、アーヤがマレントルクに劣っているとは思いませんね。向こうの『産岩』からは金属製品が出ますが、薬が出ない。様々な薬草が出る分だけ、『始祖の木』のほうが優れていると思いますね」
「ほな、金属製品はどうしてるん?」
バータルがしれっとした顔で教えてくれる。
「薬と交換でマレントルクやサレンキストから輸入しています。輸入量からいえばサレンキストのほうが断然に多いですね」
「サレンキストとは敵対しているんやないの?」
バータルがいたって普通に教えてくれた。
「サレンキスト人は我々とは帰属意識が違うのか、それとも、仲間内でも一枚岩ではないのでしょう。密貿易をしたがる闇商人がかなり頻繁に来ますよ。闇商人の話では役人に賄賂を払えばやりたい放題だそうで、よほど大きな取引をしないと捕まらないそうです」
(そうか。おっちゃんも、マレントルクからの遣いや言わず、闇商人ですと話していたら、捕まらんかったのかもしれんな)
「なるほどな。うまいことやる奴は、どこの世界にもいるようやな。銀貨とか普通に使えるん?」
「サレンキストと取引があるので、銀貨も使えます。ですが、町では『金のなる木』から出る木貨が一般的ですね。『金のなる木』は造幣局に植わっています」
「ほーお、木が貨幣として流通してるんか。おっちゃんの国からしたら珍しい習慣やね」
バータルが笑って答える。
「私たちにしたら、鉄だって貴重なのに、ましてや銀を貨幣に使える国が驚きですよ」
「家はアオハブの木でできた家と、木造建築の家があるけど、違いって、なんなの?」
バータルがリラックスした顔で教えてくれた。
「一言で言えば収入ですね。アオハブの苗から家まで育てたほうが安上がりなんです。でも、アオハブの木は大きく育たない。だから、大きい家に住みたい、お金がある家は、木材から家を贅沢に作ります」
「確かに、木造建築の家は大きいな」
バータルが言葉を切って、行く先の一軒の家を指し示す。
「見えてきました。あれが、サレンキスト人サイズの家です」
家は木造建築の小さな家だった。
間取りは一LDKで、広さはそれほどない。でも、一人で暮らすに充分な広さがあった。家具も人間サイズのものが備え付けられていた。
「清掃は行き届いておるね。黴臭くもない。家具もある。ペンや紙もあるね。ここ、最近まで使われていた家やね。うん、いい家や」
バータルがニコニコして声を掛ける。
「隣の家が大家さんの家です。私の実家でもあるんですよ。実家は樹医なんですよ」
「そうか。なら、あとで挨拶に行ってくるわ。ここ、家賃はいくらくらいなん?」
「家賃は要りません。チョルモン王が手違いで牢に入れたお詫びだと言って、家賃は食費込みで王家が負担してくれます」
「飯付きの家なんか。ありがたいな。あと、一つ質問。マレントルクに手紙を出したいんやけど、どうしたらええ?」
バータルが穏やかな顔で告げる。
「手紙ができたら大家さんに渡しておいてください。手紙がマレントルクに届くように私が手配しておきますから」
「そうしてくれると助かるわ。測量の許可が出た結果をマレントルクにいる仲間に教えたい」
バータルが畏まって尋ねる。
「あの、よろしいでしょうか。なぜ、マレントルクでは、アーヤ国の測量をしたいんでしょう?」
「チョルモン王に宛てた書簡には書いてあったと思うけど、測量をしたいんはマレントルク王やないよ。外国のガレリアなんよ。そんで、おっちゃんはガレリアから来た」
バータルが驚いた。
「外国から来られたんですか? 海の外に島がまだ存在するんですか。これは驚きですな。我々の常識では大昔にヤングルマ島以外は海中に没した、となっていますから」
(アーヤ国でもヤングルマ島以外は存在しない話なっているんやね)
バータルが一人で納得する。
「確かに、おっちゃんはマレントルク人よりサレンキスト人に似ていたので、マレントルクから来たにしては妙だと思ったんですよ。でも、ヤングルマ島以外にも島があるとはねえ」
「おっちゃんにしたら、急にヤングルマ島がおっちゃんたちのいる大きな島の南に現れたから、びっくりだったよ。そんで、調べに来たのが発端や」
バータルが腕組みして小首を傾げる。
「これまた、不思議な話ですな。ヤングルマ島が急に出現したんですか? ヤングルマ島は、昔からあったんですけどねえ。なんで、お互いに見つけられなかったんでしょう?」
「そこはおっちゃんも不思議や。だけど、現実は現実として受け入れるしかないわ」
バータルが帰っていったので、グリエルモ宛にチョルモン王より測量の許可が出た事実を知らせる手紙を書いた。
さっそく手紙を持って大家さんの家を訪ねる。ドアをノックすると老いたアーヤ人男性が出てきた。
「隣の家に引っ越してきた、オウルいいます。仲間からは、おっちゃんの愛称で呼ばれています。以後、よろしゅう頼みます」
老いたアーヤ人男性は機嫌よく応じる。
「そうかい。私は、ダイル。この街で樹医をやっているよ」
ダイルは家の奥に向って声を掛ける。
「マナン。出てきなさい。お隣さんが挨拶に来ているよ」
部屋の奥から若いアーヤ人の女性が出てきた。女性は少女と成人の中間くらいの年齢だった。
マナンは、おっちゃんを勝ち気な瞳で、じっと見つめる。
「サレンキスト人なのね。前のサレンキスト人は部屋を綺麗に使っていたわよ。食費を貰っているからご飯を作るけど、口に合わなくても作り直さないからね」
マナンはそれだけいうと部屋の奥に戻って行った。
ダイルが済まなさそうな顔をして詫びる。
「悪い子じゃないんですが、どうも、サレンキスト人には慣れないようでして、許してください」
「おっちゃん、ガレリアの人間でサレンキスト人やないんやけどな。外国人やさかい、しかたないですわ。ほな、これ手紙です」
ダイルが手紙を受け取って、にこやかな顔で応じる。
「手紙の件については、バータルから聞いています。しかと受け取りました」
おっちゃんが家に戻り、夕食時になると、マナンが料理を運んでくる。料理は、山羊の乳で作ったチーズ粥と、オレンジ色のソースを掛けた温野菜だった。
「ありがとう」と礼を述べて食べる。食事は、ほどよい具合に美味しかった。