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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ヤングルマ島【アーヤ国】
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第二百五十夜 おっちゃんと『闇の試練』

 翌朝、起きて次なる試練に望む準備をする。前回とは違い侍従が「何か必要な物は」と訊いて来た。


(今回は品物の持ち込みを認めてくれるんやね。でも、試練を達成するのに必要な品は『地下宮殿』の部屋にあるようやから、あまり多くは必要ないな)


 おっちゃんは冒険に必要な簡単に手に入る品をいくつか注文すると共に、保存食と水の用意を頼んだ。おっちゃんの求めた品が、昼過ぎに揃った。


 品物を確認するとバータルがやってくる。バータルに従いて祠の前に行く。

「ほな、行ってきますわ」と声を掛けると、バータルが申し訳なさそうな顔で口を開く。


「崇高なる試練に望む方に注文を出す態度は心苦しいのですが、我がチョルモン王から今回に受ける試練には指定があります。今回の試練では『闇の試練』をお選びください」


(ほおー、簡単に試練をクリアーさせたくないから種類を指定してきたね。『闇の試練』と『光の試練』は、きっと他の残り四つの試練と比べて、異質なんやな)


「『闇の試練』ね。『闇の試練』は、やっぱり難しいの?」

「私は試練の内容をどれも知りません。ですが、言い伝えでは闇の試練に挑んだ者はほとんどが戻ってこないと伝えられています。『闇の試練』に挑んだ多くの勇者も知恵者も迷宮に消えております」


(やっぱり、チョルモンは、おっちゃんが邪魔なんやな。邪魔やから消えるおっちゃんやないんやけどな。甘く見られておるね。見返したろ)


「おっちゃんは『闇の試練』に挑んでもええけど、外にいるバータルさんたちにおっちゃんが『闇の試練』に挑んだかどうかわかる方法ってあるの?」


 バータルが真剣な顔で応じる。

「あります。『闇の試練』に挑むと黒い煙が煙突より薄く立ち上ります。見事に『闇の試練』を達成すると、黒く濃い煙が上がるのでわかります」


「そうかー。なら、問題ないわ。ほな、ちょっとそこまで試練を受けに行ってくるわ」


 バータルが光る苔が詰まったランタンを渡してくれた。

 おっちゃんはランタンを受け取ると、『地下宮殿』に下りた。『闇の試練』へと続く道を歩く。


『闇の試練』へと続く入口の扉の横にプレートがある。

「闇を受け入れた時、目の前の扉は開かれる」


 おっちゃんは『闇の試練』の部屋に入る前に他にヒントになるものはないか調べる。だが、目ぼしい物は見当たらなかった。

「隠しヒントは、なしか。なるほど、『石の試練』や『風の試練』よりは、難しそうやね」


 おっちゃんが扉を開けると、部屋の天井からオレンジ色の薄明るい光りが差していた。

 部屋は三畳ほどしかない小さな部屋で正面に扉があるだけだった。部屋の中に入るが施錠された音がしなかった。


 試しに中から、扉の取っ手に手を掛けると開いた。

「出入り自由なんか。危険な仕掛けがないとなると、完全な謎掛け系の部屋やね。この手の部屋は、気が付けば簡単に進めるけど、気が付かないと、いつまでも進めんやつや」


 おっちゃんは部屋に入って正面の扉を見る。扉は精巧に描かれた絵だった。

「ヒントはプレートの文字とこの絵に描いた扉か」


 念のために床、壁、天井を確認する。

 微かな風の流れを感じたので、天井の隅を見ると、小さな換気扇が廻っていた。


「なんとなく、仕掛けはわかった。おそらく、正解はこうや」


 おっちゃんは荷物を下して、部屋の中に寝転がる。

「たぶん、眠りに落ちると、意識が扉をすり抜けられる状態になる。ただ、問題は、どうして多くの人間が戻ってこられなかったやな。でも、こればかりは先に進まんとわからん」


 おっちゃんが目を閉じると、不自然に眠気が襲ってきた。眠気に身を任せるとおっちゃんは眠った。

 数秒後に目が開くと、おっちゃんは不思議な夢を見ていた。おっちゃんは眠っているおっちゃんを見下ろしていた。


「ほら、やはり、肉体から意識が切り離された。思った通りや。でも、危険はここからやな」


 入ってきた扉の取っ手に手を掛けようとした。手が扉の取っ手をすり抜ける。扉を体ですり抜けようとする。扉が光って壁のようになる。光る壁はすり抜けようとするおっちゃんの体を弾いた。部屋から出られなくなっていた。


「ほー変わった仕様やな。取っ手はすり抜けるのに、体はすり抜けられん」


 部屋の隅の換気扇を見ると、停まっていた。

「やはり、こうなるか。早よ体に戻らな、窒息死やな」


 おっちゃんは注意を払って今度は絵に描いた扉に触れる。おっちゃんの体は描かれた扉をすり抜けた。

 扉の先は部屋になっており、女性が立っていた。女性の身長は百六十㎝。年のころは三十代前半。赤みがかかった肩まである黒髪。小麦色の肌。ぱっちりとした大きな目に細い眉と小さな口。安らぎを覚える柔和な微笑みを女性は浮かべていた。


「キヨコ」おっちゃんは思わず、息を飲む。

 女性はおっちゃんの前から姿を消した奥さんのキヨコにそっくりだった。


 おっちゃんは震える脚でゆっくりと進む。

「キヨコ、どうしてこんなところに?」


 キヨコが優しく語り掛ける。

「全てを望むがままにできる力、全てを知る知恵、貴方は、どっちがお好みですか?」


 表情は優しく言い方も穏やかだが、言葉に感情がなかった。

「違う、キヨコやない」


 キヨコは作り物だと理解した。頭ではわかっていた。だが、長年ずっと探していたキヨコの姿を見て、少々理性が飛んでいたと自覚した。


 おっちゃんはがっくりと項垂(うなだ)れた。

「そうや、キヨコやない。キヨコは消えた。これは、おっちゃんの夢が見せる幻や」


 おっちゃんはキヨコをじっと見る。キヨコは微笑んだまま、固まっていた。

「それにしても似ておるな」


 おっちゃんは力なく、首を横に振った。

「いかん、いかん。今は危険な試練の最中。正気をなくせばすぐ隣は死や」


 おっちゃんはキヨコの幻影に謝った。

「すまんなあ、キヨコ。せっかく、会えたのに、おっちゃん、まだ旅の途中やねん。まだ、旅を終えるわけにはいかんのや」


 キヨコの幻影が、先ほどと同じ言葉を繰り返す。

 おっちゃんは気を取り直して答える。

「知恵でも力でもええ。『闇の試練』を終えられるなら、どちらでもええです」


 キヨコの幻影の傍に泉が現れる。キヨコの幻影が微笑みを湛えて伝える。

「ここは英知の泉。水のごとく溢れる知恵が、この中に詰まっています。もちろん、この世界から出る方法もあります。さあ、必要なだけお飲みなさい」


 おっちゃんは、出題者の企みを見抜いた。おっちゃんは寂しげな気持ちで、キヨコの幻影に声を掛ける。

「人の知恵には限界がある。尽きない泉のような大量の叡智は要らない。必要な量だけください」


 他の挑戦者は不用意に泉に口を付けて亡くなった。

(おそらく、泉に口を付けて飲めば、一気に膨大な知識や力が流れ込む。意識体では流れ込む知識に制御が利かなくなる。多すぎる知識に自我を埋没して意識が保てなくなる。そうなれば、生半可な時間では帰って来られなくなる罠や。その間に、体が酸欠で亡くなる)


 キヨコが両手を胸の前に出すと、手の中に粗末な木のカップが現れる。

「欲のない貴方には、小さな木のカップを差し上げましょう」


「ありがとう」と、おっちゃんは力なく発言する。粗末な木のカップで一杯だけ水を(すく)って飲んだ。


 どこからから声がする。

「足るを知り、欲望に打ち勝った挑戦者よ。御主には真実を知る資格があると見なす」


 目が覚めた。ふらふらする体で、扉を開いた。

 おっちゃんは『闇の試練』をクリアーすると、悲しい気持ちで背後を振り返った。

「またな、キヨコ」


『闇の試練』を終えて『地下宮殿』を出た。

 バータルが緊張した面持ちで待っていた。

「お帰りなさいませ、知恵者様。ご帰還、なによりです」


(生きていれば、また、キヨコに会える日もある)

「ただいま」と、おっちゃんは力なく答える。

「今回の『闇の試練』は堪えた。休ませてもらってええか」


 バータルが畏まって、おっちゃんを部屋に連れて行く。

 おっちゃんはその日は、ゆっくりと休んだ。寝ていると、おっちゃんは夢を見た。


 暗い道をどこまでも歩いて行くと、突如、目の前に光が現れた。

 光の中には、全長が三十mもあり、枝を大きく伸ばした巨大な木があった。木の麓には年老いた女性が一人、寄り掛かっていた。女性がゆっくりと目を開けて、微睡(まどろ)んだ瞳で呟く。


「巨人に託した私の夢。私の夢がもうじき終わる。あの人と会えないなら、願わくば誰かが私と同じ夢を巨人の夢に託して欲しい」


 女性の言葉が終わると、男の声が流れる。

「世界は紡ぐ物語。物語は終わらない」


 おっちゃんの夢は、そこで目が覚めた。


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